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異世界における他殺死ガイド73

 

 コポコポコポ


 丸い透明な球体の中に何かが浮いている。


 何かは親指くらいの大きさで、頭部の肥大した芋虫のような外観。


 胎児である。


 その頭部を見れば切れ長の黒い目に、耳まで裂けた口。実に凶悪そうな顔をしている。


 この胎児がこのまま成長した場合、一体どんな見た目となることであろうか。きっと〇イリアンのような恐ろしい見た目となるに違いない。


「こいつが?」


「はい」


 俺の問いに答えたのはレッドセルである。


 無限謎肉の生成に成功した後、俺は魔法生物学者であるレッドセルに、人工生命体ホムンクルスの生成を指示した。


 何のためにって、もちろんその人工生命体に俺を殺させるためである。


 そして、今のところこれが俺の他殺死計画の本命である。


 強い魔物を探してきて俺を殺させる。部下を鍛えて強くして俺を殺させる。悪人覚醒ガチャでURやらUSRを引いて俺を殺させる。


 これらは継続中だが、正直あまり期待していない。


 では人工生命体に期待を寄せるのは何故かというと、魔王の知識とドクの知識が俺の中で融合整理されたことにより、とても強い人工生命体を作る方法を思いついたのだ。思いついたというのは表現がおかしい気がするが、まあいい。


 すぐに生成に取り掛かりたかったが、俺はコブラ業で忙しかったため、生成はレッドセルに任せることにした。


 とてつよ人口生命体の生成方法をレッドセルに教えたところ、普段あまり表情に変化の無い彼女の目がキラキラしだし(謎肉の生成に成功した時とはまた別の表情で)、すぐに生成作業に取り掛かってくれた。



 コツ



 レッドセルが俺の横に来た。


「試作体JXR0000001、順調に育っています」


 そのコードネーム、数字部分長くない?


 ペタリ


 レッドセルがその赤い手で丸い透明な球体に触れた。ジッと人工生命体を見るその目には慈愛が浮かんでいる。ように見える。


 JXR0000001(やはり長い)は可愛いとは程遠い見た目をしている気がするが、レッドセルはその生みの親のようなものなのだ。可愛いのだろう。


 チクリ


 俺の良心に痛みが走った。





 ***





「レッドセル、これは一体どういうことだ?」


 胎児の状態のJXR0000001を見てから数日後、ダフと一緒に様子を見に来た俺はそこで見たものに驚き、レッドセルを問い詰めた。


「何か問題がありましたか?」



 コポポポ



 丸い透明な球体の中に、問題のそれが浮いている。


 浮いているそれの、体の約三分の一をしめる頭部には少量の髪の毛が生えている。四肢があり、手の形は菩薩の拳。全体的に丸っこい形状が、俺のなけなしの母性をくすぐってくる。


 背を丸めた格好で浮いているそれは、どう見ても人間の赤ん坊であった。


「何故赤ん坊が浮いている」


「成長速度の操作によりJXR0000001は体積を急速に増やしています」


 え。


「これがJXR0000001だと…?」


「はい」


 あの凶悪な顔であった胎児が、この丸くてかわいい赤ん坊になったというのか。わからないものだ。


 そんなことより。


 まずい。これは非常にまずい事態である。


 何がまずいのかと言うと、俺は作り出した人工生命体に俺を殺させる気でいる。それはつまり、最初からその人工生命体を殺すつもりでいるということだ。


 俺はなんというか、魂はあるものの、他の生物を殺すことしか頭にないような、凶暴な人工生命体を作ってもらう気でいたのだ。


 それがどうだ、これでは倫理的なアレがアレである。


 もっと細かく指示を出すべきだった。俺がレッドセルに出した指示は、「とにかく強くしろ」それだけであった。


 いやまあ、凶暴であろうと何だろうと、最初から殺すつもりで生命を生成している時点で倫理もクソもない。食肉用の家畜と同じと考えれば今更であるという考えもあるが、色々ポンコツな俺は人口生命体の生成など指示するべきでなかったと反省した。


