異世界における他殺死ガイド80
「……」
ジークは状態確認画面からジュレスの状態を確認していた。
そこには角の生えたドクロのマークが表示されている。
説明書を読まないタイプのジークは、少し前までこのマークが何を意味するものなのかわからず、勝手に瀕死状態をイメージしていた。
だがこのマークは瀕死状態を示すのではなく、何者かから支配を受けている状態を示すものであった。
ジークがそれを知ったのはつい最近である。
その時ジークは馬車に揺られながら状態確認画面を眺めていた。すると突然、ジュレスの状態に目玉マークが追加された。
ジークはそこでやっと、マークを注視することでマークの意味が表示されることを知ったのである。(ちなみに目玉マークは何者かから覗かれていることを示すものであった)
ジュレスを守りたい。ジークの意思は強固である。
だがその意思を貫くには、様々な問題が障壁となって立ちはだかることだろう。
角の生えたドクロのマーク。これがジュレスの状態に表示されている限り、ジュレスはいつ魔王に操られ、暴れだすかわからない。つまり、何かあったら即ジュレスを抑えられるように、ジークは常にジュレスのそばにいなければならないという事である。
湯浴みの時も、寝る時も、そして、用足しの時も。
「もう、ここまでにしないか。ジーク」
「……」
「ジーク、私はもう我慢の限界だ」
「……」
ガタッ! ガシ!
逃げ出そうとしたジュレスの腕をジークは掴んだ。
「目隠しをつけたまま走ったりしたら危ないぞ」
魔王に位置情報を知られないよう、ジュレスは目隠しをつけさせられていた。
「ジーク手を離せ」
「駄目だ」
「限界だって言ってるだろう!」
「出せばいいじゃないか、ここで」
無慈悲なジークの言葉に、目隠しの中のジュレスの目から光が消えかかる。
「まさか、本気だったのか?ここで出せなんて……」
「本気さ、このくらいで離れてどうする。何かあった時、俺がいないと困るだろう?」
「だ、だが……!」
「今ここには俺とお前の二人だけだ。何も心配するな。後のことは任せておけ」
「何をどう任せろと言うんだ!離せ!この!」
ジュレスはジークの手を引き剥がそうと力を込める。
ググッ
だがジークの手はがっしりとジュレスの腕を掴んで離さない。
「こ、この力は!?」
「ああ、悪食で取り込んだアグリアの力が徐々に俺のものになってきているようだ」
超生物、火竜アグリアの力である。ジークが取り込んだのはその一部であるが、魔族へと覚醒したジュレスであってもその力に抗うのは難しい。
「くそっ!くっ!」
だがジュレスは諦めずにもがく。
「大丈夫、大丈夫だから」
「何が大丈夫なんだ!大丈夫なものか!」
「出して見ればわかる」
「ここで出したらわかりたくないことまでわかってしまうだろ!」
何故二人がこんな状態となっているのか説明する。
マスカッシュ城に向かう途中、日が暮れそうになったためジーク達は近くの町に寄り、宿をとることにした。
やがてアリエスとウーラが必要物資の買い出しに出かけ、宿の部屋にはジークとジュレスの二人きりとなった。
そして、ジュレスがもよおしてきたことをそれとなくジークに伝えた所、それを察してくれたジークであったが、ジュレスをお手洗いまで案内しようとしなかった。
ジュレスは何故そんな意地悪をするのかと尋ねた。するとジークは「俺は男だから女性用のお手洗いに入れない」と返してきた。
ジュレスがお手洗いの外で待つよう伝えるとジークは「お手洗いだろうとなんだろうとお前のそばを離れるわけにはいかない。もういっそここで出せ」などと、とんでもないことを言い出した。
始めは冗談かと思い、笑っていたジュレスであったがジークの目が笑っていないのを見て戦慄したのであった。
「うぬぬ!」
ジークの手から逃れようと、もがき続けるジュレス。
