異世界における他殺死ガイド97
ヌベトシュ城 ―実験場―
ガゴン
魔神器が床へと落ちる。
「オオ……オ……」
シュウウウウ
エルダリーデメンティアの体が自然界の聖光によって消滅していく。
ジュレスの義足による高速の蹴りはカレルの鎖による妨害をものともせず、エルダリーデメンティアの胴体を両断していた。
「ルード様……」
消えていくアンデッドに悲しそうな目を向けるジュレス。
パチパチパチ
「素晴らしい戦闘力だジュレス君」
ジュレスに称讃の拍手を送るのは狂気の鍛冶師カレル。
「カレル!」
ジュレスはカレルに向き直り、野生動物であれば脇目も振らずに逃げ出すであろう強い殺気をぶつけた。
「ははあ、城を出る前の君とは比べ物にならないな。これがレベルアップか。一体どういう仕組みで発生するのか、是非調べさせてもらいたい」
キィィィィィン
ジュレスの持つ剣に白く闘気が宿り、義足の後部には丸く青い火が点る。
シュバァ!
ジャララッ! ヂイン!
カレルは袖から伸びた鎖でジュレスの斬りかかりを防いだ。
キ キィン! バシュ!
「む!」
カレルの白衣が切り裂かれた。
ジュレスが下から義足で蹴り上げ、鎖ごとカレルの白衣を切り裂いたのだ。
バッ!
距離を取ったカレルは切り裂かれた鎖を観察し始めた。
「バファル鋼製の鎖をクロム鋼製の刃で切り裂いた? これほどの魔力、エスポラ種の覚醒とは……」
「ごちゃごちゃと!」
再びカレルへと斬りかかるジュレス。
ジャラッ! ヒュ!
カレルは宙へと逃れた。袖から伸びた鎖が部屋の天井に突き刺さっている。
「逃がすかっ!」
「ところでジュレス君、私からの贈り物は気に入ってもらえたかな?」
カレルの言葉を聞き、跳躍しようとしていたジュレスの動きが止まった。
「……アグリアの封印のことか?」
「おお、気づいていたか」
「アグリアの封印は私達が祠へと近づいた時に解除されていた。それが何度も続けば何か仕組まれていると気づかないはずがない」
「その通り。君の義足には封印を消滅させるための魔力機構を仕込んでおいた。つまり君は勇者達と一緒にいるだけで彼らを危機へと陥れていたというわけだ」
「だがそれはジークの強化に利用させてもらったぞ、残念だったな!」
「ほうほう、勇者はアグリアの力を取り込んだか」
カレルの目に笑みが浮かぶ。
ブン
ジュレスの体がブレたかと思うと、次の瞬間ジュレスはカレルの横にいた。
ドガァッ!
ジュレスの義足による蹴りがカレルの胴に直撃した。だが白衣の中の鎖が守ったのかカレルの体は両断されない。
蹴られた衝撃で吹き飛ぶカレル。
バゴォ! ガララ! ゴォォォ
「むむ!」
カレルが激突した衝撃で破壊される壁。壁の向こうは城の外であった。
ジャラッ! ガキッ!
壁の瓦礫と共に落下しそうになったカレルは鎖を伸ばし、壁に開いた穴の端にひっかけて落下するのを防いだ。
鎖で城からぶら下がり、風に煽られて揺れるカレルの体。
キン キシ ジャリ
ジュレスは壁に引っかかっている鎖を踏みつけた。
「終わりだな、カレル」
「ああ、残念だがそうらしい。ジュレス君、最後にBBSPを見た時の感想を教えて欲しいのだが、良いかね?」
「BBSPだと?」
「城の大広間で見ただろう? おぞましい肉の塊が上から落ちてきたのを見た時、君達の反応はどうだった?」
「それを聞いてどうする」
「その時の勇者の様子は?」
「……まさか……お前は」
「クハッ! ハハハハハハ!!」
バキッ!
