表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/101

♠血の気の引く思い

「くやしい…… はっ!」

 目を覚ますと森の中。

 木々の合間からのぞく空は、鮮やかな紫色。

 朝早くだと、(うかが)い知れた。


「おっ、起きたか?」

 木に寄りかかった校長が声をかけてくる。

 俺の横にはこちらに顔を向け、寝ている丸山さんの姿が。なんという(がん)(ぷく)……


「こら、女性の寝顔を覗きこむんじゃない。昨晩は2交代の見張りで大変だったんだぞ」

 校長にどやされる。

 念食獣は、夜は出現頻度が低く、活動も緩慢なので、わりと安全に野宿ができる。群れもなさないので、たいていの場合は1人が応戦して時間を稼ぐことが可能だ。ただ念深の深い念食獣があそこまで敏捷とは、想像を超えていた。あの程度の物音でも、警戒が必要なのか……


 俺は昨日の夕方から半日以上、寝ていたようだ。

 このフルダイブVR、気絶や睡眠も再現できる。現実世界では数秒しか経過していないはずだ。こんな強力な機能、法律や医学上の規制があっても良さそうだけど、どうなんだろう?


「すみません……」

 そう言いながら腹を手で探ると、包帯が巻かれ、痛みがなくなっていた。

「どうだ、そろそろ治ったんじゃないか?」

 と、小松校長。

 そんな馬鹿なと立ち上がってみると、確かになんとも無かった。


「これは…… 回復魔法ですか?」

 包帯を取りながら、聞いてみる。

「ふははは、何を寝ぼけてるんだ。もうお前も丸山も常人ではない。切り傷程度はすぐに回復する。骨折となると、もう少しかかるがな」

「そうですか……」

 俺は、つい、校長の左手に目をやる。

「うん? これか…… さすがに部位欠損は治らん」

 そう言い左の手袋を外す校長。現れた()()左手は、出来損ないの彫刻のように見えた。

「それは、念体、ですか?」

「そうだ。必要なときだけ呼び出せるから便利だぞ。……つまらん冗談だったな。昨年の秋に持っていかれた。私はまだやれるつもりだったが、この学校に押しやられた、というところだ。親がちょっとした役人でな」

「そうでしたか……、その、すみませんでした」

 俺は校長に向かって、真面目に頭を下げる。

 どこかでゲームという意識があるせいか、無神経な視線を向けた自分が腹立たしい。


「そうだ、滝沢。お前、昨日の中型念食獣、使役した念体に吸わせていただろ?」

 話題と声の調子を変える校長。木によりかけていた身を起こし、近づいてくる。

「はい、あの中型に襲われる直前に、小型のを手なずけたんです」

「そうだったか」

「それで、そのあとに丸山さんの成長した武具を見て、俺のも、と思い」

「なるほどな…… どうだ、あれだけ念を吸えば、小型の従魔を作れるはずだぞ。やってみろ」

 校長は言いながら、いつもの蒼い蝶を念製してみせてくれる。

 あのいたずらっ子のような表情は、昨日の丸山さんのときのように、ダメ元で試させているように見えるが……


「じゃあ、俺は……」

 幼い頃に冬子と良く追いかけていた昆虫を、目を閉じて思い浮かべる。

 俺の中の念体が、主人のイメージを実現しようと、頑張っている感じがする。


「本当につくるとはな……」

 校長の声に目を開けると。

 1匹のトンボが、宙に静止しているかのように、飛んでいた。


 ――♠――♠――♠――


「わあ、すごいわね、滝沢くん」

 トンボを見て、驚きの声を上げる丸山さん。でも、どこか表情が硬いような?


 俺のトンボで、校長との念信も試したあと。

 丸山さんも起床したので、朝食を取り。

 狩りに出ようという段で、俺は満を持して、丸山さんに自慢のトンボを披露した。


「そうだな、今日は私の念体で滝沢と、滝沢の念体で丸山と念信を張って、3人とも単独で狩りを進めるか」

 昨日の俺のアクシデントなぞ()()にもかけず、一段とハードルを上げる校長。このオバサン、Sっ()があるぞ、絶対。

「いきなりですか? その前に俺と丸山さんの属性が遠かったら、念信できないじゃないですか」

 そう反論しながらも、心の準備をする俺。属性の問題はまだしも、念信は受け手が相手を信じて受け入れないと成立しない。こっちが問題なのだ。

「ふん、私の見立てでは2人の属性は合う。つべこべ言わずにやってみろ」

 またあのいたずらっ子の表情だよ。Sオバサン。


「仕方がない。飛ばすよ、丸山さん」

 俺は意を決して、トンボを丸山さんに向かわせる。なんだ、この、ラブレターを渡すような心境は。


 トンボが胸に近づく。

 と、丸山さんの顔はますます引きつり――


「もう()()っ! 嫌ーっ!!」


 と、大声を上げ、手でトンボをはねのけた!