それを落ち着かせようとしてか、ジークはジュレスの耳に口を近づけて話し出した。
「以前、俺は仲間の装備を変更できるが下着は変更できないと言ったな」
「なんだいきなり……まさか、あれは嘘だったなんて言うんじゃないだろうな!?」
「いや、あの時は本当に無理だった」
「どういうことだ?」
「あの時、俺に対する好感度の話もしただろう?」
「ああ」
「どうやら好感度が一定値を超えると下着の変更も可能になるようだ」
「何い!?」
「ちなみに今のジュレスの俺に対する好感度は九だ」
「九?……わ、私は別にお前のことなどゴニョニョ……いやそれより、まさか既に、私に対して下着の変更を試したんじゃないだろうな?」
「……」
「黙るな!」
「替えの下着はたくさん収納してある。ちゃんと女性用だから大丈夫だ」
「何故女性用の下着がたくさん収納してあるんだ!」
「こんなこともあろうかとというやつだ。他意はない」
「信じられん!」
「ひょっとして、たくさん下着があると言ったから間違って使用済みを穿かされないか不安なのか?大丈夫だ。ジュレスの使用済み下着とちゃんと表示されている。見分けはつく」
「いかがわしい!……ハッ!やっぱり試してるじゃないか!!」
いい加減にしろとばかりに、ジュレスが暴れる。
ググッ
ジークは問答無用とばかりにジュレスをベッドに倒し、抑え込んだ。
「ぐううっ!し、下着を変えたところで汚れた部分は綺麗にならないだろう!」
「そうだな、ちょっと試そうか」
ジークが空中を見たかと思うと、ジュレスの体にさわやかな風が吹く。
サワサワサワー
そして風が通り抜けた個所を見れば汚れが消えて綺麗になっている。
「これは……?」
「勇者の持つ力だな。俺の元居た世界の清潔基準は高くてな。要らぬストレスを与えぬために持たされた力だろう」
清浄
衣服や体を綺麗にし、清潔に保ってくれる力である。勇者の持つ力であり、魔法ではない。自分自身の他、仲間にも行使することができる。
「さあ、もう不安はないだろう?思う存分出すと良い」
「あ、あああ……」
ジワリ
ジュレスが涙目となった。
もはやジークに説得は通じない。このまま新しい世界への扉を無理やり開かれてしまうのかと、ジュレスが絶望したその時であった。
ガチャ
部屋の扉が開いた。
「二人とも今帰った……ぞ」
必要物資を買い込み、借りた宿の部屋に戻ったアリエスとウーラが見たのは、目隠し状態でベッドに押し倒されるジュレスと、ジュレスへと覆いかぶさるジークの姿であった。
「……す、すまない邪魔をした!」「ナウ?」
バタン!
アリエスはすぐさま部屋の扉を閉めた。
「待って!助けてええ!」
ジュレスの叫び声が町に響き渡った。
なんやかんやの後、ジュレスはアリエスに助けられ、新しい世界への扉を開くことは無かった。
「ジーク殿、これでは流石にジュレス殿が可哀想だろう」
ジークはアリエスに怒られた。
だがジークもこんな事をしたくてしているわけではない。
多分。
全てはジュレスを守るためなのだ。そしてその意思は強固なのだ。アリエスに対してそう主張し、ジークが状態確認画面からジュレスの状態を確認したところ、ジークに対する好感度は九から八に下がっていた。
ジークはジュレスを守る方法を考え直すことにした。
ジークがジュレスの義足を収納し、装備変更で再びジュレスに装備させたところ、義足は問題なく元通りに装着された。
義足を外されるとジュレスの戦闘力はガクンと落ちる。暴れ出したとして、その状態であればアリエスでも対処可能である。
さらに武器も普段は持たせず、戦闘時にジークが装備変更で装備させることにした。
何かあった時の対処方法が見つかったため、ジークはジュレスから離れないものの、お手洗い時まで一緒に居るという必要は無くなった。
これによりジュレスはアリエスをさん付けで呼ぶようになった。




