異世界における他殺死ガイド95
タタタタ
ジークは仲間の元へと向かって急いでいた。
だがGの手足は解放していない。城のどこにどんな罠があるかわからないので、警戒して進む必要があったためである。
やがてジークは頭の中で見ている状態管理画面の地図に赤い点が映ったのに気づいた。
「……」
赤い点がジークに向かって近づいてくる。
赤い点に近づくにつれ、ジークが感じるのはただならぬ気配。
タタタ
廊下から広い場所に出てジークの視界が広がる。
「!」
攻撃の気配を感じ取り、飛びのくジーク。
パキパキパキ……ビシッ!
先程までジークの居た廊下に結晶が生えた。
その結晶の後ろに、ジークは赤い点の正体を見た。
「……ジャブア?」
そこには黒いローブを身に纏い、赤肌に銀の短髪、耳の長い青年が居た。
ジャブアではない。面影はあるが別人である。
青年がジークに向かって手を向ける。
ビキビキビキ!
ジークに向かい、床に次々と結晶が発生する。それを避け、ジークは剣を前に構えた。
「お前は誰だ?」
青年が口を開く。
「排除する」
ビシシッ!
青年の両手が結晶によって覆われた。
ヌベトシュ城 ―初恋の間―
……ィィン
空間が歪み、アリエスの姿がブロッホの背後へと移動する。
ブロッホの体は真っ二つに……はならず、かき消えた。
アリエスが切りつけたブロッホは残像であった。
「何っ!?」
アリエスが部屋の壁を走るブロッホを見る。するとブロッホの両肩に小型のブースターがあるのがわかった。
ブロッホはブースターの逆噴射により、残像を残しつつアリエスの攻撃を避けたのである。
「ギュンギュギュン!」
その後、ブロッホのブースターを活用した緩急の激しい攻撃に翻弄され、消耗していくアリエス。
一方のブロッホはあらかじめ服用していたリ・ゲインの効果により疲れ知らずであった。
「うっ……」
アリエスは床に膝をつき、剣で体を支えた。
「ブロロロロー!」
キュウウウウン
ブロッホが球状の部屋の中央の壁を回り、速度を上げていく。
最早アリエスにブロッホの攻撃を受けきる体力はない。
ズギャ!
「あっ!」
目にもとまらぬ速さで突っ込んできたブロッホの斬撃を剣で受け止めたものの、吹き飛ばされてしまうアリエス。
「ブロロロロー! ブロロロロー! ブロロロロー!」
ギュルルルルル!
ブロッホの足の車輪から火花が散る。
ブロッホはとどめとばかりにアリエスに向かって突撃した。
ズガアッ!
目をつむり衝撃を待ったアリエスであったが、中々衝撃が来ないので目を開けた。
「!?」
「グルルル!」
アリエスの目に飛び込んできたのはブロッホの攻撃を受け止める鉄爪狼の姿であった。
「ブロォ!?」
突然現れた鉄爪狼に戸惑うブロッホ。
「ガルゥア!」
鉄爪狼の噛みつきを避け、ブロッホは距離を取った。
「グルル……」
鉄爪狼はアリエスを守るようにブロッホとアリエスの間に立った。
「まさか……クロ……なのか?」
バサバサバサ!
アリエスの口から出たクロという名前に反応し、鉄爪狼は尻尾を振りだした。
ヌベトシュ城 ―禁断の間―
「フシュルルル」
金縛りの上、ダフィネルの胴体に体を締め付けられ、身動きの取れないジオ。
「くっ!」
パチパチ
このまま圧死させられてなるものかと、ジオは再び体内で電気を生成しようとした。
ミシミシ
「ぐあああっ!」
凄まじい圧力がジオを襲う。
「ぐうう……」
力を振り絞り、金縛りから脱しようとするジオ。
かろうじて動く右手。ジオは右手に装着していた鉄の爪でダフィネルの体を斬りつけた。
ドッ!
だが分厚く青い鱗で守られたダフィネルの体には傷一つつけられなかった。
「フシュルルル」
ダフィネルの手がジオの右手に伸びる。
「そ、それに、触るな!」
師の形見である鉄の爪を守ろうともがくジオ。
ググッ…… カシャン
抵抗空しく床に落ちる鉄の爪。
ダフィネルはジオの攻撃手段を一つ一つ奪い、ジワジワと絞め殺す算段のようであった。
次にジオの懐をまさぐるダフィネル。
「っ!?」
カコッ カキン
小刀や薬品の入った小瓶が床に落とされていく。
丸腰の状態となったジオを見て、ダフィネルの長い舌がチロチロと動いた。
ミシィッ!
