♠入学試験
♠?年(YE?年)冬
♠場所不明
一旦閉ざされた視界が、再び広がる。
足や背からは、固めの感触が伝わってくる。かなり寒い。
俺は木造校舎の教室内、木の椅子に腰掛けていた。教室前の黒板には、白いチョークで「最終実技試験 控室」と書かれている。
周りを見渡すと、教室内の教壇や机、椅子は、全部木製。なんだろう、妙に懐かしい。いかにも昔の教室だ。
そして、ここにいるのは俺ともう1人。数席離れた座席に女子学生が座っている。
目が合う。
表情は柔らかだけど、目に力があって芯は強そう。……って、老良さんの後ろの子じゃないか! MMOってことはあの子が今、このキャラを操作しているのか?
声をかけてみるか――
と。
黒板横、教室前方の戸が開く。木とガラスとが軋んでか、けっこう音が騒々しい。
3ピースの背広を着た、恰幅のいい若い男が入ってくる。短髪。厳しげな顔つき。
「丸山菊」
「はいっ!」
「試験室に案内する。ついてきなさい」
「はいっ!」
俺に会釈して、女子学生が教室を出ていく。丸山って名前なのか。
着物に、下は超ロングスカート……いや、袴かな? かなり昔の服装だけど、背筋がピンと伸びていて、佇まいが凛としている。歩いているだけなのに、見惚れてしまう。
そして俺はこの教室に1人放置……
「おい、サポート、出てこい!」
と、俺は大声を出す。……のつもりが、教室に声が響かない。世界観を壊すような発言は、発声したことにならないのか? さっきの男や丸山さんに聞こえたら、変な奴だと思われるからかな。ゲーム的には、妥当な処理だろう。
『はい。「マイ・ハニー」ではないですが、何なのです?』
そう言い、宙に現れたのはコンピューターでは無く、ソロバン。
同時に、視覚の色彩が落ち、白黒に変化する。窓の外から聞こえていた、風の音が止む
ん? この時代は『照和』なのか……
視界右下に、日付と時刻が表示されていた。照和、平聖、霊和……、大和国は「YE」、「Yamato Era」とは別に、「年名」を50年ごとに名付けているが、『武士物語』の世界はおよそ100年前ってことになる。それでAIの外見が、こんな古めかしい姿なのか?
『「サポート」じゃ無きゃ、なんて呼べば良いんだ?』
『呼び出さないで欲しいのです。どうしても必要なときは、「細君」で駆けつけるのです』
……つっこむのも腹立たしい。自分で言っといて顔を赤くしていやがる。ソロバンのくせに器用な。
『分かった、「ソロバン」と命名しよう』
『あなたさまが付けてくれた名前なのです。それで良いのです』
おろ? こんなことでうれしそう。
『で、これ、ゲーム内時間が止まっているよな?』
MMOでゲーム内時間を停止できたら、他のプレイヤーのプレイに支障が出るはず。
『マルチプレイゲームは、本来、時間は止められないのです。でも「武士物語」はシングルプレイゲーム内の仮想マルチプレイゲームなのです。支障は無いのです。ちなみにポーズ演出は、「Re-birth」世界と区別がつくように変えているのです』
……なるほどな。ややっこしいけど、理屈は理解した。
『ですが「武士物語」世界は、即断即決が醍醐味なのです。マルチの雰囲気も台無しになるので、乱用はしないで欲しいのです』
……結構、ぶっちゃけるね。
『そう言うけどなあ。現代世界の高校1年生役を演じるのも今ひとつなのに、さらに昔の中学3年生をやっても、変わり映えしなくて、つまらないんだけど?』
これを機会に、俺も本音をぶつけてみる。
『えっ? げ、げ、現代世界はラブコメ、過去世界は殺伐アクションなのです。話が進めば、とても楽しくなるのです』
お、動揺していやがる。ゲームそのものを批判されると堪えるのか?
では……
『俺はさあ、サクッと進めて、スカッとしたいんだけど? げへへ』
ノリで芝居がかって、言ってやる。
が――
しばし目を閉じたのち、哀しげに開く、ソロバンAI。
『……いえ、それはできないのです。たとえ辛い話があっても、あなたさまはそれを受け止めなければならないのです』
と、重々しい返答。
おろ? 真摯な態度…… どうしてそんな話になっちゃう? これでは俺が、小物のチンピラのようではないか。
『あー、なんだ、その、茶化してすまん。殺伐って言うけど、さっきのあの子は可愛いよ。俺の好みにドストライク。「武士物語」も楽しめそうだ』
バツが悪いので、フォロー。慣れない演技をするもんじゃない……
『わー。わー。それは違うのです。騙されているのです。あの女は天然の大和撫子で、とってもタチが悪いのです。ヒロインは夏に登場するのです。結婚はその娘とするのです!』
おっ、元のノリに戻ってくれた。で、それは「騙している」とは言わんだろ?
