異世界における他殺死ガイド69
パチッ
燃える木材から火が散った。
暖炉のある部屋、ガウンに身を包んだ男が暖炉に燃料を追加しようと椅子から立ち上がる。
「…」
背後に気配を感じた男は振り返る。するとそこにはフードを深く被った男が立っていた。
「ノックをするべきだったかな」
フードの男の言葉に、ガウンの男は動揺せず答える。
「いいさ オレときさまの仲だ」
フードの男は肩をすくめた。
「それで、何の用だ…コブラ?」
「言わなくてもわかるだろ?パタンガ」
ギシッ
パタンガと呼ばれた男は椅子に座りなおした。
「俺を捕らえる気か?」
「そうだな。しかし、よくこの俺から二度も逃げおおせたもんだ」
「そちらこそ、どうやってこの場所を突き止めた?足がつくものなど、何一つ残していなかったはずだ」
「借りたのさ、猫の手ならぬ、鼠の手をな」
コブラが親指で差す先に、小さな目が光っている。部屋の外にいたのは綿鼠であった。
「隷属印か」
「さてな。さあどうする?お祈りの時間くらいは待ってやるぜ 誰だって死刑囚にはやさしいもんさ」
「あいにく神に祈る趣味はない。替わりに一服させてくれ」
パタンガは立ち上がり、部屋の隅の棚へと歩き、引き出しから手巻きシガーを取り出した。
ギロチンカッターで先端を切り、暖炉から火を取る。口をつけ、吸い、ゆっくりと口の中で香りを味わう。
「フー」
バッ!
煙を吐き出すと同時に、パタンガはコブラに向かって何かを投げつけた。
それは引き出しに隠しておいた破裂の魔石。砕け散る魔石の破片には十分な殺傷能力がある。
部屋の中などで使えばパタンガもただでは済まない。
ダアン!
魔石が破裂する前に、パタンガは床にある隠し通路への扉を蹴り開けた。
パタンガは蹴り開けた扉で魔石から体を隠し、破裂の瞬間を待つ。
「…?」
だがいつまで待っても、魔石が破裂する瞬間はやってこなかった。
「お祈りの時間は終わりだぜ」
いつの間にかコブラが後ろに居た。コブラの手から、砕けた魔石がパラパラと床へ落とされる。
咄嗟にパタンガは隠し通路へ体を滑り込ませようとした。
ドス
「ぶげぇ」
パタンガのみぞおちにコブラの拳がめり込んだ。
***
ポタリ
「…?」
パタンガは頬に落ちてきた雫に目を覚まされた。
「…ここは?」
そこは暗く、三方は石の壁、一方は格子がはまっており、どう見ても牢屋であった。
「い、い、いやだ!誰か助けてくれええええ!」
男の叫び声。パタンガは格子に捕まり、声のした方を見た。
「フッフッフ、無駄っすよマーロさん、もうあんたを守る兵はいないっす」
奥に見える部屋で、ゴワゴワのつなぎに大きな丸い兜のようなものを被せられた男が椅子に座り、叫んでいる。丸い兜の正面には透明な板がはまっており、叫ぶ男の顔が見える。男の名はマーロというようである。
マーロの前には白衣の男がおり、何やら太い管を持ってフラフラしている。太い管が重いようだ。
ガチャ
太い管が丸い兜の下部にある丸い穴に装着された。
「や、やめてくれ!そうだ、金に興味がないなら女はどうだ!?何人でも紹介してやれるぞ!」
「うーん、興味が無いわけじゃないっすが…やっぱり興味ないっす」
マーロの命乞いは効果がなかった。
グリッ
白衣の男は管の横にあるでっぱりをひねった。
「なんじゃそりゃあああ!!!」
ブシュウウウウ
丸い兜の中に黒い気体が充満する。
「ぶへっ!ぶっ!ぶがああああ!」
マーロが暴れる。しかし、手足は縛られているため、左右に揺れるくらいしかできない。
マーロの顔は充満した黒い気体で見えない。マーロの体は暫く揺れていたが、そのうちに治まった。
「このまま放置っす」
***
「さて、どうすかね?」
グリッ ガチャ
白衣の男が丸い兜から管を外した。そしてゆっくりと丸い兜も外していく。
マーロの顔が見えた。その目には光が無く、死んでいるように見える。
「ん?お、生きてはいるっすね。あとは…」
白衣の男がマーロの頬を掴むと、左右に引いた。
ブニー
「ッフェフェフェフェフェ!」
マーロが狂ったように笑い出した。
「あー、駄目っすねこれは」
ドス コロコロコロ
白衣の男がマーロを運び車に乗せ、部屋から去る。
「あれは一体…」
パタンガは自分もああなるのかと思い、身震いした。
ヘデラ大陸 -とある森-
ザッザッザッ
森の中を進む一団がある。その先頭を行くのはフードの男、コブラである。
コブラは森の先に目をやると、後ろにいる村人に聞こえるように言った。
「奴さん、焦れてるな。アレを」
「はい」
コブラから命じられ、村人は魔導器を起動した。
「ヴァヴァヴァヴァ」
森に奇怪な声が響き、それに反応してか、一団から影が飛び出した。影の正体はアンデッドのマドラーである。
ガササッ
マドラーが生い茂る木々の中に突っ込む。
「ブシュウウウウ!」
すると木々の中から魔物の声が聞こえた。
「構えろ!」
ガシャ!
