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♥VRRPG『武士物語』

♥霊和17年(YE2817年)4月

♥信濃県松本市


 見事なほどに印象に残らない男教師が、俺たち新入生に話を続ける。

「……そういうことで、1年間、よろしくな。早速だが、自己紹介してもらおうか……」


 あれから昇降口に着くと。

 視界が暗転、『始業式が終わり、ホームルームが始まるのです』というメッセージが表示されたと思ったら、教室に座っていた。雑な展開だけど、始業式を体験したいかと聞かれたらもちろん不要、文句は無い。なお(とき)は3年前。俺が15歳なのは実歴通りになるが、実際に(かよ)った高校がどこだったのかを思い出せぬ……

 教室にはざっと40人、あの老良さんも同じクラス。てか、この学校、1学年に1クラスだけだから、当たり前だ。


「ここから順に後ろへ、後ろまでいったら、また隣の列の先頭からだ。あと、座席は入試成績順だからな。試験ごとに席を替えるから、そのつもりで」

 担任の話に、ざわつく教室。みな周囲をキョロキョロする。俺の席は教室の右斜め後ろ、……成績は「下の上」ってところか。武士養成の学校だけあって、(よう)(しゃ)がないな。実際もこうなんだろうか?

 そして皆が注目するのは教室左前。そこには美少女2人が縦に座っている。……1番目は飛ばすとして、2番目の子がとても気になる。姿勢が良くて、動き1つ1つが優雅。ここからでは横顔しか(おが)めないのが、もどかしい。早く、お近づきしたい……


『ちっ!』

 とても聞き覚えのある舌打ちが聞こえたが…… おい?


「お前たち、静かに! それでは老良。立って、その席からでいいから、自己紹介をしなさい」

 おっと、サポートAIを呼び出す前に、自己紹介が始まってしまった。


「はい、なのです。皆さま、初めましてなのです。名前は老良(おいら)(けい)と言うのです。旧華族の老良家の者なのです。でもお気になさらずに、接して欲しいのです……」

 普通に挨拶しているな、こいつ。良いところのお嬢さんなのか。俺は老良家なんて知らんがな……


「あと、1つ重要な話があるのです。私には将来を(ちか)った方がいるのです。このクラスにいるのです……」


 ぶっ! 嫌な予感……


「ホントかよ!」

「誰かしら!?」

 教室は騒然。

 男子は絶望に打ち伏しがれ、女子は野次馬根性をむき出しだ。皆、またキョロり出しているが、俺は机に伏せて、時が無事に過ぎ去ることを祈るのみ。


「こら、静かにしろ。……老良くん、それはとても重要な話だ。私も把握しておきたい」

 おい、この先生もおかし過ぎるだろ!?


「はい、なのです。それは滝沢様なのです!」

 俺を指差し、()(ぜん)と宣言する老良さん。クラス中の視線が俺に集まる。老良さんの後ろの女子学生も、口に手を当てて驚いている。――ちょっと待て、このイベント展開はいくら何でも(ひど)すぎる!


「こら! サポー……」

 立ち上がり、辺り構わずサポートAIを呼びつけようとすると――視界が暗転。そしてメッセージ。


『以降の自己紹介は省略するのです。ホームルームが終わり、放課後なのです』


 これじゃ、あの子の名前すら分からないじゃないか。コントローラーを持っていれば、投げつけるところだ。VRヘッドギア方式に、こんな欠点があろうとは。むう……


 視界が元に戻ると、教室のそこかしこに、人の集まりができていた。

「なあ、ゲーム、どこまで進んだ?」

「俺はチュートリアル終わったぜ」

「私はフリーシナリオ編に入ったわ」

「あんた、早すぎっ。徹夜したでしょ?」


 ?

 今度はなんだ?

 老良さんの爆弾発言を受けて冷やかされるのかと思ったら、みんなゲームの話、一色だ。俺はすっかり置いてきぼり。

 ぽかーん……


「何を『ぽかーん』としているのです? あなたさまは、どこまでゲームを進めたのです?」

 カバンを抱えた老良さんが近づいてくると、同じようにゲームの話を切り出してきた。ここまでそんな情報は無かったはずだ。どこかで見落としたのか?


「なあ、ゲームって、何のゲームのこと?」

 話の合わせようがないので、正直に聞いてみる。と同時に俺は、2番のあの子の姿を目で追うのだが。別の女子学生と談笑しながら、教室を出て行ってしまう。無念……


「VRRPG『武士物語』なのです。寮の部屋にあるはずなのです。帰ったら早速やるのです。授業について行けなくなるのです」

 親切に教えてくれる老良さん。級友たちはこんな俺たち2人を、「あらあら」と遠巻きに、次々と教室を出て行く。そっか、昼前だもんな。


「飯にしようか?」

「あなたさまに従うのです」

 ……(きょう)(じゅん)の意を示す美少女の言葉に引っかかりを感じるのは、俺の心が汚れているからだろうか? ともかく俺たちも場所を移す。


 食堂は校舎と女子寮の間にあり、士道高校は全寮制なので、食事は基本、ここで取ることになる。老良さんと信州そばを食べながら――これがまたVRシステム越しでありながら、()()しい――、説明の続きを受ける。


 VRRPG『武士物語』は、遊びながら武士の基本的な知識を身につけられるゲームで、始業式までにチュートリアルを終えるよう指示が出ているのだとか。

 今日は金曜なので、月曜まであと2日半。終日つぶせば十分に間に合うらしい。


「じゃあ、月曜な」

「来週が待ち遠しいのです。早く来て欲しいのです」

 老良さんとは、例の十字路で別れて、一路、男子寮へ。

 思えば朝、寮を出てからここまで、始業式もホームルームも省略されたのに、老良さんとの会話はずっと続いていた。すでに恋人を超えてフィアンセ扱いなのは引くが、(した)われるのは悪い気がしない。……いかん、早速このゲームの術中にはまっている。


「ただいまー」

 返事があるはずもない寮の部屋に戻り、さっそく備え付けの机、その一番下の引き出しを確認すると、果たしてVRヘッドギアが入っていた。


 うーん。

 VRゲームの中で、VRゲームをやるのか……


 このゲームデザインはいかがなものかと思うが、まだ学校に行って帰ってきただけ。もう少し、プレイを続けてみよう……


 VRヘッドギアを装着し起動してみると、メニューに登録されているのはMMORPG『武士物語』のみ。

 うん? 『武士物語』ってMMO(※多人数同時参加型オンライン)なの?


 時刻は(いま)だ13時過ぎ。

 俺はベッドに寝っ転がって、『武士物語』を開始した。


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