♠ウジイエ
「それでは念体準備!」
と審判の掛け声。
競技場のスタンドには護衛を付けたおっさん領主が座っている。ほかにも急遽呼ばれたのだろう、地元の名士っぽいおっさん、おばさんが何人も。見物料を徴収してやりたい。
今朝はもっとゆっくりできるはずなのに5時半に起床し、朝食を取って、迎えの車で競技場に。まあ俺はゲーム上で場面転換が発生して、すぐこの場にいるのだけれど。
懐かしい紙風船もどきを頭と胸と背につけて、昨日の5人と相対する。これ、格好悪いから嫌なんだけどね。
今日の殲滅戦、長さ100メートル、幅70メートルの試合場で、武士が戦うにはいかにも狭い。特に俺みたいな念幅主体の武士は不利なので、戦闘開始に先立ち念体の念製を行う。それでも焼け石に水だけど。
「従魔召喚、壱、弐、参、四!」
さっそく相手側女性の1人が念製を始める。あの人が副長だろう。4匹の蝶をウジイエと仲間の3人に飛ばし、念信を張る。4人とも同系統の念質のようだ。続いてそれぞれ武具を召喚し、防具を装備して、準備を終える。ウジイエは頭、胴、腕など、全身を淡い茶色の光に包まれた防具で固め、それなりに上級武士らしいところを見せる。悔しいが念深は、俺より上だ。
こちらは、一文字さんと老良さんが、それなりの武具を手にしただけ。防具は無しというか、不要と判断している。そして俺は従魔の召喚を始める。
「従魔召喚、壱……」
まず鳩を1羽。相手5人は一瞬驚いた顔を見せたが、そこまで。「こけおどしが」とウジイエが悪態をつく。
「弐……」
続いて2羽目。
さすがにこれは反応なし。
「参……」
更に3羽目。
これも大した反応は無いが、副将さんの顔色は変わったかな。同じ念幅系なので、俺のやっていることの凄さが1番分かるはず。
「四……」
そして4羽目。そろそろ全員に動揺が広がる。もう、もったいぶらなくて良いか……
「伍……から一気に、拾!」
10羽の鳩を召喚、その気になれば瞬時に同時召喚できることを見せつける。2羽を一文字さんと老良さんの元に飛ばして念信を確立。この狭い試合場では念信の有用性は低いが、張れないと思われるのも癪だ。
「お、おー……」
唸りとも驚きとも取れない声が、5人や観客席から漏れる。
「もう始めて良いですよ」
俺は、皆と一緒に呆けている審判に声をかける。
「で、では、試合始め!」
審判の声とともに、こちらに駆け出してくる副将さん以外の敵4人。
こちらは一文字さん、老良さんが数歩前に出て俺の守りを固め、まずは鳩で襲撃する。
武士には1羽、上級武士には2羽の鳩で、背や頭の紙風船を狙う。「くっ、卑怯な」とかウジイエがほざいているが、これを卑怯とか言っているようでは……
「ウジイエの念深がギリギリC、ほかはせいぜいD+なのです。私がウジイエを、側室は残り4人を片付けるのです」
「……もう、しょうがないわね。譲ってあげるわ」
相手に聞こえるように言う老良さんに、不満の色を見せながら応じる一文字さん。
あれ? 2人とも結構怒っているんだ。まあ何にしろ、俺の仕事はこれでお終い。
「舐めるな!」
「はっ!」
「とう!」
さすがにいくつかの鳩はやられそうなので解放する。しかしもう、一文字さんは間合いに入った。
「はあ!」
「えっ?」
1番右の武士の懐に飛び込んで、胸の風船を裂き。
「はいっ!」
「なっ?」
前方の身を固めた2番目の武士には、タンッ、タンッと軌道を変えて跳躍し、背の風船を破る。
「あなたは京がやるって」
「くそっ」
ウジイエには頭にフェイント。一言囁いて、やり過ごす。
その気になれば割れたことを、見せつける。
「はいっ!」
「早、すぎ……」
1番左は頭の風船をサクッと割って、一旦動きを止める。
……どうして止めるの?
「あ、赤、3、4、5番退場」
なるほど、審判の判定を待ったのか。さすが一文字さん、気配りを忘れない。
「おしおきするのです」
いつしかウジイエの前まで歩を進めた老良さん。その刀を構える。
「ぬかせっ!」
ウジイエは威勢のいい声を上げたものの、後ずさり。
「赤、2番退場!」
そうしている間に、一文字さんは副将さんを片付ける。
「くそーっ!」
その宣告を契機に、ウジイエと老良さんの戦いが始まった!
「左からの攻撃への反応が遅いのです」
「くっ」
「重心が右前に偏っているのです」
「つっ」
「剣を振りかぶると、左手が下がる癖があるのです」
「あっ」
老良さんが攻撃する都度、ウジイエの曲剣が地に叩き落とされる。それをめげずに拾い、斬りかかるウジイエ。これでも心が折れないのは、褒めても良いかも知れない。
武士の癖まで読んで襲ってくる念食獣はいないと思うが、直すに越したことは無い、のかな?