コブラが叫ぶと村人達一団が槍を前に構えた。その槍はレステン鋼製、狂気の鍛冶師カレルの作った槍である。
ドガア!
木々を押し倒して現れたのは巨大な槌猪であった。
「今だ!」
「「ううおお!」」
村人達が一斉に槌猪に向かって槍を突き刺した。
ブシャア!
槌猪の固い皮も、レステン鋼製の槍は防げない。
「プギィィィイィ!」
槌猪の断末魔が森にこだました。
■■■
「うまくいきましたね」
「ああ」
「コブラさんのおかげです」
「何、皆の動きが良かったのさ」
「コブラさんが居てくれるから、皆落ち着いて動けたんですよ」
そう言って、俺のことをキラキラした目で見てくるのは、ムイという青年である。彼は以前、俺に助けられたらしいのだが、俺は覚えていない。
俺が今何をしているのかというと、村や町の自衛力の強化である。
危険度の高すぎる魔物の排除、食糧問題の解決、治安の回復、維持、これらは達成された。
だが、今は俺が居るから良いものの、俺は近々殺される予定なのだ。
俺が殺された後、この国に新たな王による統治が復活した時、その王が苦労しないように持続可能で強い自衛力が必要なのである。
魔王を倒したものの、国がガタガタで他国から攻められて滅んでしまうとか、魔王以外の脅威に襲われて滅んでしまうとかが無いようにしたいのだ。
そして、自衛力の強化だけでなく、強化された力を無駄に使わないよう教育も行う。魔王から城を取り戻せーとか、村ごと盗賊団になるとか、そういうことにならないような教育である。
ザッザッザッ
「クリア!」
「クリア!」
槌猪を倒した後、周辺に他に危険な魔物が居ないか確認させる。
広範囲気配察知を使えば一発でわかるのだが、俺が居ない時のための練習なのだ。それでは意味がない。
チカチカ
…?
並列意識から連絡があった。
もう危険な魔物は大体排除したし、コブラの噂が広まってから、悪人も姿を現さない。
怖いもの知らずでも居たのだろうか?
「すまないが用事ができた。ムイ、後は任せたぜ」
「はい」
キラキラ
その目はやめて。
俺は村人達から十分に離れた後、空へと飛び立った。
***
バシュウ!
俺は空から眼下の様子を伺う。
そこはヌベトシュ城から北、隣の国との国境にある山脈であった。
山の中にボロボロの服を着た集団が見える。俺は集団から離れたところに降り、歩いて集団に近づいた。
「あんたたち、何モンだ?」
「うわあっ!?」「ひぃっ!?」
木の後ろから突然現れた俺の姿に驚く集団。
「うーん」
驚いたことによる急激な血流が影響したか、集団の中にいた女性が一人倒れた。これは俺のせいだろうか?
「お母さん!」
子供が女性を抱き起している。
「おいおい、大丈夫か?」
「待った!そこで止まってくれ!」
集団のリーダーだろうか、倒れた女性に近づこうとした俺の前に青年が立ちはだかった。
「だいじょうぶだ、何も取って食おうってんじゃあない、その人の容態を見るだけだぜ」
スルッ
一刻を争うかもしれないので、青年を無視して女性の傍まで移動した。
「え…?い、いつのまに!?」「ひっ!?」「うわあっ!?」
俺の移動に気づけなかったのか、青年も周りの者も驚愕している。
「失礼、マダム」
女性の額に手をやる。熱があるようだ。顔色などから他の情報を得ていく。俺にはこれまで乗り移ってきた者達の知識がある。人の容態を見るくらいは朝飯前なのだ。
「栄養失調に疲労、腰痛も我慢していたな?マダムの体はもう限界だったようだ」
「離れろ…!」
子供が睨みつけてくる。
「まあ待ちなって」
構わず俺は女性に手をかざし、回復魔法を行使した。
サアアアア
女性の体が光りだす。
「あんたなにを…」
やがて青白かった女性の顔が幾分明るくなった。これで疲労と腰痛は癒せただろう。
「お母さん、大丈夫!?」
これでこの女性は大丈夫だろうが、集団を見回せば今にも倒れそうな者だらけであった。
一体何の集団なのだろうか?盗賊とかには見えない。むしろ盗賊に捕まっていた者達が逃げてきたように見える。
俺は集団に手をかざし、回復魔法を行使した。
サアアアア
集団が光りだす。
「あ、温かい…」「痛みが…疲れが引いていく…」
俺が敵ではないと認識したのか、集団は落ち着いた。
「私の名はゲバル、あなたは?」
青年が話しかけてきた。
「コブラだ」
「コブラさん、私たちはプレアムから来ました。」
プレアム…ヘデラ大陸の北側にある国の名前だったか?
「そんで、何故こんな山中に?」
「圧政に耐え切れず、逃げてきたのです」
難民か。しかし、逃げ込む先がグロツなのは何故だ?
「グロツの城が魔王に落とされたって話は聞いてるか?」
「…え?」
ゲバルの顔を見るに知らなかったようである。情報統制されていたのだろうか?
「そ、そんな!」「ここまでやっとの思いで逃げて来たのに!」
集団に絶望が広まる。
…これに首を突っ込むのはまずい気がする。
もう半分突っ込んでいるが、もし深い事情を知ってしまったら隣国まで出張ってコブラを演じるはめになるのではないか。
それは駄目だ。
流石にそんなことをしている時間はない。勇者が俺を殺しに来てしまう。
そしてゲバルが俺を見て言う。
「どうか、私達を救ってください!」
困った。




