♠校長の仮面
♠照和38年(YE2738年)8月
♠信濃県松本市
「滝沢くん、また、遅くなっている!」
「はい、すみません!」
宮▇█新主将の叱責を受けながら、森を疾駆する。
【鳩の動きが鈍いぞ】
【ご指摘、ありがとうございます!】
新たにレギュラー入りした先輩の念信もありがたい。
俺は2年生3人の協力を得ながら、学校の裏山で狩りをしている。念信は音声だけ、2羽の鳩の視覚を共有しながら、走るので精一杯だ。まずはこの状態でも、全力で戦えるようになりたい。
信濃県の夏休みは、大和国の中でも有数の短さなのだそう。そう言われても、ここしか知らないので、ピンとこない。そんな夏休みを俺は、士道大会の悔しさをバネに、練習に明け暮れている。
丸山さんも参加しているが、練習内容は別なのが残念だ。丸山さんはあの試合の後から、ずっと絶好調のよう。とても上機嫌。練習後、にこやかな丸山さんと話に花を咲かせていると、こちらも心が晴れやかになるのだが、宮▇█新主将が冷やかしてくるのが鬱陶しい。なんか俺のほうが、重要なことを忘れている気もするが。
そうして夏休みの終盤には、御野士道高校が全国士道大会で優勝したとの報が入った。
見てろ、来年は絶対に俺たちが勝つ!
――♠――♠――♠――
2学期の始業日。
いつものように登校すると、教室がざわついている。1学期も後半は空席が目立ち始めていたが、机と椅子が減らされていた。このことについてだろうか?
席に着く途中、丸山さんと目が合うが、会釈を交わしてそれだけ。毎日のように一緒に練習に参加しているのに、距離が一向に縮まらない。全寮制だと、学校の帰りにどこかによるとか、よそに遊びに行くとかするのが難しいのだ。ゲームの舞台設定として、失敗しているんじゃ無いだろうか? そういえば夏に現れるとかいうヒロインも、音沙汰無しだ。
……始業日特有の憂うつもあいまって頭を抱えていると、中村先生が入ってくる。
「皆、元気に始業日を迎えられたようだな……」
起立礼を終えたあと、中村先生がありきたりな話を切り出す。念を扱えるようになると怪我の回復が早くなるが、そのためか日焼けにも強くなる。みな、顔や半袖の制服からのぞく腕は白くて、事情を知らなければ健康的な夏を過ごしたようには見えない。
「最初に連絡しておくことがある……」
中村先生が話を続けると、また一気に教室がざわつく。こいつら高校に進学して5ヶ月が経つのに、成長がなさ過ぎる。
「滝沢、丸山……」
「はいっ」
「え、はいっ」
いきなり名前を呼ばれ、丸山さんが返事をして立ち上がるので、俺も慌てて続く。
「2人は卒業だ。すぐ全ての荷物を持って、校長室に向かってもらう。……そうだな、2人とも教壇へ」
丸山さんはこうなるのを予想していたかのように前へ。俺もわけが分からないが、とりあえず前へ出る。
「滝沢、最後ぐらい締めろ。……しょうが無い、丸山から挨拶してもらうか」
クラスが一瞬笑いに包まれるが、それも丸山さんが口を開くまで。
「皆さんのおかげで短い間でしたが、楽しい日々を送ることができました。これから厳しい日々が続くと思いますが、少しでも多くの念食獣を倒し、世界に貢献してまいります。それでは皆さまのご健康とご活躍をお祈り致します。どうもありがとうございました」
教室が拍手に沸く。
……このあと俺も挨拶をしたが、何を喋ったのか覚えていない。時おり失笑が漏れたが、それでも最後は拍手で送ってくれた。
――♠――♠――♠――
「滝沢くんって、どんなときも変わらないよね。面白かったわ」
北に面しているが夏の日差しで照らされた廊下を、丸山さんと歩く。ここを最初に歩いた入試の日は、随分と寒かった。
「受けを狙ったんじゃないんだけどなあ」
「またー」
そんな冴えない絆トークを丸山さんと交わしていると、すぐ校長室に行き当たる。
「滝沢、丸山、入ります」
ノックし入室すると、向かい合ったソファーの奥に大きな机、小松校長が座っていた。
「そこにかけてくれ。今、茶を煎れさせる」
そう言い、職員室につながっている部屋にお茶出しを依頼する校長。恐縮する俺と丸山さんに「もうお前らには、こんなことしかしてやれんのだ」と寂しく笑いながら、反対側のソファーに腰掛ける。
「成長したな2人とも。もはや私より強い……」