ってか、コイツは……
『おい、ソロバン。お前、中の人はサポートと同じだろ?』
『(ひゅ~♪) 中の人などいないっ、のです。それではゲームの質問は無いようなので、ポーズを解除するのです』
逃げやがったよ…… 仕方がない、待つか。
寒いんだけどなあ……
――♠――♠――♠――
「滝沢秋」
「はいっ」
この偉そうなオッサンを無視したらどうなるんだろ? 試したかったが、ここは素直に役になりきってみる。
「試験室に案内する。ついてきなさい」
「はいっ!」
教室を出て廊下を歩く。板張りの床はピカピカに磨き上げられていて、外の陽射しに照らされている。
……こういうの、悪くはないな。
そうして着いた部屋には、「職員会議室」と札がかけられていた。
「この部屋だ。名乗って、椅子にすわりなさい」
一礼して部屋に入ると。
そこには長机2つに5人の男女の試験官が並んで座り、その前にぽつんと椅子が1つ、置かれていた。
今更だけど、実技試験って何をするのだろう?
「滝沢秋です。本日はよろしくお願いします」
適当に挨拶して着席。作法は分からんが、こんなものだろう。
「面接試験ではないから、楽にしなさい。そのほうが能力も測りやすい」
案内してきた男が戸を閉めながら、入り口側の席に座る。
そう言われても、楽にできない。真ん中のオバサンが、異様だった。
歳は30くらい?
美人だったんだろうが、顔の左半分が陶器のような仮面に覆われている。
そして左手だけに手ぶくろ。もしかしたら義手なのか?
「最後の1人の試験、始めようか。先生方、まずは小玉を」
「はい」
そのオバサンが声をかけると、左右に座った男たちが机を見下ろし、何やら力を入れる。
するとそれぞれの試験官の前に、互いに色の異なる、小さな玉が現れた。
なんだ、あれは?
「では、滝沢くん。こちらの小玉から順に手に取ってみなさい。分かっていると思うが、無理があったら、すぐに手を離すように」
「はい!」
注意は意味不明だが、適当に返事。ともかく言われた通りにやってみる。
赤色の玉、白色の玉、水色に茶色。
どうなるのかとドキドキしたが、何も起こらなかった。
これ、試験的にマズイんじゃないか……
「? 身体の調子は大丈夫か?」
案内してくれた教官が――めんどくさいので「パシリ」と呼ぼう――、パシリが意外そうに聞いてくる。
「はい、どれも簡単に持てました!」
ここは何でも無いことを、偉そうに返事をしてみる。
すると教官たちが顔を見合わせ始める。
やっぱり、マズイのか……
「頼もしいではないか。次は小太刀をお願いします」
中央のオバサンがニヤリと笑って、声を掛ける。この人が一番偉いのか?
再び左右の男たちが力を入れると、さっきの玉がナイフのようなものに変化した。
冷静に考えると、これ、すごい超能力だよな……
……そして今度も、どの小太刀も反応はなかった。
「中村先生、ほかの属性の先生を全員呼んできてください」
中央のオバサンがパシリにそう言いつけると、「分かりました」とパシリが出ていく。あのパシリ、中村って、名前なのか。
俺の方は、今度は更に大きくなった4つの「刀」を順に持つよう指示された。
しかしどれも触っただけで気分が悪くなって、持ち上げられない。パシリ、改め、中村先生が「無理をするな」と言っていたのは、このことか。
そうこうするうちに、会議室にやってきた、3人の先生。紫色、金色、緑色の物体を試させられる。
どれも小玉、小太刀は持てるが、刀はダメだった。
そうして実技試験は終了。帰宅するよう、指示された。
――♠――♠――♠――
はあ……
あれってゲーム的には、属性の才能を調べるテストだよなあ。きっと才能があるやつがあの玉を触ると、まぶしいほどに光ったり、ピシッとひびが走って割れたりするに違いない。
むー。
プレイヤー側には何もできない理不尽なイベントだけど、凹むは凹む。
悲嘆に暮れ。宙に浮かぶ矢印を追って、とぼとぼと校舎を出る。
と……
「滝沢くん! ずいぶんと時間がかかったのね?」
The・大和撫子、丸山さんが、弾んだ声をかけてきた。
2019/09/09 誤記を修正しました。
× ヒロインは初夏に登場するのです。
↓
○ ヒロインは夏に登場するのです。