♠親が決めた縁組み
♠照和38年(YE2738年)9月
♠甲斐県 青木ヶ原
「あの、明日、明後日は休暇を申請しているのですが……」
訓練を終え教官が明日の予定を告げ始めたところで、丸山さんが珍しくも遠慮がちに手を上げて発言する。2、3日前から髪を結い上げ始めていて、そのうなじがなまめかしい……
「ああ、そうだった、すまない。縁組みがあるんだったな。たった2日しか許可できなくて心苦しいが、新旧の家族と親交を深めてこい」
いつになく目を細める教官。このエロ教官が。
にしても、縁組みねえ……
ふーん……
……
なん、だと!!!
「丸山さん、縁組みって!?」
解散直後、居ても経っても居られず、丸山さんを捕まえる。周りの奴らが笑っているが、なりふりなど構っていられない。
「えっ?」
いきなり肩を掴まれた丸山さんは、驚いた顔を見せ、
「私が幼い頃に親が決めた話なの。私、武士熱がとても長くって、私の家では病院代が賄えなかったの」
と、それでも、話をしてくれる。
「そんなときに、将来武士になれたら家に来て欲しいと、治療代を払ってくれた方が……」
この時代、10代半ばで嫁入りするのは珍しくない。貧困な家庭なら、なおさらだ。現に冬子だって、俺が士道高校に入学して給付を受けていなければ、中学を出ると同時に嫁に行くことになるはずだ。
丸山さんは説明を続けているが、なんだか耳に入らない……
「もう、滝沢くん、聞いてるの!?」
突然立ち止まる丸山さん。しまった……
「うん? これ? 結い上げる練習をしていたのよ。どうかしら?」
少し頬を赤らめて見上げる丸山さん。俺は無意識に髪を見つめてしまっていた。
「ああ、似合ってるよ。とてもかわいらしい……」
そう、とても似合っている。こみ上げる苦さを押し殺して、できる限り褒める。男の意地だ。
「うふふ、ありがと。丸山としてお話しするのは、これが最後ね。名前が変わっても、よろしく、ね?」
とても上機嫌に微笑む丸山さん。
なんだこれ、胸の奥が苦しい。ゲームなのに……
男子と女子とでは、当然ながら宿泊部屋は分けられている。丸山さんはうれしそうに手を振って、歩いていった。
――♠――♠――♠――
【あなたさま! 集中するのです!】
今日になって何度目だろうか。老良さんから叱責のまじった念信が飛んでくる。
【あの女は、行きっぱなしでいいのに、明後日には戻ってくるのです。集中するのです】
【そうは言ってもな……】
【大したことではないのです。不本意ながら私も相談されて、助言をしてやったのです。貸し1つなのです】
老良さんが助言? 戦闘ならともかく、それ以外の分野で老良さんが丸山さんに助言できる分野が存在するのだろうか?
【華族には面倒な作法があるのです。あの女が悩んでいたので、塩を送ってやったのです】
念信は感情もある程度伝わってしまう。俺の疑念に老良さんが補足する。
そういえば老良さんは、これで面倒見が良いのだった。
そうかー
玉の輿なのかー
【あなたさま? 今の説明で、どうして更に動きが悪くなるのです? あの要領のいい女なら、滞りなく振る舞って……】
2日間、俺はどれだけ老良さんに罵倒されようとも、どうしても身が入らず。老良さんに降伏した念食獣を、自分の従魔にできるか試すだけというヒモ男生活を、ただただ呆けて過ごした。
――♠――♠――♠――
「丸山改め、一文字となりました。これまで同様、よろしくお願い致します」
教官に|促され、みんなの前でそう挨拶をする丸山さん、いや、一文字さん。
髪を切ってセミロングに変わっている。そして何だか表情が艷やか。初めて目にする、薄く塗った口紅。
「新しい家族は、どうだったのです?」
訓練場に向かいながら。珍しく老良さんから、丸山……一文字さんに世間話を振る。自分の助言が役に立ったのかを、確認しているといったところか。
「とても優しい方々だったわ。しきたりに慣れたとは言えないけど、おかげでうまく振る舞えたと思うわ。ありがとうね、京。古い家柄は大変なのね」
「ふん、一文字家は老良家にも並ぶ名家なのです。……知名度は、一文字家のほうがあるかもしれないのです。あなたのような家の出であれば、苦労するのは当然なのです。少しは私の苦労を知ると良いのです」
上級国民なご学友の、ご歓談。俺は激しく仲間外れだ……
「髪を切ったのです」
「前のは結い上げできるように伸ばしてたの。戦闘の邪魔になるから、京のを参考にしてみたわ」
「ふふ、側室の割りには、良い心がけなのです」
? 側女から側室に変わったのか?
どちらにしても、一文字さんのお相手に失礼だろ……
「乾くのも早くて楽よね、この髪型」
一文字さんも、老良さんの扱いが上手いよなあ……
時代の流行り廃りか、2人ぐらいに髪の短い女性は見かけない。
「口紅とは、さすがは側室、破廉恥なのです」
「一文字のお義母さまが、どうしてもってくださるから、使ってみたのよ。ちょっと照れくさいわね」
珍しい。老良さん主導のガールズトークが続く。
……もしかして俺が気にしそうなことを、聞いてくれているのか?
ありがとう老良さん。でも、謎は解けども、俺の心は沈んでいく一方だ……
「……滝沢くん、元気が無いのね?」
「主人はこの2日間、著しく調子が悪いのです。側室がいることを前提にして戦闘するクセが、ついてしまっているようなのです。要修正なのです」
「あら、入学以来ずっと一緒に戦ってきたけど、そんな風になってしまっているの? ちっとも気づかなかったわ……」
うなだれて歩いていると、丸山、――違った、一文字さんが、俺に関心を示してくれた。嬉しいが、辛い……
「そうなの? 滝沢くん?」
「気にしないでくれ。一文字さんのほうこそ大変だな。せっかくご結婚されたのに、旦那さんとも暮らせないなんて……」
つい卑屈な言葉が口をつく。
俺って最低だ……
……
「ぷはははは!」
「やだ、もう、滝沢くんったら!」
顔をあげ、振り返ると。
立ち止まった一文字さんと老良さんが、お腹を抱えて爆笑している。
2人でお互いをバシバシ叩いて。
「え、縁組みって、養子縁組みよ。私、結婚したくても、相手がいないわ」
「ぷははです。それで落ち込んで、調子が悪かったのです? 私という良妻がありながら、不届きなのです。それでも、ぷははなのです」
「昔ながらの名家が、武士を養子に迎えるのは珍しくも無いのに…… 滝沢くんにも、そういう話は無いの?」
「不要なのです。秋は老良家に迎え入れるのです」
……多分、今、俺の顔はこのうえもなく真っ赤だろう。
――♠――♠――♠――
【滝沢くん、中型を見つけたわ。うふふ】
【小型の念食獣が降伏したのです。あなたさまの従魔にするのです。ぷはは】
いつまでも笑いの収まらない2人の女武士をこき使い。
この日俺は、新たに3体もの念食獣を服従させた。