事務員さんが出してくれたお茶をすする校長。どうも元気がなくて、これではただのオバサンだ……
「授業で習っただろうが、30年前の南アルバ大陸での念食獣大量発生、これが治まってもいないのに今度はアフリ大陸だ。お前たちのような年端もいかない武士を海外派遣させるような、嫌な時代になった。1人の武士として申し訳なく思う」
と、今度は頭を下げる校長。慌てて俺と丸山さんは止めに入る。
「お前たちはこれから甲斐県の演習場で訓練を受けたのち、海外への赴任を命ぜられるだろう。お前たちなら大丈夫だろうが、海外の念食獣は、この大和国のものより数段強い。くれぐれも油断するなよ……」
「は、はい……」
どうも調子が狂う。校長が自分の左手を眺めながら、最後は弱々しく語るので、俺たちの返事も弱くなってしまい、その左手を見てしまう。
「ああ、そうか。滝沢には見せたことがあるが、丸山にはなかったな……」
俺たちの視線に気づき、左手だけに付けている手ぶくろを外す。あの森での朝に見た、蒼い義手が現れる。俺は気になって丸山さんの表情をのぞいてみたが、驚く様子も見せず、冷静に受け止めているよう。
「私はお前たちのような才能はなかったので、士道高校を通常通り3年で卒業したあとに武士になれてな。結婚を急かす父親から離れたくて、国内を転々としながら各地の念食獣狩りに協力していた。そうして、今ほど……今もまだまだ試行錯誤中だが……武士の育成も体系化されていない中でも、海外遠征にぎりぎり選抜されるだけの念を吸うことができた」
まだ俺より念深は上のはずなのに、今日の校長はどうにも弱々しい。
「そしてそろそろ丸2年経つ話だが、私は東南フチテー地域のインダス諸島共和国に赴任した。熱帯気候で暑いのは我慢できたが、突然土砂降りになるスコールには閉口したものだ。念食獣も最初は大和国より強くて戸惑ったが、その、なんだ、一緒に派遣された武士と念信の相性が良くてな。なんとか対応できるようになった」
ここでバツが悪そうにお茶を飲む小松校長。
丸山さんが「まあ」と、可愛い声を上げる。
何が「まあ」なんだろう。俺にはさっぱり。途中で言い淀んでいたのと、関係があるのか?
「やがて念深レベルもCに届き、私も称号持ちになれるのかと柄にもなく有頂天になったとき……」
穏やかだった校長の表情が、歪む。
「奴が現れた」
苦々しげに吐き出された言葉に、俺と丸山さんは黙って聞くことしかできない。
「いいか、念食獣は動物とは違う。内側にしか曲がらないように見える関節なのに、逆方向に曲げる奴がいる。死角をつけたと思った方向にも、反応する奴がいる。……蛇の化け物のようなその念食獣は、武士たちの動きをことごとく読んで攻撃を防ぎ、意表を突く攻撃を終始仕掛けてきた。それでも私たちはヤツを追い詰め……代わりにずっと一緒に戦ってきた武士と、私の左手を失った……」
そう言い、言葉を止める校長。重い沈黙が校長室に垂れ込める。
「……念食獣はどうなったのですか?」
耐えきれず質問する俺。
「どうにもならんよ。インダスからは追い払ったが、退治したという話は聞かない。最近はフチテー大陸のムラユ半島で目撃されたという話もある。念食獣は滅多に川や海を渡らないはずなのにな……」
と、苦笑を浮かべる校長に、俺は「そうでしたか」と応じるのがやっと。
「そうこうするうちに、私にも加齢による念深の劣化が始まった。父の政治力を使ったゴリ押しで大和国に呼び戻され、こうしてここで校長を務めることになった。……もっとも、早速お前達のような有望な学生に巡り会えたのだから、悪い話では無かったが」
いつしかまた穏やかな表情に戻った校長が、左顔面の仮面に手を伸ばし、外す。見て良いのか戸惑ったが、そこには何一つ傷のない美しい女性の顔があった。
「これは縁談を進めようとする父を思いとどまらせるために、付けた仮面でな。私はインダスで失った武士――恋人以外と身を固める気にはなれないんだ」
そう言い丸山さんを見つめる校長。
そして、
「これからいつ何が起こってもおかしくない日々を送ることになる。想い人ができたらしっかりと掴んで、想いを遂げておけ」
と、仮面を元に戻す。
「はいっ」
と、丸山さんは張りのある声で答えた。