 浮いている赤ん坊を見る。


 コポポ


 どう見ても赤ん坊である。このまま成長すれば普通に人間の姿になると思われる。


 そして気になることが一つ。



 赤い。



 この赤ん坊は赤い。


 まあ、赤ん坊だものな。良く泣いて顔を赤くするから赤ん坊なのだ、そりゃあ赤いだろう。


 だがこの赤ん坊は泣いてもいないのに赤い。


 元から肌が赤いという事だ。


 今の俺の周りで肌が赤い人物と言えば、一人知っている。



 …。



 俺から「とにかく強くしろ」という指示を受けたレッドセルは、俺、魔王の因子を求めてきた。俺の教えた生成方法に照らした上で、とにかく強くするのなら俺の因子を使うのが一番良いらしい。魔王の因子を持つ人工生命体。確かに強そうだ。


 カレルに頼んで俺の体の一部から因子を抽出してもらい、レッドセルに渡したところ、珍しく小スキップみたいなことをしていた気がする。


 つまりこの赤ん坊は俺の因子を持っているわけだ。



 …。



「ねえレッドセル」


 後ろにいたダフが口を開いた。


「何?」


「この子、赤くない?」


「だって、赤ちゃんだし」


「それはそうだけど、そうじゃなくて肌が赤いというか、これ、あなたの子供じゃないの?」



 ジワ



 汗が噴き出てきた。


「私の因子も使った。だからかもしれない」


 レッドセルの顔は無表情であり、その感情は読み取れない。


 読心の封印を解いて心を読み、真意を確かめるべきだろうか。いや、何を確かめるというのだ。それに、それで深淵を覗くはめになったりしたら俺が病む。


「そうなの、他にはどんな因子を使ったの?」


「ええとね…」


 レッドセルはダフに対し、人工生命体を強くするために行った施術について語りだした。


 暫く聞いていたが、他に使った因子については語らない。


 他に使った因子は無いという事だろうか。


 …。


 コードネーム、JXR0000001。


 JXR。


 J X R。


 ジャブア X レッドセル。


 いや、いやいや。まさかそんな。


 それの0000001番目。


 何体作る気だ!



 ハッ!


 いつの間にかレッドセルが俺を見ていた。無表情のまま。あ、怖い。


「ジャブア様、どうかしましたか?」


 汗だくの俺をダフが心配する。


「いや、なんでも…ない…」


 ペタリ


 レッドセルは透明な球体に手を当て、慈愛の目でJXR0000001を見ている。


 怖い。


 この言いようのない怖さに比べれば、隙あらば俺を絞め殺そうとしてくるダフなど可愛いものである。


「ダフ」


「はい?」


「お前は可愛いな」


「んはっ!?」


 クネクネウネウネとダフの様子がおかしいが、今の俺はそれどころではない。


「レッドセル」


「…はい」


 レッドセルはゆっくりと俺を見た。無表情の目で。怖い!


「人工生命体の生成はもう止める」


「え」


 レッドセルの表情が曇る。


 これ以上JXRシリーズを増やさせるわけにはいかない。


 因子を掛け合わせているだけなのだから、JXRシリーズが別に俺の子供だとかそういう話ではないだろうが、放置してはいけないと俺の中の誰かが囁く。


 そもそも魔王の子供であって俺の子供ではないとか、いや俺は今魔王なのだから俺の子供だとか、認知してと言われたらどうしたらいいのかとか、俺は一体何を言っているのか。


「まだ戦闘データも取っていませんがあ…良いのですかあ…?ジャブア様あ…」


 クネクネしながらダフが聞いてくる。


「生成方法に問題があることに気付いた」


「そうなのですかあ…」


 クネクネ


「JXR0000001についてだが…」


「…」


 無表情だったレッドセルの顔が泣きそうな顔になった。


 …子育てする暇など俺にはない。JXR0000001のためにも、廃棄を指示すべきだと思うのだが、俺にはできそうにない。


 ヒシッ


 レッドセルが透明な球体に抱き着いてこちらを見た。


 俺の支配下にいるはずなのに、レッドセルは俺を睨みつけている。それは子を守ろうとする母の目であろうか。


「…JXR0000001では呼びにくい。名前を考えてやらねばな」


「…!はい!」


 レッドセルの表情が晴れた。


 俺はポンコツである。


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