♠全校能力測定
♠照和38年(YE2738年)5月
♠信濃県松本市
5月も2回の野外演習を経て、今日は全校行事の「能力測定」が行われる。
ちなみにこの5月の野外演習の同行は、2回とも中村先生だった。俺と丸山さんが男同士か女同士だったら、もう同行の必要はないとボヤいていたが。「2人で夜の交代警戒は、きついですよ」と言ったら、それはそうだなと遠い目をされた。後方部隊は従魔を使って、仮眠を取りながら監視任務に当たるのだ、とかなんとか。
さて「能力測定」に、話を戻し。
これは全校生徒一斉に、念深と念幅を測定する行事だ。学年も男女も混合。そしてここからが重要。この行事は6月から始まる「全国士道大会」の学校代表の選考も兼ねている。ここで候補を選定し、そこからさらに1か月かけて絞り込んで、最終的には代表8人が選ばれる。そのため生徒たちが互いの優劣をはっきりと認識できるように、一斉に行われるというわけだ。俺としても、屋外演習でずっと丸山さんと同じ班が続き、同級生たちからは妬まれていたので、きっちりと実力を示さなければならない。
全校一斉なのでもちろん1年生は不利だが、2年生と3年生は素質の壁が顕在化し始めており、差はぐっと縮まるのだそう。また、能力が優秀だと、このご時世、3年を待たずに卒業になるので、極端な能力格差も生じない。
……ん? それって丸山さんが早々に卒業する可能性があるってことじゃないか! 俺の心に、嫌な焦りが生まれる。
朝礼台に、ドS、もとい小松校長が現れる。そして朝礼台横、置かれたマイクに立つ進行役は、中村先生。教師の中では新参者なので、学校行事ではパシリ扱いのもようだ。
「それでは念深の測定を始める。各自、構え!」
校庭2箇所に設置されたスピーカーから、音の割れた中村先生の号令が響く。
校庭には、学年ごとに、男女混合2列に分かれて、学生が整列している。向きは学年ごとに隣の列に向き合う。これにより同学年の実力は互いに見て取れる、というわけだ。
なお列の長さは、1年生がもっとも長く、2年生、3年生は8割程度。1年生は残り10ヶ月で、更に2割程度の生徒が脱落するということなのだろう。厳しい……
生徒たちがそれぞれ思い思いの姿勢を取ったのを見届け、
「小玉を作れ!」
と次の中村先生の号令。
生徒たちの手のひらに、さまざまな色の小玉が念製される。やはり4大属性、赤、白、青、茶が多い。俺の小玉は濁った灰色だがな。ちょっと劣等感。そして斜め前にいる丸山さんは半透明の白。普通は風系を表すのだが、校長は「風系だとは思うが、特殊かもしれない」と言っていた。校長の水系と丸山さんの風系、両方に念信を張れる俺の念質は何なんだろう?
……そんなことを考えているうちに。審判役の先生方が生徒の念体を台帳に記録し、旗を上げる。全生徒は見渡せないが、さすがにこの段階で座ったヤツはいないっぽい。そう、課題ができなかったら、その時点で着席させられるのだ。
「次に移る。小太刀を作れ!」
俺はサクッと小太刀を召喚。これ以上の武具はつくれないが、周りへのハッタリのためだ。同様に事もなげに召喚した丸山さんは別として、ここでもう、力の違いが現れ始める。
顔面を蒼白にしてなんとか作り出す者、できたが形がいびつな者、小太刀と言うより包丁じゃないかという者……
それでも同級生全員が何らかの刃物っぽい念体を念製していて、俺には意外だった。ここまで計5回の野外演習を経てきている奴らなので、当然なのかも知れないが。
審判の先生が確認に周り、次々と座らされる。小太刀の出来が水準に達していないということだろう。
1年生で残ったのは、俺と丸山さん含めて5人だけだった。2年と3年は全員クリアしている。さすが上級生だ。ここで1年生は、列の並び直しを指示される。俺たち5人は前に移動。校長と目が合ったが、その表情は変わらなかった。
「それでは……刀を作れ!」
1年生が整列し直したのを見届けて、中村先生の号令。
俺は小太刀をできるだけ伸ばすが、刀と呼べるほどにはならない。対して、今は俺の真向かいにいる丸山さんは、サクッと美しい一振りを念製。残った同級生3人が驚愕している。
そして審判の先生が巡回して、何やら台帳に記録。続いて「丸山以外は座れ」と無常の言い渡し。分かっていたが残念だ。
間近から見上げる丸山さん、美しいがそれだけ遠くの存在のよう。『ちっ』というソロバンAIの舌打ちが、俺の丸山さんへの確かな愛の証しなのだが……
刀が作れると、念深がDレベルに達していると見なされる。
3年生はほぼ全員残ったが、2年生は半数弱、そして1年生は丸山さんだけとなった。丸山さんが刀を造ったことについては、どよめきが起こっている。先輩方の十分の一以下の期間で、この域に到達しているのだから当然だ。しかし、これ以上の念深は、実際に何かを斬るとか、逆に何かで防具を攻撃するとかやらないと、判定できないと思うのだけど…… どう測定するのだろう?
