♠隠し技
尾行している鳩の方角を確認し、場所を調整して俺たち4人は伏せる。
敵2人も会敵に備えてか、進行速度が遅くなった。
じりじりとした時間が過ぎる。
【こっちは……幼……馴染だし……手も……握ったし……えっ?……接吻は……まだ……】
うーん、丸山さんと老良さんは、何の会話をしているのだろう…… 考えたくないが、その分、2人の戦いは小康、時間稼ぎとしては悪くない。
「来ます……」
小さく主将に声をかけ、副主将にも念信。
そして副主将に割り当てていた鳩を離脱させ、敵後方にまわす。
敵2人組が、森の切れ目の前で立ち止まり、幹に半身を隠して前方を伺っている……
鳩、行け!
鳩2羽を2人の頭めがけて、突撃させる。
獲った! か?
――だめだ。
振り返るや、武具を上段から振り下ろす2人。空気を裂く音しか聞こえないはずなのに、鳩に反応される。
「うりゃー!」「せやー!」「とりゃー!」
しかしそれも想定内。
主将が1人に、副主将と宮▇█先輩がもう1人に、斬りかかる。
俺は引き続き身を隠し、鳩を使った牽制に専念する。
「信号!」
主将の敵は、剣をはじくや、幹を背にして正対。
「応っ!」
副主将、宮▇█先輩の相手は、身を地面に転がし躱すや、森から出て。
いつの間にか懐から取り出した筒を、頭上に掲げ――
(パンッ)
夏の鮮やかな青と白の空に、黒い狼煙が立ち上がる。
敵ながら凄い。
2人とも、鳩が牽制に過ぎずさらに襲撃が続くことを、瞬時に予測したとしか思えない。囮なのがミエミエだったか。
主将と、対する敵の青3番は互角だ。
副主将、宮▇█先輩と対する青2番は、2人より上だろうか?
選手層が分厚い。
と――
【滝沢……くん。老良さんが……そちらに。追い……つけない……】
必死に追っているのだろう、丸山さんから途切れ途切れに、念信が届く。
マズい!
いつしか敵2人は互いに背を合わせ、先輩方3人は取り囲んだものの攻めあぐねている。
時間が経つほど不利になる。
1羽を主将に沈め、念信で老良さんが迫っていることを伝える。
……そういえば、さきほど御野士道は信号弾を使った。あれは距離を明確にするためか? それとも念信を張れないのか?
「▇██▇、後は頼む!」
いつもながら主将の判断は速い。副主将に託すや、青3番に猛攻撃を仕掛ける。
副主将、宮▇█先輩は、青2番を牽制して応援を阻害する――
長いようで、おそらく数十秒。
激しい応酬の末に、青3番の頭と、主将の胸の、紙風船が破れ……
「青3番、赤1番、退場!」
審判はこの周辺に6人いるはず。そのうちの1人が判定を下す。
3対2の局面であえての相打ち狙い、これで――
「滝沢、出ろ!」
「応!」
副主将の指示に、俺は飛び出す。
敵の青2番を、俺たち3人で囲む。
ここで相打ちを許さず、仕留めなければ……
細かい制御を捨て。
鳩2羽でデタラメに頭部を襲いつつ、俺と宮▇█先輩で、青2番を左右から攻める。
さすがに青2番の背は、がら空き――
「もらったー!」
副主将の低い掛け声に、
【だめー!】
丸山さんの念信が重なり、
「遅いのです」
更には場に合わぬ、冷めた声。
「赤2番、退場!」
言葉通り、目にも留まらぬ老良さんの一撃。
最悪。
副主将が老良さんに、背中を獲られた。
更に、まだ――
「あ、あ……」
立ちすくむ、宮▇█先輩。
老良さんは急停止して、くるっとターンを決め。
巻き上がる土煙を後に、すぐさま先輩に迫る。
「させない!」
やられたと思った老良さんの一撃を、追いついた丸山さんが受ける。
「ちっ、側女が出しゃばりすぎるのです」
誰が誰の側女なんだろう?
言葉の不意打ちに頭をフリーズしていると――
「青2番、退場!」
なんと丸山さんは宮▇█先輩を助けただけでなく、青2番の胸を撃ち取っていた。
この2人、俺たちとは別次元の試合をやっている。
これで場は、再び3対1。
でも、全く、有利な気がしない。
「泥棒、猫ー!」
「違い、ますっ!」
……撃ち合い始める2人。スルーしたい、掛け声。
なんとか受けている丸山さんだが、徐々に押されている。
そして、その後方に……
「老良、待たせた!」
青1番と4番が駆け現れる。
さしもの丸山さんも気を取られたか、老良さんの払いに体勢を崩し――
「いただく!」
そこを青1番がすかさず突く。
やられたか!?
