異世界における他殺死ガイド71
「グルアアア!」
黒妖犬の威嚇に、兵士達が震えあがる。
「て、撤退だ!撤退しろ!」
プレアムの兵士達が逃げていく。
「ふむ」
その様子を空から見ているのは俺である。
俺がゲバル達を見つけた後、ゲバル達を追ってきたのかこちらへと迫るプレアムの兵士達を察知した。兵士達を捕まえるのは容易だが、捕まえた後どうすればいいか考えるのが億劫だったので、魔物をけしかけてプレアムに帰ってもらうことにした。
けしかける魔物はその辺にいる魔物を支配すれば良いかと思っていたのだが、辺りに強そうな魔物がいなかったので仕方なくヌベトシュ城から黒妖犬とマドラーを背負って連れてきた。
飛んでいる間、黒妖犬は高いところは苦手なのか、俺にしがみついて震えていた。でかい図体をしているくせに、愛い奴め。
「お前は先に帰っていろ」
黒妖犬にヌベトシュ城に帰るよう指示を出した。
「アオオン」
一吠えの後、走り去っていく黒妖犬。ちなみに、黒妖犬はヌベトシュ城でモチャムに飼育されていた。他にも泥蜘蛛、金剛鳥という魔物が飼育されていて、これら三匹は強力な魔物の巣窟として知られるマルー山から連れてきたとても強力な魔物達であり、有用なので森に放されなかった。
黒妖犬の姿が見えなくなった後、俺はマドラーと共に難民達と合流し、下山を始めた。
***
全部で二十人程いた難民たちを下山させた俺は、休憩している難民たちの見ていない内に適当な場所に操土魔法で外壁と家を作った。そして、休憩が終わったら難民たちをそこに案内し、暫く住むようにと言った。
難民キャンプである。
「こんなところで悪いが、我慢してくれ」
「悪いなんてそんな、こんな良い家を貸していただけるなんて、感謝しかありません」
ゲバルと他の難民たちが俺に向かって頭を下げる。
この世界で難民となった場合、逃げた先で受け入れられるかわからないし、一時的な住まいも用意されないだろう。彼らは野宿や餓えを覚悟の上で逃げてきた。いや、そもそもその前段階で死すら覚悟しているのだ。一体、プレアムではどんな圧政が敷かれているというのか。
難民たちの食糧は暫くの間俺が何とかするとして、仕事を作ってやらねばならない。衣食住の食住は足りてるから、服でも作ってもらおうか。
自分達の服と、他の服の需要…。
ふと難民キャンプの入り口を見ると、ヌベトシュ城にから連れてきたマドラーが立っている。町や村に勝手に用心棒として派遣しているマドラーの服は、ジョシュアが夜なべして作っているらしい。まずはそれだな。
余談であるが、瘴気漬けにして死んだ悪人達は全てマドラーにするようカレルに指示したのだが、これにカレルは反対した。理由は面白みが無いからだそうだ。
まあわかる。
なのでマドラーをベースに、何か足しても良いと言ったら渋々了承してくれた。
今、難民キャンプの入り口に立つマドラーは右肩がすごく膨らんでいる。
気になる。
何か仕込んであるのだろうが、ここで確認はできない。
難民たちに食事させ、家で休ませた後、俺はゲバルにプレアムの状況について聞いた。
プレアムはヘデラ大陸の北の地域を支配している帝国であり、ニクスという皇帝が治めているのだが、ニクスは数年前から人が変わったようになり、民のことなどそっちのけで軍備の増強を始めたというのだ。
冒険者だろうと何だろうと、逆らうものは皆炭鉱送り、税を納められない者も炭鉱送りで使い潰す。このままでは国が滅ぶと、クーデターみたいなものが発生したが、増強された軍に蹴散らされたのだそうだ。
元々貧しかった村などで餓える者が相次ぎ、国から逃げ出そうとする者達が出たのだが、ニクスはこれを許さず、プレアムの外周を茨の結界で覆ったという。
国全体を覆う結界など、どんな大結界だと思ったが、拠点から拠点を繋ぐ壁のような結界を繋げるもので、外周だけに効果のあるもののようである。それでも維持には相当な魔力が必要だと思うのだが、軍備増強のついでにしていた研究により、省エネの結界を実現したそうである。