そんな疑問を持って、様子を見ていると。
残った生徒達は、審判の先生の前で、順に、刀を念製したり、消したりを指示される。人によっては、何度も繰り返させられている。たまに失敗する先輩もいるようだ。なお丸山さんは、1回目で「なっ!?」と審判の先生を驚かせて完了。俺の目には、丸山さんは校長と互角だからなあ……
そうして人数の多い3年生の確認が終わるのを待って、念深の測定は終了した。
――♠――♠――♠――
再び全生徒が立ち上がって、次の能力測定に進む。
「小玉2つを作れ!」
念幅の測定が始まる。順に念製する数を増やしていくのだろう。
早くもこの段階で、1年は多数が脱落した。それはそうだろう。念深に大きな格差がないと、念食獣は服従しない。念幅Eレベル、念が扱えるなら誰でも1つは従えさせられるというが、1年生は3人だけになった。2年と3年は全員残っている。
「続いて3つ!」
ここからDレベル。俺も丸山さんも呼吸をするかのように念製、1年生は2人だけ。2年、3年はというと、どちらとも10人もいない。
生徒たちの反響は、念深のときとは少し異なる。というのも――
念幅は、念食獣を従えさせるという壁を1度乗り越えれば、後は狩りを繰り返すことによって、数量的な限界に到達するのは容易い。そして念幅の数量的限界は、努力では覆せない。
――なので、残っている生徒たちは、「凄い」というより、「羨ましい」という反応になってくる。
また1年生にとっては別の意味合いがある。2年生、3年生の状況から類推するに、まだ5人以上はDレベルの可能性が見込めるので、新たな期待が生まれる。
「4つ!」
ここで丸山さんが座る。同級生から「あー」という、残念とも安堵とも取れる声が広がる。もっとも丸山さんは、新たに念食獣を服従させる機会が無かっただけで、3つが上限ではない。それを知っているのは、俺と校長と丸山さん自身だけ。
2年、3年はどちらも5人を切った。
「5つ!」
俺も座る。……が、立っているものは、誰もいない。生徒たちの間に、どよめきが広がる。
そんな中、意味ありげに俺の顔を見つめる丸山さん。そう、俺も5体目を試していない。俺も丸山さんも、念幅の限界が分かっていないのだ。
来年までには、もっと増やしてやる!
「それでは、3つ以上の生徒、もう一度起立!」
ホコリを払いながら、俺と丸山さんは立ち上がる。2年、3年もそれぞれ10人弱が身を起こす。そういえば念深の時と違って、列の並び替えはしないな。審判確認が簡単だからだろうか。
「各自、作れる最高の従魔を作れ!」
そう言われて丸山さんは、珍しくバツが悪そうに再び座る。丸山さんも、昆虫系の従魔を念製できる程度には念体を育てているのだが、昆虫嫌いでは創りようが無い。
2年生、3年生の列では、蝶やトンボ、カブトらしき昆虫が飛び上がり、周囲で歓声が上がっている。
それを見届けて、俺も独り言つ。
真打ちは最後に登場しなくっちゃね。
「さて、俺も創るか……」
右手を天にかかげ、その先を見上げる。
すると何もない空間から、現れ出るは愛くるしい鳥。
平和の象徴、鳩が、空に羽ばたく。
「おおー」「すげー」と級友たちから上がる歓声。何事かと注目する2年、3年からも驚きの声。
舞い戻ってきたところで、左腕を差し出して止まらせる。戻った鳩は独特の首の動きを繰り返し、本当に生きているかのよう。校長からは「そこまで細かく念じなくてもいい」と呆れられた模倣。だって丸山さんが喜ぶのだから、しょうがない。
……こうして、俺と丸山さんの全校デビューとなった、能力測定は終わった。
以後、俺と丸山さんが演習で組むことに、妬むヤツこそおれ、陰口を叩くヤツはいなくなった。