「駄目なのです!」「はあっ!」
俺の目に映ったのは、丸山さんが華麗に身を翻したことだけ。
「青1番、退場」
背の紙風船を割られた青1番は、何が起こったのか分からなかったもよう。俺も分からなかったが。
「背中です」と青4番に説明されて青1番はようやく気づき、武装を解除した。
「その小賢しい演技に、主人も騙されているのです」
「あら、なんのことかしら?」
さっきの、ワザと敵を誘ったのか。
丸山さんも結構、黒い…… などと言っている場合でもない。
【丸山さん、念信外すね。お互い、最後まで頑張ろう!】
【はい、滝沢くん!】
3羽目の鳩が、丸山さんの胸元を飛び立つ。
「俺達もやりましょう!」
俺は棒立ちの宮▇█先輩の背中を叩き、活を入れる。
「! そうね。その通り!」
俺は先輩と鳩3羽とで、青4番に向かう。
それを平然と待ち受ける青4番。
余裕だ。
――と、意外な人が動揺を示した。
「な、な、今の鳩は何なのです?」
「? ……滝沢くんの従魔よ。あなたと戦っている間も、私はずっと滝沢くんと念信を交わしていたの」
そう言い、良い笑みを浮かべる丸山さん。
黒い。
今宵の丸山さんは黒い。――って、昼間だけど。
「ふ、ふ、不潔なのです! 早く目覚めさせないと、なのです」
「うふふ。滝沢くんはいつも、優しく励ましてくれるのよ」
「こ、この、あばずれ女、なのです!!!」
丸山さんと老良さんの間に、激しい剣戟が始まる。
もう俺たちには介入できない。
他を圧倒する2人の戦い、審判はさばけるのだろうか?
と、周囲をみやったら、老良さんについている審判は、開会式で挨拶していた上級武士、長尾さんだ……
俺も見ているだけでは無い。
3羽の鳩を、上から後ろからと、けしかけさせる。
襲うつどに青4番に的確に打ち払われ、そろそろ限界。鳩を再念製できなくなりそうだが、出し惜しみはしていられない。
「はぁ!」
「とぅ!」
「なんの!」
「失せるの、です! この、売女!」
「ほほ、嫉妬は、見苦しくて、よ!」
試合会場に響く5者の掛け声。
その内容と技量が、反比例しているのが哀しい。
「私が執る!」
「やらせるか!」
膠着状態に、宮▇█先輩が捨て身の一撃!
鳩の牽制攻撃に合わせ、空いた胸を突く――
「青4番、赤3番、退場!」
審判の判定が下る。
2人がかりでも相打ちに持ち込むのがやっと。自分の力不足が情けない。
これで残ったのは、俺、丸山さん、老良さん。
2対1になったが、俺のやれることなんて――
「秋! 鳩を、私に!」
と、ここで丸山さんから声がかかる。しかも俺の名前を、呼び捨てで呼んだ?
――驚いている暇は無い。
いったん老良さんから距離をとった丸山さんの胸元に、すかさず鳩を飛ばす。
すっと溶け込む鳩。
すると――
「この、この、この!」
老良さんが狂ったように丸山さんに飛びかかり、俺の目では捉えられない攻撃を乱打。
【滝沢、くん、応援、して……】
えっ?
あっ! 老良さんを煽れってことか。
黒い……
「丸山さん! 行けー!」
声に出すと恥ずかしいが、開き直って大声で叫ぶ。
一瞬老良さんの動きが止まったが、それはつかの間――
「淫魔、なの、です! 許さ、ない、の、です!」
……これ以上怒らせるのは、逆効果では無いのでしょうか?
【名前で、呼んで……】
と思いきや、次のリクエストが。
「菊! 負けるな!」
「! 倒すのです! 倒すのです!」
一段と逆上してるけど、その攻めは冷静?
変わらず速すぎて、俺には分からないのがもどかしい。
【もっと……激しく……】
これ、なんの罰ゲーム?
「菊! 愛してる!!」
こうなれば、破れかぶれ。
ありったけの大声で叫ぶ!
「!!! はあー!」
老良さんの刀が一段と大きくなり、大ぶりに――
「ここっ!」
丸山さんが刀から左手を放し、瞬時にもう一刀を召喚。
あれは対老良さんに備えて練習した、隠し技っ!
「はっ!」
決まった!
「そん、な……」
「赤5番、退場!」
長尾さんの判定が、無情に下る。
丸山さんが放った老良さんの頭と胸への同時の2撃が、決まったかに見えたが。
老良さんはなんと、刀の柄頭からもう1刃を伸ばしてそれらを受け、逆に丸山さんの頭を獲った……
「視線と挙動から、悪巧みを弄しているのはミエミエなのです。『算』の称号は伊達ではないのです」
そう言いながら俺の方に近づいてくる、老良さん。
俺に勝ち目はないが……
「あなたさま、降伏してほしいのです」
「できるか!!」
――
「赤4番退場。これにて試合終了!」
イキってみたが。
一太刀浴びせる前に、胸の紙風船を一閃された。
全く見えない……
「目を覚まして欲しいのです」
そう哀しげに言い、老良さんは喜ぶ味方4人の元へと去っていった。




