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♠信濃県大会

♠照和38年(YE2738年)6月

♠信濃県筑摩郡


 いよいよ県大会。

 と言っても、士道高校は全国に80校弱、この信濃県には2校しか無い。

 選手達は朝から汽車に乗って、試合会場に移動する。試合会場は、両校の間の山々に散在する複数の候補地から、無作為に選択されているとのこと。選手の中に、試合会場に土地勘を有する者がいる可能性はあるだろうが、まず公平性は確保されていると見ていい。


 5月に代表8人に選ばれてから、俺は正選手5人の枠に入るために、いろいろな努力をした。自分自身や念体に念を吸わせて強化するのはもちろん、他の7人や監督と事あるごとに念信を張って、その有用性を実感してもらうよう(つと)めた。

 そうして俺の念信が相手の念質を問わないという特徴が決め手になって、俺は正選手「4番」の座を獲得した。以前、()()したとおり、士道大会は実戦と違って念幅系能力を生かす場面が少なく、どの学校も正選手は念深系中心に編成するらしい。普通なら俺のような念深がEレベルの者は、正選手枠には(はい)れないようだ。

 油断せず努力しておいて、良かった……


 そんな地道な展開を()て。

 今回の『武士物語』の場面はいきなり、試合開始5分前。木々が茂る、山の中。

 みんな最寄り駅から山中まで結構な距離を歩いているはずで、ゲームで勝手に移動させられたとはいえ、俺だけ()()をしているようで後ろめたい。

 今、この場にいるのは、監督、正選手と補欠の8人、審判の5人だ。審判は今回の対戦相手である長野士道高校の教員。地域大会からは第3者的な立場の審判が就くが、県大会程度では人員的な余裕がないらしい。相手側には逆に、俺たち松本士道高校の教員が就いている。

 それにしても競技の性質上、観客がいないのは寂しい。マネージャーもいないし。人間ドラマ的な盛り上がりに欠ける。


「よし、最後の確認を始める!」

 監督の元に、青のゼッケンを付けた選手たちが集まる。みんな気合いと緊張が混ざった面持ち。俺は丸山さんにアイコンタクトを取ったが、試合に集中しているせいか気づいてくれない。……こんなことしている場合じゃないな。


「編成は北側から、……」

 監督が今日の編成を、改めて指示する。横一直線で、西側の相手に進行する布陣。


 一番北は俺の従魔、鳩1羽。索敵中心だ。

 真ん中・北寄りは、主将である3年生の青1番・█▇▅先輩と、青4番・俺の組。俺が念信で連携の(かなめ)となって、主将の指揮を支援する。

 真ん中・南寄りは、青5番・丸山さん単独。俺たちの主力だ。多対多の戦いなので、一般的に1人で進行するような戦術は取らない。丸山さんの戦闘力と、俺の念信があってこそ可能な布陣だ。

 一番南、副主将である3年生の青2番・▇██▇先輩と、2年生女子の青3番・宮▇█先輩。攻守バランスの取れた組だ。気は早いが、来年の主将はきっと宮▇█先輩だろう。


「常に数的優位を作ることを忘れるなよ。主将の指示に従え」

 監督の言葉に「はい」と5つの返事。

 俺が複数の念信を張れるから、指示系統はシンプルだ。逆に俺がやられると、作戦全体が崩壊してしまう……


「あとはお前が締めろ」

 そう主将に言って、監督は、後ろで俺たちを見守っている補欠3人の元へと去る。


「みんな、勝つぞ!」

「おー!」

 昼の日差しの中、目一杯大声で、掛け声を上げる。

 これぞ青春って感じ。

 気合いが乗ってきた!


「開始、1分前!」

 審判から声がかかる。ストレッチをして体をほぐしながら、開始を待つ。

「3、2、1」

 審判のカウントダウンが進む……


(パンッ)

