♠念信
♠照和38年(YE2738年)4月
♠信濃県松本市
今月早くも3回目の野外演習、2回目は中村先生だったが、今回はまた小松校長だ。
「では行くか。どれだけ成長したか、楽しみだ」
そういう小松校長は最後尾。2回目の演習から、先頭は丸山さんに代わっていた。「後ろ姿を追いかけるのは、目の保養になるぜ」と言いたいところだが、俺はついていくのに必死。これでもかなり速くなったんだけどな。
初日は無駄に演習場が広いように思えたが、この調子で念能力が向上すれば、すぐに狭く感じるだろう。あー、でも、弱い念食獣を狩っても伸びなくなるのか……
「滝沢くん、小型の念食獣が1頭いるわ。倒す?」
丸山さんが足を止めて、俺に振り返る。
「やらせてくれ!」
俺は即答。レディーファーストしていては、丸山さんと組めなくなる。
「とりゃ」と近づき自己流の左ジャブ。
「おっしゃ」と、念食獣がよろけたところで右ストレート。
さらに2回殴って、とどめを刺す。
そして、
「うーん、俺もそろそろ頭打ちです」
と、俺の様子をうかがう小松校長に報告する。
もうこの程度の念食獣を倒しても、能力の向上を感じなくなってきた。「俺も」というのは、丸山さんのほうは2回目の演習で伸びなくなってきたと言っていたからだ。念食獣は群れないし、1頭だけのときは丸山さん優先にしていたので、丸山さんの成長が先に鈍化した。俺も余裕をかましている立場では無いのだが、強くなれば安全にもなるのだから、そこは譲るのが惚れた男の性というものだ。ソロバンAIが、いちいち『ちっ』とうるさかったが。
「そうか。では、ここから2手に別れよう。私は丸山と2人で組む。滝沢は単独行動だ」
そういう小松校長に、俺は返事ができない。無慈悲な指示に、思考が硬直してしまった。
「おい、滝沢、返事はどうした? ……というのは少し意地悪かな」
ニヤッと笑い、小松校長が近づいてくる。
「安心しろ、私と滝沢の間には念信を結ぶ。今から念体を送るから、それを受け入れろ」
どういう意味? と、質問する間もなく、校長から蒼い炎をまとった蝶が飛んできて、俺の胸に消えていく。そして――
【どうだ? 聞こえるか?】
頭の奥から、校長の声が届く。
「は、はい、聞こえます」
俺はつい、声で応じる。
【声に出さなくてもいい。心の中で答えろ】
と、小松校長。
【あーあー。こうですか?】
と、俺は心に言葉を浮かべる。
「よし、それで良い」
と、校長は丸山さんを見ながら、今度は口に出して言った。
そんな俺と校長の様子を観察していた丸山さんが、
「心の中で話をされていた、のですよね?」
と半信半疑そうに質問。
「そうだ。私の念幅はDレベル、1体だけ念体を従えられる。その念体を使って、属性の近い武士と今のように会話を交わせるんだ」
ここで校長のいう「武士」には、自警団員レベルの念士も含むのだろう。
「俺は校長と同じ属性、水系統なんですか?」
俺の属性――念質は、分かっていない。
「お前の場合は、多分、違う。推測はあるんだが、まあ黙っておこう。あと丸山は、水系統からは遠かったな」
「は、はい、私は水色の刀は無理でした」
なんだ? 丸山さん、残念そうだけど、顔が強ばってないか? にしても今の台詞って、別の色の刀は持てたってことだよなあ。俺はどの刀も、てんで駄目だったのに……
「そういうわけだ。この演習場ぐらいの広さなら、いつでも会話が――これを念信と言うのだが、念信ができる。東の山は、念深の深い念食獣が多い。捜索範囲を広げて、そいつらを狩るぞ!」
「はい!」「はい!」
単独行動か――
俺は気合いを入れて、森に駆けた。
――♠――♠――♠――
【滝沢、こちらに来い!】
【はいっ】
二手に分かれて探索すること、小一時間。小型念食獣1頭と成果に乏しかったところ、小松校長から念信が入る。
すかさず返答したが、これは慣れないとドキッとする。戦闘中だと隙を作りかねない。
俺は北に転身し、木々の間を駆ける。念信でつながると相手のいる方向が分かるのだ。俺自身が従魔みたいな状態だからだろうか? 小松校長も悪くはないが、俺はやっぱり丸山さんの下僕になりたいっ。
【あー、滝沢。さっきからお前の思考が、こちらにだだ漏れだぞ。意識すればオン、オフを切り替えられるから、注意しろ】
【わ、分かりました】
やべー。
【今のは丸山には黙っておいてやる】
【お、お願いしますっ】
……などと、情けない内容の念信を交わしているうちに、俺は2人の元にたどり着く。
「どうしたんですか?」
「あれを見ろ」
そう言い、校長が前方を差す。その先には丸山さんと、小型の、犬系の念食獣がいた。しかし念食獣のほうは片方の前足を上げ、耳がたれている。あの様子は……
「実力の違いに、念食獣が服従の意を示しているところだ。……丸山、やってみろ」
「はい」
そう返答した丸山さんが、無抵抗の念食獣を殴打。
……あれ? 倒しちゃうの? ちょっと引く。
「できたと思います」
念食獣が消滅したあと、しばし難しい顔をしていた丸山さんが、頭を上げる。
「ふむ……念体をつくってみるか。こう、手のひらに塊を作り出すよう念じてみろ」
「は、はい」
そんな雑な説明で、できるようになるのか?
