♠フチテー帝国歌劇団
♠照和39年(YE2739年)1月
♠ミスル共和国 首都カーヒラ
『ウジイエ様、こちらに目線をお願いします! (フチテー語の想像訳)』
『こうかな? (フチテー語の想像訳)』
『はい、その角度で。微笑んでください(フチテー語の想像訳)』
正月のカーヒラは、夜中こそ寒いものの、日中は涼しくて、とても過ごしやすい。
そんな中、フチテー帝国から歌劇団がやってきた。
フチテー帝国はここアフリ大陸に、数万の一般兵と数百の武士を送り込んでいる。これから順に各前線をまわって、歌や踊り、芝居を披露するのだそうだ。
そしてウジイエは、その歌劇団に同行している広報部隊の取材に応じていた。あんなヤツでも皇帝家の一員にして、フチテー帝国の皇帝直轄地に続く最大領地東南領の領主親衛隊長なのだから、広報の取材の中心対象になるのは当然であった。
『どうして皇帝家の一員でありながら、このような戦地に赴こうと思われたのですか? (フチテー語の想像訳)』
『確かに私は現皇帝の弟である東南領領主の8男です。ですが一方で、上級武士の素質も天より授かりました。その力を……(フチテー語の想像訳)』
カメラが回る前、ウジイエがインタビュアーの質問に答えている。この時代のフィルムはとても高価なはずなんだけど、超大国の政策の一環ともなると金の使い方が違う。
【滝沢くん。念食獣の間引き、完了です。Dレベル一頭だけ残したわ】
【あなたさま。これからそちらに向けて、念食獣を誘導するのです。とても面倒なのです】
これからウジイエは、カメラの前で、果敢に念食獣を倒すという、段取りになっている。フチテー帝国は最多の兵を送り込んでこの最前線を支えている国家、最大限の協力をしろとキョウコさんから指示を受けている。
……俺たちも支援している側なんだけどなあ。それを言ったら、キョウコさんもそうなんだけど。
【あー、老良さん。これ終わったら、旧市街地の野外市場に買い物行こっか?】
【嬉しいのです。頑張るのです】
500年続く雑多な職人街。いろいろな民芸品が売られていて、老良さんのお気に入りのスポットだ。
【ふーん、ねえ、私は? 滝沢くん?】
俺は老良さんとの念深を、一文字さんに対して秘匿していないので、当然こうなる。
【えーと…… 西外れの、1000年くらい前の礼拝堂だっけ、で、どうかな?】
【うふふ、そこ、まだ行ってないのよね。楽しみだわ】
対して一文字さんは古い建物巡りが好きだ。
こうして2人を必ず平等に扱えと、4人の妻を持つウジイエは、俺に厳しく注意をしてくる。上から目線の物言いに不快感を隠さずにはいられないのだが、ウジイエもウジイエでこのあたりに関しては悟りの境地に達しているらしく、その主張は揺るがない。
なお、キョウコさんに言わせると、そんなものは夜頑張れば帳消しなのだそう。これはこれで、俺には何の役にも立たないセクハラアドバイスだ。
ともかく、インタビューの区切りを見計らって、俺はウジイエに合図を送り、車5台での大移動が始まった。
「滝沢の旦那、お手数かけて申し訳ないです」
撮影隊が準備を進める中、ウジイエが俺に詫びを入れてくる。砂漠で着るには不向きな衣装を整え、メイクもバッチリ決めている。
「なに、問題はここからだ。上手くいくかどうか保証できないし、ウジイエ自身の手にもかかっているよ」
そう返事をしておくが、ここまで乗った船だ、なんとか成功させたい。
ここ砂漠には障害物がない。念食獣と武士の戦闘範囲は広くなりがちで、一般人の目で追うのは困難だし、ましてやカメラに収めるのは不可能だ。撮影監督さんの指定された範囲に念食獣を誘導し、ウジイエと戦わせてトドメを刺させるというのは、老良さんがぼやいていた通り、とても面倒だった。
【あなたさま、準備できたのです?】
撮影場所まで数百メートルの地点に来た老良さんから、念信が入る。鳩でその追い込む様子をずっと見ていたが、「羊飼いってこんな感じなのだろうか?」と、ふと思う。
撮影隊の面々は、大和語を話せない。老良さんの問い合わせを、ウジイエ経由で確認する。
【老良さん、一文字さん、大丈夫だ! やってくれ!】
そう念信して、すぐ。
砂地にぽつんとある木の茂みを抜け。1羽の鳩に続いて、念食獣が現れる。
大きさこそ自動車ほどあるが、念深はD-レベル止まりなのは確認済み。四足系か蛇系かで迷ったが、多くのフチテー帝国民が目にすることを考慮して、四足系を抜擢した。
