♠苦戦
次の念食獣が丘陵を越えて、やってくる。
単純な奴なので引き止めるのは簡単だったが、多分、コイツが頭1つ抜けて強い。
【念深C+なのです。反応速度が、全方向で、同じなのです。死角が無いのです。ウジイエに代わって、私と側室とで殺るのです】
俺は老良さんの念深を復唱。
それを受けて、一文字さんが牽制している間に、老良さんとウジイエが位置取りを交代する。
この念食獣、大きさこそ先のヤツと変わらないが、脚は短く太く、胴周りも数回り大きい。耳も丸っこくって鈍重そうに見えるが、攻撃が重い上に素早い。
鳩で支援したいところだが、残り2頭は賢く、こいつらに鳩を回さないとこれ以上引き止められない……
【俺は残り2頭の引き止めに専念する。ウジイエ、護衛を頼む!】
全員に念信。
「側室! 早く……妻の名折れ……」
「分かったわ!」
老良さんと一文字さんが直接やりとり。聞き取れないが、時間が無いことは伝わったよう。
【滝沢殿。任せてくだせえ!】
ウジイエも、常に念食獣と俺の間に位置取りして、備えている。
俺は丘陵向こうにいる2頭の牽制に専念。
本来はこちらの戦いと並行してこなせるぐらいでなければ駄目なのだが、もう鳩の攻撃は見切られ、ギリギリまで攻めないと引き止められない。
念食獣の力を削ぐつもりで、攻撃を加えていく……
腹の下から攻撃…… 1羽やられた。
顔面を攻撃しながら背中を…… 2羽目がやられた。
ここまでか――
【すまん、残り2頭の足止めは限界だ。ウジイエ! 1頭、任せる。何としてでも、足止めしろ! もう1頭は俺が止める! 一文字さんと老良さんの念信は解除する!】
すぐさま一文字さんと老良さんの胸から、鳩を解き放つ。
2人は攻撃の激しさを一段増して急ぐが、負傷も負い始める。押し切れるだろうが、まだ時間がかかりそうだ。
残りの鳩は8羽。1羽はウジイエとの念信に使い、残り全部を1頭に充てる。そうしないと、俺の念深では立ち打ちできない……
【2頭来る。ウジイエは左を、倒さなくていい、時間を稼げ!】
ついに、残り2頭が丘陵を越えてくる。
今までのヤツよりは、弱いはずだがっ。
【了解っ!】
小盾と曲剣を持ち、1人で念食獣に向かうウジイエ。
俺もこれ以上、人のことを気にしている余裕はない。
鳩7羽、1羽ずつ順に潰してでも、時間を稼がなくては……
この念食獣、ここまで小1時間は監視と牽制で付き合ってきたが、直接対峙すると迫力が違う。
念深レベルはC-か?
先の2頭より、2周りは小さい。円筒状の胴、一端に頭が張り付き、もう一端は絞り込まれて太いしっぽになっている。脚は短いが、これでちょこまかと機敏だ……
鳩を操作して周りを取り囲み、正面は俺自身が受け持つ。
動いたら反対側の鳩で襲って、逆をつく。
念食獣がイライラしているのが分かる。
この調子なら、結構時間を稼げるか……
【ぐはっ……】
時おり漏れてくる、ウジイエの念信。
あちらの念食獣とウジイエは、五分五分のはず。
頑張れよ……
と、しまった!
念食獣が正面から突進。
刀で応じたが、押し倒される。
鳩を通して、馬乗りにされた自分が見える。
鳩で左右から体当たりさせるが、動じない。
「がっ!」
左肩に噛みつかれる。
ギリギリで防具を厚くしたが、長くは保たない。
鳩で目を突くが、ひるまない。
念食獣は、動物とは違う。
動物の急所が、急所じゃない――
「はあっ!」
――と、俺に乗っかっていた念食獣が、上方に吹っ飛ぶ。
一文字さんが、念食獣の左横腹を蹴り上げた。
「遅れてごめんなさい。大丈夫?」
差し出される右手。
「ありがとう、助かったよ」
その手を掴んで立ち上がる――
「あなたさま! 早くこいつの念を吸うのです」
俺と一文字さんの世界に割って入る、老良さんの声。
あの念深C+レベルの念食獣が、息絶え絶えと化している。
こんなヤツを相手に、加減して戦っていたのか?
「この念食獣も、用意しておくわ」
と、俺に馬乗りになっていた念食獣をボコボコにし始める一文字さん。
そうか、さっきも刀で斬れば倒せたはずなのに、俺に譲るために蹴り上げたのか……
俺は老良さんの足元に倒れている念食獣にトドメを刺し、念を吸う。
さすがC+レベル、一段と力がみなぎる。
それを見届け、
「弟子を支援するのです」
と、ウジイエの元に向かう老良さん。
そこからはあっという間。
俺とウジイエが手こずっていた念食獣は半殺しになり、それぞれ俺が倒して念を吸収した。
――♠――♠――♠――
「……ふうん、それでCレベル4頭を行動不能にした上で、全部滝沢に吸わせたってのかい?」
前線拠点に戻ると、連絡を聞きつけたキョウコさんが待ち構えていた。俺たちはキョウコさんの指示通りに狩っただけだと説明すると、顔色を変えた。
「機械じゃないんだ。ちっとは考えて、臨機応変に戦いな!」
どうもこの最前線でも4頭同時出現はとても珍しく、かなり無茶な戦い方をしてしまったらしい。
「お前も領主の親衛隊長をやっていたんだろ? 気の利いた助言はできなかったのかい?」
「すみません。今回のようなギリギリの戦い、本国にいては望めないので、つい血が逸ってしまいました」
身体のあちこちに包帯を巻かれているウジイエにも、とばっちり。コイツも根は武闘派だからなあ……
「まあ無事にやり遂げたんだから、アタイがどうこう言うこともないか。あはは」
最初は怒っていたが、最後は豪快に笑い飛ばして終わりになった。……これは予想通り。
ただ「無事」には終わっていない。
一文字さんと老良さんは一晩もすれば完治する程度の負傷だが、ウジイエは2、3日は戦闘不能、上級武士でなかったら、生死を彷徨うような重症だった。
俺も鳩を4羽失った。念の総量的には吸った量のほうがずっと多いが、念体の頭数を減らしたのは痛い。アフリ大陸の念食獣は強いので、この先に俺が服従させられるレベルの念食獣がどれくらいいるのか不安だ。
……そんなことを考えていたら、顔が曇っていたらしい。
「滝沢! 心配すんな。明日からしばらく、アタイがチームに加わる。早くお前の念幅の限界を見極めたいんだ。次第によっちゃあ、ここの戦線が一挙に好転するかもしれない。期待してるんだぜ?」
そう励ましてくれるキョウコさん。正直、不安しか感じない……