異世界における他殺死ガイド57
「ガアアアアア!」
眉目秀麗なジークの顔が怒りに歪んでいる。いや、実際に歪んでいく。
ズリュ ギチ
ジークの頬から、虫の顎のようなものが伸びる。
ミヂ バシャシャ!
ジークの手脚から虫の手足が生えた。
ジャガガ!ブン!
見えない力の拘束から逃れたジークは身の丈もある大剣を軽々と振るい、凄まじい速さの剣戟をジャブアへと見舞う。
バギン!
だがそれもジャブアの不可視の盾を切り裂けない。
「醜悪な見た目だな。それで、速さと力が少し上がっただけか?」
ジャブアがジュレスの首に力を込める。
メキ
「うっ…」
痛みに気を失い、ぐったりとしていたジュレスが呻く。
「ガアア!」
ガッ!
ジークが剣を捨て、ジャブアに掴みかかった。
ギチギチギチ
虫の顎がジャブアを噛み殺そうと開閉する。だがそれも不可視の盾に阻まれ、ジャブアには届かない。
「ああ醜い。これ以上はもういいか。」
ジャブアがジュレスの首にさらに力を込めようとしたその時、ジークの目の瞳孔が開ききった。
「ゴアアアアア!」
被召喚者は召喚された時、やんごとなき存在により、特別な力を授かる。
そしてサーリアが召喚したのはジークだけではない。
一緒に召喚され、融合したもう一匹の存在の授かった力が覚醒する。
ガシャア! ボリッ!
ジャブアの展開する幾重もの防御層を食い破り、その牙はジャブアの肉へと到達した。
悪食。
この世に、喰えぬものなし。
埃すら糧とする、ジークと融合したGの授かった力である。
ドサ
ジュレスの体が床へと落ちる。
「俺に届き得る力を持っていたか。」
バヂッ
「ガアッ!」
見えない力がジークを弾き飛ばす。
「これは再生には骨が折れそうだ。」
肘から先の無い腕を見てジャブアが言った。
「ウガアアアッ!」
ジークが悪食でジャブアの防御層を食い破ろうと襲い掛かる。
「だがこれで貴様の底は見えた。」
グオン!
見えない力がジークを襲う。それを察知したジークは収納から手に戻した大剣で防御する。
ゴッ!ドゴッ!バガッ!
見えない力の応酬に、押されていくジーク。
ボボボボッ パキパキパキ
ジャブアの体の上に炎と氷の塊が生成された。
「殺すか」
ユサユサ
ジャブアとジークが交戦している最中、倒れたままのジュレスの体を揺する腕がある。
「うっ…」
「…おい…おい!」
その腕の持ち主は妖術師クロマであった。クロマの体は透けている。隠蔽術で気づかれないように部屋に入ったのだ。
「クロマ…殿…?」
「まだ剣は振れるか?振れるのであれば、何とかして魔王の気を引いてほしい。」
「なに…を…?」
「こんなこともあろうかと、開発していた必殺の魔法を奴に使用する。機会は一度限りだ。可能か?」
朦朧としたジュレスの目に僅かに火が点る。
「…わかった。」
クロマはジュレスに剣を渡すと姿を消した。
ジュレスは腰を曲げ、座った状態になり、剣を前にして意識を集中しだしす。するとジュレスの剣が白い闘気の光を纏う。
バギ!ドガッ!
ジャブアの攻撃をジークが凌いでいる。
ジャブアの上には炎と氷の塊が大きくなっており、それがいつジークに向かって放たれるかわからない。炎も氷も、ジークの弱点である。一刻も早く魔王の気を引かなくてはと、ジュレスは焦った。
ジュレスは剣に纏わせた闘気を斬撃として飛ばすことができる。立つことのできぬ今の体では、上半身の力だけでそれを行わなければならず、大きな威力は見込めないだろう。だが気を引くくらいならできるはずである。
クロマの姿は見えず、どこにいるのかわからない。ジュレスは剣を上に振りかぶる。
「ああああっ!」
シュバッ!
ジュレスの振り下ろした剣からジャブアに向かい、斬撃が放たれる。
パシッ!
案の定、ジュレスの斬撃はジャブアの不可視の盾に、ほとんど影響を与えずにかき消された。そこで力尽きたのか、ジュレスは再び気絶して倒れた。
「む?」
だがジャブアの気を引くことに成功した。
「あの女、まだ動けたのか。中々大したもの」
「ガアア!」
その隙を逃さず、ジークがジャブアに向けて飛び掛かった。
ガシャシャシャ!
悪食がジャブアの不可視の盾、及びその他の防御層を食い破っていく。ジャブアは防御層を張りなおすことでそれに対応する。
ガシャシャ!