ゲバル達はこの結界の維持を行っている者達と秘密裏に取引し、グロツ側に向かって逃げた。逃げた先の山中には瘴気溜りがあることが分かっており、命がけだったそうだが、運のよいことに強い魔物には会わないで済んだそうだ。これは俺がグロツ側で魔物退治して回ったことが影響しているかもしれないが、黙っておく。
ゲバル達の前に、グロツとは別の方向に逃げた者達は軒並み捕らえられ、炭鉱送りにされたとのことだ。ゲバル達が炭鉱送りにならなかったことがプレアムで広まれば、グロツに逃げようとする者達が増えるかもしれない。
うむむ、このまま放っといたら大量に難民が来て、それの対処に時間が取られていつの間にか勇者がすぐそこに、なんて事態になりそうな気がする…。
既に難民達を助けてしまったし、事情も聞いてしまったので、対処せざるを得ない。だが俺には他にやることがある。
ならば…。
■■■
プレアム帝国 -とある廃墟-
朽ちかけた家の中に数人の男女がおり、話し合っている。
「南側に逃げた者達は炭鉱送りになっていないらしい」
「スコット、そいつらは逃げた先で魔物に襲われて死んだんだよ」
「生きてるかもしれないじゃないか」
「どちらにしよこのままこの国に居たら殺されるんだ、イチかバチか逃げるのはありだろ」
それはニクスの圧政に耐えられなくなった者達の集団であった。集団はゲバル達が炭鉱送りにならなかったことを知り、同じようにグロツ側に逃げるための相談をしていた。
「逃げる準備は出来ている」「結界の浅い部分は?」「目印が付けてある」「皆もう体力的にギリだ」
「今日にも決行するぞ」
集団のリーダーであるスコットの決定に、皆がうなずいた。
***
プレアムの南、森の中を進む集団がある。集団からやや離れて歩く老人が一人。
「はあ、はあ」
「ゼペットさん大丈夫?僕がおぶるよ」
大きな体に優し気な目の青年が、息が苦しそうな老人ゼペットに話しかけた。
「いや…儂はここまでじゃ、置いていけ」
「そんなことできないよ、ほら」
青年はゼペットの前に屈み、背を向けた。
「ピノ…すまぬな」
ゼペットを背負うと、ピノと呼ばれた青年は前に見える集団に追いつこうと足を早めた。
***
「うーん、うーん」
「おい、ピノ早くしろ、置いてくぞ」
スコットがピノを急かす。
「か、体が抜けないんだ」
集団はプレアム外周に張られた茨の結界の地面側に浅い個所を見つけ、そこを掘って結界を抜けることに成功していた。
掘った穴は成人男子が一人抜けられる大きさであったが、ピノの体が大きかったため、つかえてしまった。穴を抜けていないのはピノ一人だけである。
「おい、まずいぞ、足音が聞こえた、追手だ」
集団の中で探知を得意とするものが追手の気配を察知した。
「くそ、ピノ、無理なら一旦身を隠せ!」
「わ、わかった」
スコットの言葉に従って、ピノは穴から体を出し、結界の内側に戻った。
すると既に穴を抜けていたゼペットが穴を通って戻ってきた。
「ゼ、ゼペットさん、なんで?」
「どいておれ」
ゼペットはなにやら呪文を唱えだした。
ボスッ
すると結界の下に掘った穴が下に拡張された。
「土が…ゼペットさんそんなことできたの?」
「いいから早く通れ」
ゼペットに急かされ、ピノは穴を通り抜けた。
「ゼペットさんもこっちへ」
「いや、追手が近い、後に続く者達のためにも、ワシは残ってこの穴を隠蔽し、追手を撹乱する」
「そ、そんな!」
「ピノ、来い!」
「でも、ゼペットさんが!」
「達者でな」
ボゴゴゴ
ゼペットが何やら唱えると、掘られた穴が埋まった。
「ゼペットさん…!」
ゼペットの自己犠牲が無駄にならないためにも、ピノは一刻も早くその場を離れなければならない。
ピノは目をつむり、後ろを向いて走り出した。