俺なんかは疑ってしまうが、生真面目な丸山さんはすぐ実行に移す。
すると――
「できましたっ!」
丸山さんの手のひらに、消しゴムぐらいの大きさの、白っぽい塊ができあがる。
「ほお、本当に念製するとは……」
随分と小さな塊だけど、小松校長が感心の声を上げる。
「え、酷いです。校長先生っ!」
抗議する丸山さん。そうは言っても、その声はとてもうれしそうだ。
笑顔がまばゆい。まばゆすぎる。
『ちっ』
はいはい。ソロバンAIの毒気をスルーして、俺はこの歴史的瞬間を目に焼き付ける。
「今後、小型の念食獣はその念体に喰わせろ。また服従するヤツがいたら、できるだけ従わせるんだ」
歓喜の丸山さんに、説明を続ける校長。そういえば……
「校長、入試で念幅の試験は無かったですよね?」
俺は、今の校長の指示が気になったので、聞いてみる。
「念幅の能力は実際に試してみないと分からないんだ。……すぐに授業で習うはずだが、まあいいだろう」
そう言って校長は、丸山さんを呼び寄せる。即席の授業が始まるもよう。
「念を扱う能力がある者は、たいてい1体は服従させられる。普通はそれを育て上げて、武具にする。ここまでは念幅Eレベルだ」
説明しながら校長は、小太刀を右手に召喚する。
「Dレベルは加えて1、2体。ここからは少し複雑だ。まず必ず武具にはできる。2刀流というわけだな」
小太刀もう1振りを、手袋をはめた左手に持つ。
「さらに人によっては、従魔にして偵察させたり、攻撃させたり、仲間に受け入れさせて念信を結んだりと利用できる。私はここまでだ」
左手の小太刀が蒼い蝶に変化し、飛び回る。そういえば俺と校長との念信は切られていた。校長の限界は、2体までなのかな。
「以降に明確な基準はないが、Cレベルなら10体程度、Bになると100体を扱えると言う。これを念信に用いれば、武士100人を統率できるから、『将軍』というわけだな」
なるほど仲間の能力を強化するのではなく、連携を密にするのか。
校長は念体を消し、
「……そんなところだ。さてまだ時間がある。狩りを続けよう」
そう話しながら、新たに蒼い蝶を作り直して、俺に飛ばしてくる。
と、そこで軽く手を上げる丸山さん。
「あ、校長先生。防具は念幅とは関係ないのですか?」
おお、丸山さんが質問とは珍しい。そして鋭い。自警団の方たちも、剣と盾を持っていた。
「防具は通常、自分自身の念を用いて固定化する。念幅では無く、念深系統の技だ。念体を防具にするより、自分の念で造ったほうがずっと簡単で、とっさの念製もしやすい」
なるほどね。足裏を防具で守るのは、校長の素っ気ない説明にもかかわらず、すぐにできたもんな。
「……いいかな、行くぞ」
狩りの再開を指示する校長。
俺も早く能力を強化したい。
気合いが入る!
――♠――♠――♠――
よし、発見!
丸山さんと校長とから、別れ。1人寂しくおにぎりを食べて、探索を続けていたところ、本日3頭目の念食獣を見つけた。これくらい小型なら……
跳躍して一気に近づき、殴りかかる構えを取る。
ネズミ系の念食獣。一瞬後ろ足を立てて威嚇の姿勢を示したが、すぐ寝っ転がった。
これ、服従ってことだよな? 気は引けるが……
(ガサッ)
むっ、近くの草むらで物音。まだ距離はある。
俺は気にせず、無抵抗の念食獣を殴る。
消滅させると、いつもと異なる感触の念が俺の中に入ってくる。
何だろう、無条件に懐かれる感覚。
これが念を従わせるということか?
(ガサ、ガサッ)
物音が近づくが、まだ大丈夫。俺の武具デビューの大事な瞬間だ。
両方の手のひらを上に向け、小さい玉をイメージする。
すると、すんなり、小玉ができた。
丸山さんのと違って、どす黒いが……
「やったぜっ―― ゴフっ!」
思わず声を上げた瞬間、腹に重い衝撃が突き上げる!
視界に、青い空が、木に覆われた地面が。
景色が目まぐるしく切り替わる。
とっさに体を丸め、衝撃に備える。
「ぐはっ!」
木に引っかかったと思いきや。
枝葉に体中を引っ掛けられながら、地面に落ちる。
木がクッションになってくれたが。先月の俺なら死んでいる。
【校長、やられた……】
【! そちらに向かう!】
校長に念信を送ると、すぐに応え。
しかしガサガサと念食獣が迫ってくる。
中型、イノシシ系。小型のヤツより、ずっと疾い?
「痛っ」
なんとか立ち上がったが、腹に激痛。血だらけだ。
間に合わないっ!
「ぐうっ」
とっさに両腕で体をかばったところを、突き上げられる。
吹っ飛び、宙を錐揉みする体。
上下感覚を失う。
「くそっ!」
またも木々に引っかかるが、今度は落ちる前に、枝にしがみつく。
体中に痛みが走るが、離すものか。
念食獣は悔しそうに体当たりをして、木を揺する。
そこへ――
「はあ!」
「はっ!」
2人の女性が、念食獣に躍りかかる。
校長は鈍い刀で殴りつけ、丸山さんは小太刀で切りつける。
丸山さん、もう武具を成長させたのか……
ほんの数分。ぼろぼろになった念食獣が、木の下に転がされる。
「滝沢! とどめを刺せ」
枝にしがみついている俺に、校長の激が飛ぶ。
「うっしゃー」
俺はやけくそ気味に、木から飛び降り、そのまま念食獣に飛び蹴りを入れる。
瀕死だった念食獣は消滅。
先ほど従えたばかりの念体に念を吸わせるも、俺は意識を失った……