「まだ強くなる余地があるのは、認めてあげるのです。ですが2度と主人を愚弄するのは、許さないのです」
「赤1番退場、これにて試合終了!」
最後に胸の紙風船をチョンと割って、試合を終わらせる老良さん。
ウジイエは自分の胸を見て、じっとしている。
少しは懲りたか。
(パン、パン、パン、パン)
いつの間にか観客席から降りてきた領主のおっさんが、手を叩いて歩いてくる。芝居がかった態度が偉そうだけど、本当にそうなのだからしょうがないか……
「ウジイエ、どうだ世界は広いじゃろ」
オヤジの声にうなだれるウジイエ。
「お三方には手をわずらわせてしまったの。こやつは帰国して以来、以前からの増長が更に目に余るようになってな。いい薬になったじゃろ」
いかにも計画通りと釈明するおっさん。褒美に昨日並みの料理を、機内弁当に用意してほしい。
と、ウジイエは突然老良さんの前に進み、座り込む。大和流全面降伏姿勢だ。
「老良殿、いえ、老良師匠! どうか私を弟子にしてください!」
額を地に付け、頼み込むウジイエ。
老良さんの弟子? 俺たち旅の途中だぞ? あんた親衛隊長なんだろ? どこからツッコんで良いのか分からない……
「私の主人に忠誠を誓うのなら、弟子にしてやってもいいのです。せいぜい主人の盾になるのです」
意外にも老良さんは要請を受けた。てか紛らわしい妄想夫婦設定を、こんな場で出さないで欲しいのだが……
「誓います。老良様の旦那様に忠誠を誓います。どうぞよろしくお願いします!」
そう言い、俺を見上げるウジイエ。えっと、そんなにあっさり、領主から乗り換えて良いのか?
「ふむ、私からも頼む。バカ息子を連れて行ってくれんかの。大和国とフチテー帝国の武士団には、こちらからすぐ話をつける」
と、おっさんもサックリ許可。軽すぎる……
「し、しかし、それでは親衛隊が……」
俺たち3人の旅を邪魔するなよと、俺は訴える。
「何、それはこの4人、バカ息子の嫁たちだけでも過剰なくらいじゃ」
と、おっさん。
ウジイエ、ウジイエのくせに4人も妻がいるのか。羨ましい……
ともかくもう空港に向かう時間だと言われ、俺たち3人は送迎の車に乗り込まされる。ウジイエは別の車でついてきた。
――♠――♠――♠――
空港に着くと、車は大和国から乗ってきた飛行機の横につけられる。この時代、定期便もほとんどなかったのでは無いだろうか? 飛行機も、プロペラ2つの機体が、数機あるだけ。乗客らしき人も見かけない。昨日、今日と、ほぼ俺たち専用の空港と化している。
と、飛行機からパイロット1人が降りてくる。ここからしばらく操縦を務めるパイロット4人組のリーダーだと名乗る。
「お話、聞いておられますか? 大和国武士団から今しがた連絡が入ったのですが、皆さまにフチテー帝国の上級武士、ウジイエ様が同行されるとのことです。なんでもフチテー帝国皇帝直々の依頼なのだそうですが……」
その言葉に俺たち3人は、後ろに立っているウジイエに視線を向ける。
「親父は皇帝の弟なんですよ。そういうわけで、よろしくお願いします」
と、改めて深々とお辞儀をする。
「私ではなく、主人に頭を下げるのです」
などと、老良さんはさっそくウジイエを躾け始めているが……
今回の件、どうにも話が早すぎる。どこまで最初から仕込まれていた話なのだろうか……
――♠――♠――♠――
飛行機はいくつもの飛行場を渡りながら西南に飛ぶ。大和国は世界で6箇所、飛び地で領地を持っており、その1つが俺たちが利用している空路の延長線上、ピュー連邦共和国のヴィクトリア山にあった。飛び領地と大和国とを結ぶ航空路が、他国を巻き込んで確立されているのである。大和国の国際影響力の大きさが、このことからも垣間見られる。
フチテー帝国の港町を出てしばらく、機内はウジイエの話で盛り上がった。俺の前に一文字さん、通路を挟んだ隣に老良さん、斜め前にウジイエという座席配置。なお、老良さんと一文字さんは、フライトのたびに席を入れ替わる。
ウジイエは斜め後ろに体を向けて、大和語で話を続ける。皇帝一族が大和語に習熟しているのは当たり前なのだそう。同様に片言ではあるものの、世界中の武士は大和語を話せる。武士の世界は、太古から大和国が中心だとは授業で習ったが、そこまでとは知らなかった。
そして「ウジイエ」は、行政上は非公式であるが、旧フチテー文字の「氏家」が当てられた名前であり、とても誇りに思っているとのこと。その話には俺も、旧フチテー文字を源流とした大和文字を使用している大和国の一員として、好感が持てる。
なおフチテー帝国には「姓」が無い。名前がかぶるときは、「(父もしくは母の名前)の(息子もしくは娘)の~」と付けて区別するのだそう。異文化、面白い。
そうして着いた大和国領ヴィクトリア山。ウジイエは「大和国からの上級武士はとても歓待されると思います」と言っていたが、実際は主だった上級武士が出はからっていて、寂しいものであった。なんでもムラユ国でかなり強い念食獣が猛威を振るっており、支援に出向いているのだそう。話を聞いて俺は一文字さんと顔を見合わせたが、その念食獣が小松校長の因縁の相手かどうかは分からなかった。
飛行機の旅は大河ガンガーを擁する農業国ベンガル人民共和国で終わり、そこからは民間の客船を乗り継いでの船の旅。今回の旅の目的地、アフリ大陸に着くには更に1週間と少しを要した。俺はゲーム演出で旅程をすっ飛ばすことができたものの、出来の良すぎるVRシステムのおかげで、疲れを全身に感じていた。