 ピストルの音ともに打ち上げられる、青い煙の信号弾。

 そして正面である西側、はるか遠方、2キロメートル先で、赤い煙の信号弾。

「双方問題なし、試合開始!」

 審判から合図が出る。と、ともに――


「従魔召喚、壱! ……弐! ……参!」

 俺は3羽の鳩を、連続念製する。


「なっ!」

 後方に控える審判が声を上げ、みんな振り返る。

「失礼! 試合、続けて」

 帽子を取って謝罪する審判。なんか気分がいい。

 長野士道高校側には、俺並みの念製ができる生徒はいないのかな。……ああ、こちら側にもできる奴がいて驚いた、って可能性もあるのか。


 そんなことを考えながらも、鳩を副主将と、丸山さんの元へと飛ばす。

【2人とも聞こえますか?】

【聞こえるぞ、滝沢!】【聞こえたわ、滝沢くん】

 俺の確認に、即座に答える2人。副主将は念が強すぎ、そんなに気合いを入れ無くても伝わるっつーに。

 なお念信では、特に名乗る必要は無い。念にはそれ自体に個性があって、相手を取り違えることは、まずない。顔を突き合わせて複数人と話をするときよりも、誰が話し手なのか明確に分かるくらいだ。


「主将、大丈夫です」

 副主将には思わず苦笑してしまったが、俺は念信の準備を待っている主将に報告する。

「よし、出発!」

 主将の指示の元、5人と1羽は、それぞれ決められた方角へと、駆け出した。


 ――♠――♠――♠――


 主将の後を追いながら、木々を()って駆ける。さらに俺たち2人の後方には、2人の担当審判が追走している。


「滝沢、このペースで良いか?」

「もう少し遅めでお願いしますっ!」

「了解っ!」

 主将も気持ちが高ぶっているのだろう、練習よりもオーバーペースだった。

 俺は1羽の鳩の視聴覚も確認しながら走っているので、どうしても走行ペースを落としてもらわざるを得ない。残り2つの念信は必要に応じて言葉を交わすだけ、熟練すれば3つの念信相手と自分自身、計4つの視聴覚を同時にさばけるようになるらしいが、今の俺にはとてもできない。と――


「主将! 固定目標発見!」

 そう言い、俺は急停止して、右手を挙げる。

「良くやった、滝沢!」

 数メートル前を行く主将もすぐその場で立ち止まり、周辺監視に入る。本当ならこの間も走り続けたいところだが、審判に報告しなければならない。

「4番、どうした!?」

 後ろから、俺担当の審判が駆けつける。

「固定目標を発見しました! 識別文は『本日ハ(どん)(てん)ナリ』です!」

 鳩の視覚から得た、固定目標に掲げられている大きな看板の文字を、俺はつい怒鳴るように申告する。

 固定目標とは、この2キロメートル四方の試合会場のあちこちに設置された()()()のようなもののこと。それを探査するのは、念幅系選手の活躍のしどころだ。編成を多人数で固めると偵察範囲が狭くなるので、それだけ探しづらくなる。

 ――ただ、こうして止まっている時間が惜しい。そろそろ(かい)(てき)しても、おかしくない時間帯なのだ。

「! 良し、正しい。続けろ!」

 審判もそれが分かっているのだろう、簡潔に判定してくれる。

 0.5点獲得!


「主将、先、行きましょう!」

「おーし!」

 言うが早いか、駆け出した主将に追走。

「こちら青4番、開始3分、固定目標発見……」

 後ろでは審判が、相手側担当審判に固定目標発見の念信をする小声が聞こえる。俺たちを安心させるよう、わざと声に出しているのだろう。


 そしてそれから1分も経たないうちに。

【滝沢くん、固定目標発見、審判に申請しました】

 丸山さんから念信が入る。単独なので侵攻ペースが速いというのもあるが、素晴らしい。

 これで計1点!


【固定目標発見、了解!】

「主将、丸山さん、固定目標発見!」

 すぐさま丸山さんに応答して、主将に報告する。本当は丸山さんと語らいたいが、我慢だ――


「よしっ! ……あと20秒で警戒態勢に入るぞ」

 主将は腰につけた懐中時計を取り出して試合経過時間を確認し、指示を返してくる。

 ここから先は、敵に見つからないことに重点がおかれる。移動も歩いたり、伏せたりになるので、俺としては偵察用鳩のチェックをやりやすい。もっとも鳩はペースを落とす必要が無いので、今のまま侵攻させる。


 しかし俺たちは、すぐに()()を越える形になり。

 下り坂に差し掛かったところで主将は立ち止まり、

「滝沢! 予定より早いが警戒態勢に移ろう」

 と、次の指示を出してくる。

 それと時、同じくして――


【敵選手発見、2人です! 指示願います】

 と、丸山さんから、緊迫した念信が入ってきた!


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