茂みの手前には200メートル四方の隅に、目立たぬよう杭が打たれていて、その範囲を捉えるよう撮影カメラがいくつか設置されている。俺たちはこの中に念食獣を押し込めなければならない。当初撮影隊は5メートル四方にできないかと言ってきたが、それは俺がブチ切れて断った。
「とうっ!」
「……!」
「……!」
ウジイエが声を上げて撃ち込み、念食獣が撮影範囲からはみ出ようとすれば、老良さんか一文字さんか俺の鳩が無言で追い返す。
そうしてウジイエが数合打ち込んだところで――
「カァーット!」
フチテー語を知らない俺たちでも意味の分かる単語を、監督が叫んだ。
――♠――♠――♠――
老良さんと一文字さんが念食獣を挟み込んで、逃げないよう捕らえている中。
ウジイエが情けない顔で、俺の方に歩いてくる。
「どうした?」
我ながら低い声。
自覚しているが、俺は苛つきを隠さず、ウジイエに声をかける。
「その、怒らないで聞いてほしいのですが……」
「それは約束できないな」
「えっと、あの、俺1人で念食獣を倒すのは、画が単調だそうで……」
「それで?」
……言わんとすることは、分かるがな。
「女性が襲われているところを、俺が助ける、という流れに変更を…… ひっ、そんなに怒らんでください」
ウジイエが説明を終える前に、俺はついつい武具を召喚してしまった。本当に戦えば俺ではウジイエに勝てないが、助っ人2人が現れて完膚なきまでにこの男を叩きのめすであろう。
「俺も反対したんですが、帝国民に、アフリへの派兵に共感してもらうためだと、主張されると……」
そうこぼして、地面に座り込みかけるウジイエ。流石にそれは止めさせる。撮影団の前で、皇帝家の一員に大和流全面降伏姿勢を取らせるわけにはいかない。
しかたない。
老良さんと一文字さんに事情を念信する。
と――
【ミスル考古学博物館にも行きたいのです。2人だけで、なのです】
【うふふ、イオテルを小舟でゆっくり下りたいわ。もちろん2人だけで、ね】
そうですか。そういう話になるんですか……
老良さんと一文字さんの間で念信のやりとりはできないのに、言ってくることが申し合わせたように同じだ。
念食獣も年中無休で出現するわけではない。朝一の偵察結果で、一日の動向はほぼ予想できる。
俺は顔をひきつらせながら、ウジイエの依頼に同意した。
――♠――♠――♠――
茂みより躍り出た、車の大きさほどもある4本脚の念食獣。
だがその前に、1人の小柄な、でも胸部は大きい美少女武士が現れる。
武具を召喚して、念食獣に立ち向かう美少女武士。
しかし劣勢――
そこに新たな武士が登場。こちらも美少女、優雅にして可憐。
協力して戦う2人。
だが憎き念食獣の猛威は、止まらない。
奮戦虚しく、地に倒れる2人の美少女武士。
馬乗りになる念食獣。
絶体絶命――
「とうー!」
勇ましき掛け声とともに。
一蹴りで念食獣を吹き飛ばす、精悍な男の上級武士。
「武具召喚!」
その手に現れしは。
フチテー帝国が武士の象徴、曲剣。
変幻自在。
攻めに守りに隙なき剣技で、念食獣を追い詰める。
ついに――
「成敗!」
止めの一撃に消えゆく念食獣。
その念が、曲剣に啜られる。
『ありがとう、なのです(フチテー語 台本より)』
『うふふ、お名前をお聞かせくださいませ(フチテー語 台本より)』
2人の美少女武士が、しなだれかかる。
『当然のことをしたまで。名乗るほどのことではありません(フチテー語 台本より)』
すがる2人を振り払い。
上級武士は、夕日に向かって去っていく。
フチテー帝国親衛隊の徽章が縫われた、マントを翻して――
「カァーット!」
終わった…… なんなんだ、この達成感は……
――♠――♠――♠――
その夜は歌劇団の出し物を堪能。
最後は出演者全員の、フチテー帝国の民族舞踊でフィナーレ。
と、そこに、1人の女性が乱入する。
会場は大盛り上がり。
誰よりも高く跳び、誰よりも手足の振りがキレキレ。
それもそのはず――
「ど、どうしてフチテー帝国の舞踊をご存知なんだ?」
「誰かに指導してもらったんだろう。サービス精神が旺盛だよなあ」
隣に座るウジイエが大げさに驚いているが、それくらいやってみせるだろ、剣聖だもの。
「いえ、だってあれ、男踊りなんですよ。フチテー帝国民なら、取り違えて教えることなどありえません」
「ふーん。じゃあ、こっそり覚えて、間違えた、とかじゃねえの?」
そんな話より俺は、明日からの連続デートに頭が一杯なんだよ。誰のせいだか、分かってんのか、コイツは……