♠代表選抜
♠照和38年(YE2738年)5月
♠信濃県松本市
士道大会の試合は、山あり谷ありの2キロメートル四方の区画で、5人対5人で行われる、同時殲滅戦である。選手たちは――見た目はかなり格好悪いのだが――、頭上、胸元、背中の3ヶ所に紙風船のようなものを付け、どれかを相手に破られたら退場になる。
争う相手として、念食獣と武士とでは差異がありすぎるのだが、試合として念食獣を狩るわけにはいかない。また1対1でやり合うのも、実戦が1対多が基本である状況を鑑みると、実情からかけ離れすぎてしまう。
大会が始まってそろそろ100年の歴史を誇り、武士の技能を競う競技として、ルールの試行錯誤を繰り返しながら続いている。
……授業でそんなふうに習ったが、この時代は映像がないので、実際の試合の様子は想像するしか無い。イメージとしては、5対5の剣道、勝抜戦ではなく、同時に戦う、という感じなのだが、大きくは外していないはずだ。
もし1対1だと、俺みたいな念幅が取り柄の武士は、あまりに不利だ。でもこうした広いフィールドで、相手の索敵から試合を開始するのであれば、十分活躍できる場面があるように思える。
「次、1年、丸山」
「はいっ」
「滝沢」
「はいっ」
そんなことを考えているうちに、先生の点呼が終わった。
あの能力測定から3日経った放課後、昨日発表された士道大会候補30人が一堂に集められていた。1年生は、俺と丸山さんの2人だけだ。
「先に念幅系の選手から、選考を始める」
先生が説明を続ける。1年生の授業は受け持っていない先生。自己紹介をしていたけど、もう名前を忘れてしまった。
念幅系から開始するのは、こちらのほうが人数が少ないからだろう。先日の能力測定で見た限りでは、念幅Dレベル以上は俺を入れて20人くらい、一方で念深Dレベルは50人はいた。今年度は念深系が多いようだ。士道大会だけを考えれば、念深系の選手層が厚いのは、有利なんじゃないかな。
「1年、滝沢!」
――何だ? どうしてここで呼ばれる?
「は、はいっ」
とりあえず、返事。先輩方が俺に注目して、視線が痛い……
「お前は、選抜確定だ。後はずっと、見ているだけで良い」
えっ?
意外なことを言う先生。先輩達から、どよめきが上がる。
「なんだ、あいつ?」
「この前、鳩を念製した奴だよ」
「あー、いたな。あいつなら、しょうがないか……」
そんな会話が聞こえてくる。
「うふふ、滝沢くん。良かったわね」
丸山さんに笑顔で言われて、実感が湧いてくる。選ばれるかどうかも分からなかったのに、まさか俺のほうが先とは……
こうして俺の士道大会参加は、あっさりと決まった。
――♠――♠――♠――
丸山さん、飛ぶなあ。
『ちっ』
丸山さん、速いなあ。
『ちっ』
そして……
「そこまで! 勝者、丸山!」
丸山さん、強いなあ。
『ちっ』
念深系の選抜が始まったが、俺が追うのはもちろん丸山さんだけ。身体能力や模擬戦闘を通して念深の比較が進められているが、どうみても丸山さんが選ばれるのは確実に見えた。先輩方と比べても、頭一つ抜けている。総合的には、かなりの実力差だ。
一方で不安なことも。念幅系で候補に挙がっていた先輩の何人かが、念深系の選抜にも参加していたのだ。俺の念幅系能力は誰にも負けないと思うのだけど、戦術によっては重要では無い局面もあるだろう。そういう時には、念深、念幅どちらもそこそこの、バランス型の選手が選ばれるのかもしれない。
最初に選抜されて、少し浮かれてしまっていたが。
丸山さんの念能力は圧倒的だが、それと比べると、俺の立場はそれほど安泰では無いはず……
俺は士道大会に向けて、改めて気を引き締めた。