 文字通り、俺の顔からサーと血の気が引く。

 丸山さんは、顔を手で(おお)って、しゃがみ込んでいる。


 これ、本当は俺を嫌っている、ってことだよな……

 なんかもう、死にたいよ……

 ……


「どういうことだい、これは? 滝沢! お前、丸山に何か悪さをしたのか!」

 俺を(にら)みつける校長。俺のほうしか(うたが)っていない。それは俺が知りたいんです……


 どう答えようかと悩んでいると……


「わ、わたし……」

 うずくまった丸山さんが声を上げる。


「虫が……苦手なんです……」


 ――♠――♠――♠――


 森を1人進む。結局また、俺だけ1人。


「丸山、お前なあ」と校長も(あき)れていたが。丸山さんが虫嫌いにもかかわらず、この森の中での演習を我慢しているのを知って、昨日と同じ編成で狩りを進めることになった。

 虫が駄目なら、動物を作るしか無い。しかし動物を念製するには、もっと念を吸わせる必要があるらしい。俺としては、念体の強化に、一段と気合いを入れざるをえない。

 と――


 中型の念食獣を発見。

 またイノシシ系。昨日のヤツと異なり、牙が大きい。

 校長に念信して応援を頼むとともに、俺は小太刀を召喚して念食獣に(いど)む。


 勝てはしないが、やられもしない。

 怪我の恐怖が薄れ、自分で言うのも何だが、昨日までより、ノビノビと戦える。

 武具が手元にあるのも、心強い。


 やがて校長と丸山さんが駆けつけてくれる。

「2人で倒してみろ」という校長に、「頑張ろうね」と俺に声を掛ける丸山さん。そんな様子が芝居じゃないかと疑心暗鬼になる情けない俺だが、戦いの第2ラウンドが始まる。


 片方が念食獣の注意を引きつけている間に、片方が切りつける、という戦いを繰り返す。

 程なく念食獣が弱り、「滝沢くん、そろそろいけるんじゃないの」と丸山さん。

 俺は「おりゃ」と念食獣に潜り込み、喉をかききって、とどめを刺す。


 念食獣の姿が消え、その念を、また俺自身ではなく、念体のほうに吸わせる。どちらを優先させるかは本来は重要な考えどころなのだが、今の俺には「念体を成長させる」の一択。

 なお、校長からは「念食獣は動物じゃない。動物とは弱点が異なるから、(ふところ)に飛び込むようなマネはするな」と怒られた。


 ――♠――♠――♠――


 そうして、2日目、3日目が過ぎ。

 この3回目の演習を引き上げようか、というところ。


「よし、やるぞ!」

 校長と丸山さんが見守る中で、俺は新たな従魔の創造に挑む。

 事前に丸山さんの希望は聴取済みだ。校長がぼそっと、「丸山も遠慮ないな……」と(つぶや)いていたのは気にかかる。


 ……もったいぶるつもりは無いのだが、なかなか形にならない。虫と鳥とでは、校長が言う通りに難度が段違い。しかし……


 愛は勝つ!


 俺の中の念体に、イメージを叩き込む。

 すると……


「わあ、わあ、滝沢くん、すごいー!」

 前回と違って、子供のように心底喜んで見える丸山さん。

 何度俺のハートを撃ち抜けば気が済むのだろう。『ちっ』という効果音付きだ。


 一羽の鳩が、空を舞う。

 どぶ色だけど。

 白色にできないかなあ……


 ドSオバサンも「ほー」と感嘆の声。初日の俺よ、(あだ)は取ったぞ!

 しかし本番はここから。心臓が激しく脈打つのを表に出さないようにして、鳩を丸山さんの胸元に飛ばす。


 ラブレター渡し、再び。


 今回は大切そうに、鳩を両手に抱きかかえる丸山さん。

 丸山さんの胸に、沈み込む鳩。

 ああ、どうして俺は、あの鳩ではないのか……


【丸山さん、俺の声、聞こえる?】

 鳩が吸い込まれたのを確認して。俺は恐る恐る、心の中で呼びかける。

【ええ、滝沢くん、聞こえるわ…… でも……】

 すぐに返答があり(あん)()するものの、その感慨は必死に抑える。丸山さんにだだ漏れになるからだ。

 そして丸山さんが戸惑いの様子を表したが、念信に慣れた俺もそうだった。


 俺には、丸山さんの声とともに、テンパった様子の()()姿()も見えた。たぶん、丸山さんには、キュートな自分の姿が見えているのだろう。


「どうした、2人とも?」

 ()(げん)に思ったのであろう、小松校長が俺と丸山さんに問いただす。

 俺のほうが、「俺の念信」と「校長の念信」の違いを説明すると。


「視覚共有、だな、それは……」

 そう言いながら校長は、俺と丸山さんの肩に手をかけ、

「丸山も大概だが…… 滝沢、お前も相当に桁外れだぞ!」

 と、嬉しそうに声を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