「がはっ!」
息を吐かされ意識を朦朧とさせるジオ。もはやジオにダフィネルを倒すすべはない。
ヒュウウウ
突然の冷気。寒さに弱いダフィネルは背後を振り返った。
だが背後に異常はない。体を戻しジオに向き直ったダフィネルは驚愕する。
締め上げていたはずのジオが木人形と化していたためである。
「シュルル!」
ダフィネルは視界の脇に人影を捉えた。
ジオを腕に抱えたその男が被っていたフードを取ると、そこにはいくつもの古傷を持った精鍛な顔が現れた。
ジオが朦朧としながら自分を抱きかかえる男の顔を見る。
「う、嘘だ……あんたは死んだはずだ……。遺体は俺が……」
「まだまだだな、ジオ」
「!」
ヌベトシュ城 ―獣愛の間―
ドドドドド
「ヴロォォォ!!」
走って逃げるイゴルを横歩きで追うのは金星蟹のガラテアである。その背にはアウロラが乗っていた。
ガラテアでは通り抜けられない扉を抜けるイゴル。
ドゴオン!
分厚い壁をぶち破り、イゴルを追い続けるガラテア。
『ニガサンゾ』
「ヴロォォ!?」
逃げ込んだ部屋の端へと追い詰められるイゴル。
バチバチ!!
鋏を打ち鳴らし、イゴルへと迫るガラテア。
金星蟹の体当たりにイゴルの体が押し潰されると思われたその瞬間、部屋の床が抜けた。
ズガッ!
ガラテアは咄嗟に鋏を壁に突き刺し、落下をまぬがれた。
ボチャボチャボチャ
抜けた床の下は広く、水が大量に溜まっていた。水に落ちたイゴルがアウロラ達を見上げている。
『コシャクナ』
水の中なら勝てると思ったのか、イゴルはアウロラ達をこの部屋まで誘導したようであった。
だが水の中でこそ、アウロラもガラテアも真の力を発揮できる。
望むところだと、アウロラはガラテアに水の中に突入するよう指示した。
ドボオン
水に落ちるガラテア。
間髪入れずにイゴルの触手が襲い来る。だがガラテアの頑丈な甲殻はその攻撃をものともしない。
「ガラテアの甲殻がその程度の力で破壊できるか! テメエこの具足虫野郎! 俺様の力を思い知らせてやる!」
アウロラはガラテアから離れて呪文を唱えだした。
アウロラの前に魔法陣が浮かび上がり、詠唱が完了しようとしたその時であった。
ギュギュウッ!
突然締めつけられるアウロラの体。
「何ぃ!?」
アウロラの後ろの水に白く色が付いていく。
現れたのは巨大な八本のタコ足。これはタコの水棲亜人、ラチェルのメガ覚醒状態である。
ラチェルは水の中で体を透明にし、敵が来るのを待っていたのだ。
「アハア、かかった」
下半身が全てタコ足となったラチェルがアウロラの顔を覗き込んだ。
「タコ女、またお前か! こんなもの!」
アウロラが暴れてタコ足から脱出しようとする。
「うわ、凄い力。でも逃がさないよ」
ラチェルは八本の触手全てを使ってアウロラを抑え込んだ。
「く、くそっ! 放しやがれ!」
「フフフ、今度は誰も助けてくれないよ?」
ラチェルはアウロラの脇腹に手を這わせた。
「あっ! テメエまた! ヤメロ!」
「フフフ」
ヌプ
「ぐうっ!?」
ラチェルの指がアウロラの肋骨にあるエラに挿入された。
「これ以上奥に挿入されたくなければあの化け物を大人しくさせなさい」
ドゴオン バッゴオン
ガラテアの様子を見ればイゴルを鋏で叩いてボコボコにしていた。
「ヴロオオオオッ!??」
「と、止めなさいってば!!」
「嫌だ!」
「この!」
ヌヌ……
「は……うっ!」
ドゴオン バッゴオン
「ヴロゴホオッ!?」
このままではイゴルが逝ってしまうと思われたその時である。
ドオン!
「きゃああああ!」
突然何者かの体当たりを受け、ラチェルはアウロラの拘束を解いてしまった。
「ゴアアア」
「!?」
そこでアウロラが見たのは甲羅にいくつもの金属製の刃を備えた巨大な魔物、兇亀の姿であった。
アウロラを助けたと思われる兇亀はアウロラの顔をジッと見つめている。
「まさか……」
アウロラは咄嗟に三戦立ちの体制を取った。
すると兇亀もまた三戦立ちの体制を取った。
「せいっ!」
アウロラの正拳突き。
「ゴアア!」
兇亀の正拳突き。
「まさか……まさかまさかまさか!!」
ドゴオン バッゴオン
「ヴロゴホオオオッ!?」
今まさに、イゴルの命の火が消え去ろうとしていた。