鎖が壁から外れ、カレルは遥か下の地面へと落下していった。
***
ガッ! バキッ! タタタタ
並走しつつ、お互いを攻撃し続けるのは勇者ジークと結晶を身にまとった赤肌の青年である。
ガラララ
次々と床が崩れていく。足場が無くなるため、戦いの場を城の奥へ奥へと移動せざるを得ないジークと青年。
だんだんと仲間を示す青い点が離れていくのを頭の中の地図に見て、ジークは青年との戦いの決着を急いだ。
シュアアアア
ジークの持つ輝く剣が、赤肌の青年に向かって振り下ろされる。
バギャ!
ジークの剣戟を受け、青年が体にまとっている結晶にヒビが入った。
「っ……」
ふらつく青年。だが走りは止めない。
タタタタ
やがて長く大きな階段へとたどり着く二人。
ガララ
二人が小さく攻撃しあう中、階段は下から崩れ続けている。
ビキキ! ガキン
青年の腕から結晶が伸び、ジークへと斬りつけられる。それを剣でいなすジーク。
バシュ!
ジークの目の前の階段に大きくとがった結晶が発生する。それを虫の動体視力で見てから避けるジーク。
ヒュパッ ガシャ!
まとっていた結晶が砕け散り、青年の体が吹き飛ぶ。
ドガッ! 「……!」
階段へと叩きつけられ、動かなくなる青年。
ヒュルッ
ジークの腰にしなる太く赤い尻尾。
ジークはアグリアの尻尾を解放し、鞭のようにしならせて青年に叩きつけたのだ。
超生物、火竜アグリアの尻尾はほんの少しの力で振るわれただけでも、その斬撃で地面を大きくえぐる。
それをまともに喰らった相手がタダで済むはずはない。ジャブアに似た青年は完全に気絶していた。
青年に近づくジーク。
手札をできるだけ晒さぬように戦ったとはいえ、アグリアを巡る戦いでレベルアップし、アウロラの歌により能力が四倍となったジークが少々だが手を焼く相手。ジャブアによく似たこの青年は何者だろうかとジークは考える。
ミヂ
ジークの頬から牙が突き出た。ジークは青年に対し悪食を使うつもりである。
青年の持つ結晶を操る力、攻防一体のこの力をジークは欲しいと思ったのだ。
「う……」
うめく青年を見てジークの動きが一瞬止まる。
悪食で人を喰う。喰い殺す。一般的倫理観を持つジークが躊躇するのは当然である。
だがジークはジャブアとの戦いにおいて、容赦する気は全く無かった。
ギチチ
青年の顔に悪食の牙を近づけていくジーク。
ジークは青年の顔を観察する。見れば見るほど憎きジャブアに似ている青年。
「ひょっとして……、お前はジャブアの……」
ジークの頭の中、状態確認画面の地図が赤く染まった。
ボゴォ!
何かが天井を突き破って落ちてくる。
後ろへ飛びのくジーク。
バガアン!
天井を突き破った何かはそのまま階段へと激突する。
その衝撃で砕けた階段が細かな粒子となって舞い、視界をさえぎる。
やがて粒子の煙が晴れたかと思えば、青年が首を何者かにつかまれている。
青年の首をつかむのは、全身に紫と赤と黒が混じった色の禍々しいオーラをまとい、短髪に耳長、浅黒い肌に線の太目な美丈夫。
「!」
ジークの目が見開かれる。
「レッドセルの奴め、勝手なことを」
つかんでいる青年を忌々し気に見る男、それは魔王ジャブアであった。
ジャブアは気絶したままでいる青年を崩れ続ける階段の下へ向けて放った。
ガララ
階段の瓦礫と共に落下していく青年。
「……」
振り向いたジャブアの目がジークを捉える。
「遅かったな」
ミチミチミチ
ジークの体が赤く、爬虫類のような質感に変化していく。ジークは火竜アグリアの力を全て解放した。
「言葉は不要か」
バギギギギ!!
ジークとジャブアの間に青白い魔力の花が散った。




