♠本性
♠照和38年(YE2738年)11月
♠ミスル共和国 首都カーヒラ南
【ほらほら、どうだい、アタイの体も捨てたもんじゃないだろ?】
誰かこのセクハラ姉さんを、何とかしてほしい。
朝6時半に起こされて、前線に連れて行かれ。
鳩6羽を飛ばして、周辺を探索。
場所を移動しては、これを数度繰り返す。
――これによって歩哨や討伐部隊の編成が格段に効率的になり、キョウコさんも待機の要否を明確に判断できて、安心して前線に出られるのだそう。
今後俺は、天気が良い日は、数時間おきに偵察任務をやるよう指示された。ここまで当てにされると胃が痛い。遠方まで見通せる地形と言えど、障害物はいくつもあるし、砂に埋もれている奴は発見困難だしで、見落とす可能性はいくらでもあるのだ。
そして現在。
キョウコさん、一文字さん、老良さんと念信を張り、残りの鳩3羽を先行させて。大河イオテル近くを遡りながらの、車での移動中。
運転はキョウコさん自ら。助手席に俺、後部座席は老良さん、一文字さんという具合。ウジイエは本拠地で療養。そこまでは、いいのだけれど……
【なんだい、老良も一文字も手を付けていないのかい。情けないねえ。それでも大和男子かい。アタイで練習しとくか?】
こんな感じでエロ念信全開、視界も共有させられ、自らの胸元を覗き込んで見せつけてくる。確かにスタイルは良いけど、キョウコさんのものだと分かっていると、恐怖しか感じない。早く念食獣に出て来てほしい。
と――
【念食獣発見! 南東3キロ、形状は昨日の念信C+レベルと同じです】
天に俺の願いが通じたのか、念食獣を発見できた。
「良し!」
そう言うや、車を止めるキョウコさん。「従魔召喚!」と嵐を呼び、飛びまたがる。
「ここからは一文字が運転しな。何、交通法規なんてあって無いようなもんだ。好きに走りゃいい。そもそも上級武士に一般人の法は適用されないんだっ」
「はいっ!」
嬉しそうに返事をする一文字さん。
俺たち3人は出発前に、車の運転の仕方を教えてもらった。そしてキョウコさんは、一文字さんの運転をとても気に入っていたのだが……
「うふふ、楽しいー」
「うわっ」
「これが側室の本性なのです」
運転すると人が変わると言うが、一文字さん、半端ないスピード狂なのである。上級武士ともなれば車のスピードくらい順応できるし、万一ぶつかっても脱出できるが、他人の意志で高速移動されると身体が振られて、自分の意志で動くのとは勝手が違う。
「ねえ、少しスピード、出していいかしら?」
これで出していないつもりなのかよ。念深Cはこれだから……
「この車は、これが限界なのです」
「そんなこと、ないと思うわ」
おろ?
老良さんの計算を超え、車が更にペースアップする。
どうして?
「この女、念体で路面を整地し、車体の剛性を補強しているのです」
「うふふ、気持ちいいー」
俺、今度から座席は、後ろにさせてもらうんだ……
【滝沢! 今の方向で合ってるかい?】
【いえ、少し右方向に、そう、その向きです。あと数分で、視界に入るかと】
【ありがとよ】
キョウコさんから念信が届く。路面が悪いということもあるのだろうが、嵐の移動は車よりも速い。俺程度の念深では、嵐ほど強力な念体を扱えないのが、もどかしい……
【滝沢! 念食獣が服従した。早く来てくれ】
鳩経由で見ていたが、嵐で突撃しただけで、念食獣が腹を見せて転がりだしていた。昨日の俺たちの苦労は何だったんだ……
「お待たせしました」
車で行けるところまで進み、降りて、走って。上空からの視界が良いので、滞りなくキョウコさんと合流する。
「こいつ、滝沢の従魔にならないかな?」
キョウコさんは念食獣を脚で小突いて気軽に言うが、かなり無理な気がする。
念食獣は通常、念深レベルが1つぐらい差がないと服従しない。俺は念深レベルがDなので、俺自身の力で従えさせられるのはEレベルの念食獣までだ。
ところが服従の意を示した念食獣は、別の武士に譲渡できる場合がある。武士同士の信頼関係が構築されていること、念属性が反発しないことなどの条件が成立すれば、念深が同等レベルの念食獣を従魔にできる。けど、こいつはどう見てもC以上なので……
「おら、こいつの舎弟になれ!」
「だめ、ですね」
キョウコさんが念食獣をどやしつけるが、念食獣は俺に服従しようとしない。
「ちぇっ、なんだよ…… しょうがない。老良はだめなんだよな。一文字はどうだ?」
「私、従魔召喚は苦手で……」
老良さんの念幅はEレベル。念食獣を2つ以上、服従させられない。
一文字さんはDレベル以上ありそうなのに、使い魔を念製できていない。虫は嫌いだからダメだとしても、動物も成功していなかった。もう必要な念は、充分に吸収しているはずなのに……
「念体蹴って飛び回る奴が、苦手とか言うなよ、ったく…… こいつなら、今召喚している武具より強力だろ。オマエが従属させろ」
そう促すキョウコさん。2人とも風系統なので、念属性の面では問題ない……
「……大丈夫、ですね」
果たして念食獣は一文字さんにも服従してみせた。
「では、戴きます」と、無抵抗の念食獣を撲殺し始める一文字さん。
俺もやっていることだけど、シュールな光景。引いてしまう……
そうして吸収を終え、
「武具召喚!」
一文字さんが服従させたばかりの念食獣を、武具として召喚する。
ぱっと見は、普通の刀。
「はっ!」
それを一振り。一瞬だけ強化する――
!
その振りも、速すぎて見えなかったが。
空気が裂かれたのが分かる。
土煙が立ち込め、地面に一直線の亀裂がどこまでも走る。
「どうだい、従えて良かっただろ?」
「はいっ!」
俺の念幅系能力向上という当初の目論見は達成されなかったが、一文字さんの力が更に一段強化される。
「また側室が強くなったのです」
どこか淋しげな老良さん。
「お前はこいつの念幅が向上すれば、ずっと力を発揮できるはずさ。ぐすぐす言ってないで旦那に尽くしな!」
キョウコさんも老良さんの扱いが上手い。
「はい、なのです」
老良さんがあっという間に立ち直る。
そうして後は、念深Dレベルの念食獣を5体服従させ、限界まで念を吸わせることができた。剣聖1人が加わるだけで、こうも状況が変わるものなのか……
以後も俺の従魔が増えるに連れて、指数的に狩り効率は向上。ついには今の俺が同時に扱える限界を遥かに超える、従魔を従えるに至る。
キョウコさんが期待していた通り、俺の偵察能力向上はアフリ北東戦線にも好影響をもたらし。兵士や武士の負傷率が激減して、俺たちは無くてはならない戦力として、この戦線に受け入れられた。