異世界における他殺死ガイド9
半分になった鋸鱗の首を前足で転がし、もう動かないことを確かめる。
「ふふん、どうだクロ。私もやるものだろう?」
アリエスさんがどや顔でこちらを見てくる。可愛い。好きだ。
まさかアリエスさんがあんなに強かったとは。
鋸鱗の硬い鱗を切断する剣技に加え、アリエスさんが鋸鱗の首を切った時、動きが見えなかった。
アリエスさんは、鉄爪狼の目で追えない速さで動けるということだ。
ヴィクター達に捕まった時は、シロを人質に取られていたので動けなかったのだろう。
鉄爪狼におびえていたように見えたのは、実は鉄爪狼の犬っぽさに悶えていたとか?
流石にそれは無いか。
鋸鱗の胴体を鉄爪で切り分け、俺の首輪に巻きつけてもらった。
これで数日は食料に困らないだろう。
何度か休みながら旅路を行く。
休みながらにしたのはアリエスさんの休憩のためで、俺は疲れていない。ずっと走っているのに、凄まじい体力だ。燃費の方も、割と良い。
やがて日が暮れたので、岩陰で野営することになった。
鋸鱗の他には魔物と戦うことは無かった。どうも弱い魔物は俺を見ると逃げていくようだ。
岩陰に俺が丸く横たわると、中心にアリエスさんが入ってくる。
俺の横腹の毛をポフポフしてふわっとさせ、顔をうずめてきた。
トムジェリですか。
「スーハスーハ」
アリエスさんやめて下さい。
***
怪しい気配を察知し、俺は目を開いた。
まだ遠いが、複数の気配がこちらへ迫ってきている。人の気配ではない。魔物だ。
アリエスも既に起きていた。
俺は岩陰から身を乗り出し、アリエスを守るよう立ち上がった。
月明かりはあるが、明かりの当たっていない箇所は真っ暗である。だが俺には気配察知で魔物の姿が見えている。向かってくるのは小さい魔物、これは飛び鼠だ。
飛び鼠は素早い動きで相手を翻弄し、見失った相手に対して大きな耳を羽ばたかせて飛び上がり、首などの急所を狙ってくる。それなりに厄介な魔物である。
「ピィィィ!」「ピィィ!」
十匹ほどの飛び鼠がこちらを威嚇してくる。
「飛び鼠か。悪いがクロ、相手を頼めるか?」
「ガウ」好きだ。(告白)
おかしい、昼間に見かけた小さな魔物は俺を見るなり逃げていったが、こいつらは逃げない。夜ということと、多勢であることが彼らを勘違いさせてしまったのだろうか。
シュバ!
一匹の飛び鼠が飛び掛ってくる。
パヂュ
前足で叩き落としたら潰してしまった。仲間が一匹潰されたと言うのに、飛び鼠達は逃げない。
「「ピィィィ!」」
今度は一斉に飛び掛ってきた。
パヂュ パヂュ
一匹、二匹と潰していく。なんなんだこいつらは。自殺したいのか?
パヂュ
最後の一匹を叩き落とし、息をついた。
「……終わった、か?」
俺はアリエスの方へと移動する。
トス
……? なんだ? 何かが俺の背中を叩いた?
見れば俺の背中、腰の当たりから血が滲んでおり、小さなナイフが刺さっている。
敵を全て片付けたと思って油断した。飛び鼠達は隷属印を刻まれていたのだろう。だから逃げなかった。気づくべきだった。
辺りに怪しい気配は無かった。しかし、アリエスを狙うのは、この鉄爪狼ですら従える強者である。気配察知に掛からない術を持っていてもおかしくはない。
俺は気配察知に集中した。どんな小さな気配でも見逃さないように。
ゥ……スゥ
わずかに、ほんのわずかに服が擦れるような音がある。
そのわずかな音を敵の気配だと認識し、再び気配を探る。
ぼんやりと人間の輪郭が見え始める。
一人、二人、三人……六人。
囲まれている。
この数の人間がすぐ近くに潜んでいようとは。
昼、かなりの速度で走り通しだった俺達に、どうやってついて来た?
「グルルル」
「クロ? まだ何か居るのか?」
シュバ!
居場所がバレたのを悟ったのか、影が三体飛び出してきた。三体とも短い剣を逆手に持ち、黒いフードを被り、鼻も口も布で覆って目だけ出している。
「グルアアア!」
俺の本気の威嚇だ。強者の威嚇は弱者の動きを縛る。
効果があったのか、刺客達にほんの少し隙が出来る。俺はそれを見逃さず、内の一人に鉄爪で切りかかった。
ギャリイン!
鉄爪が弾かれた!?
体勢を整え、敵の方を見ると、他とは違う、赤黒いフードを被った男がこちらを睨んでいた。
腕には金属製の爪を装備している。それで鉄爪を弾いたようだ。
「うかつだぞ、お前達」
「申し訳ありません」
七人目、どこにいたのかわからない。集中しても気配を察知できなかった。
会話から、赤フードがリーダー格であるとわかる。赤いのだし、きっと他より三倍だ。
「物盗り、では無いな、刺客か……」
アリエスは剣を前に身構える。
暗闇の中、気配を察知できない敵と、アリエスを守りながら戦わなければならない。
赤フードがとんでもなく強くて、俺を瞬殺してくれるなら良いが、じわじわ殺されるパターンだった場合、アリエスを守れない。
赤フードが手で指示を出すと、六人が一斉に襲い掛かってきた。
鉄爪で払いのけようとするが、俺の攻撃は赤フードに止められてしまう。
ガギギ!
ドシュ!
刺客達の斬撃が俺の体を傷つける。
「ガアア!」
「クロ! ぐっ!」
ギィン!
アリエスも攻撃を受けている。いなせてはいるが、この暗闇でいつまで持つか分からない。
俺は頭の中のチャンネルを切り替え、魔力を練った。
低く、地面へと糸を送り、罠を張る。
「むっ!?」
かかった。
糸に足を取られ、動けない刺客に向け、鉄爪を振るう。
ギャリン
赤フードに止められた。
なんなんだこいつは。凄く部下に優しい。部下は殺させないぞという気が伝わってくる。
理想の上司か。
これはじわじわ殺されるパターンだ。