悪食がジャブアの張る防御層を突破する、そう思った時、ジークの動きが止まった。
「ブ、ガア…」
ジャブアの腕がジークの胸に突き刺さっている。
ポワン
二人の横にクロマが姿を現した。ジャブアの防御層は薄く、今であれば攻撃が通る可能性がある。
「むうん!」
発動するのはクロマの必殺魔法。
だがクロマの手はジャブアではなく、ジークに向いていた。
ブウウウン
クロマの手から発せられた波動はジークの体を包み込む。ジークの体が後ろへと引っ張られ、歪んでいく。
「ガアアアアアッ!」
限界まで溜められた波動が一気にはじける。
キュン!
ジークの体が後ろへと吹き飛ぶ。
バゴオ!
王の間の壁にぶち当たるジーク。その瞬間、ジークの体中の骨は粉々に粉砕された。
だがまだ波動の力は治まらない。
「ッ!!!!」
ボゴゴゴ キュボッ!
ジークが振るった剣風で脆くなっていた王の間の壁を突き破り、ジークの体は空の彼方へと消えていった。
ビチャ ポタタ
ジャブアの左手から血が滴る。その手に握られていたのは未だ鼓動する心臓であった。
「…なんだお前は?」
突然現れ、ジークを吹き飛ばしたクロマをジャブアは睨んだ。
「魔王殿、私はクロマと申します。魔王殿にたてついた愚かな勇者はこの私が開発した必殺の魔法で葬りました。どうか、私をあなたの部下にしてはいただけませんでしょうか?」
ドチャ
ジャブアはジークの心臓を投げ捨てた。炎と氷の塊も消えていく。
「必殺の魔法だと?あれが?」
「はい、魔力で生成した波動の力で相手を遥か上空に吹き飛ばし、落下死させるという私の開発した魔法です。」
相手に飛行能力が無ければ確かに必殺である。
「……。」
ジャブアはクロマを睨んだまま黙っている。ジャブアには読心がある。クロマの心を読んでいるのだ。
「どうかされましたか?」
ジャブアがクロマの心を読んだところ、クロマは本心しか語っていない。
「いいだろう、部下にしてやる。おい。」
「「はい」」
いつからそこにいたのか、ヌルリと影から姿を現したのは下半身が蛇になっている女性と、ジャブアと同じく耳長の女性だった。
下半身蛇の女性は上半身を口元まで黒い布で覆っており、見えている目元の肌は青い。耳長の女性は白地に赤い文様のローブを着ており、その肌の色も赤い。
「ダフ、魔物に勇者の死体を探させろ。それと、この男とそこに転がっている女をカレルに預けて処置させろ。」
「はい」
下半身蛇の女性が返事し、クロマに近づく。クロマは少し、たじろいだ。
「お手柔らかにお願いします。」
「レッドセルは俺と来い」
「はい」
ジャブアと耳長の女性は王の間を出ていった。
ヌベトシュ城 -召喚の間-
ここはサーリアがジークを召喚した部屋である。
コォォォォオオォ…
ジークの召喚後、灰色となった穴は、いまだ閉じずに部屋の中央にあり、風が吹くような音を立てている。ルードはクロマに灰色の穴について調べさせたが何もわからず、部屋は封鎖されていた。
ギィィィ
部屋の扉が開き、入ってきたのはジャブアとレッドセルである。
二人は空中に浮かぶ灰色の穴を見た。
「あった。」
「これが…、ジャブア様、早速解析に入ります。」
「ああ。」
レッドセルは灰色の穴に向かって何やら唱え始める。
ブゥゥン
レッドセルの体から白黒の空間が広がり、灰色の穴を包んだ。
「さて、術師は何を代償にしたのか…」
床に広がる陣を見てジャブアは呟いた。
■■■
「ふう、ふう…。」
俺は今、荷物を背負いつつ、ルセスの町に向かって山中を歩いている。
道中魔物の気配を察知したが、俺にはザトーの隠密術がある。木や草に身を隠し、やり過ごしながらここまで来た。
グレゴルの体は体力が少ないらしく、すぐに息が切れるが特に問題は無い。楽勝過ぎて散歩のような気楽さである。いや最早これは散歩である。
歩き続けるとやがて坂が緩やかになり、余裕が出た俺は鼻歌を歌い出した。
「ふふんふ ふんふんふん ふーんふんふ」 ※ドリフ
サアッ
前が開けた。少し先が崖になっているようだ。
「おお…」
絶景である。
近くを見れば切り立った崖。遠くを見れば木々が生い茂る山々が連なる。
ここはもう頂上付近だろうか?ルセスの町が見えるかもしれない。
俺は手で日を遮りつつ、遠くを眺めた。
キラッ
「ん?」
遠くで何かが光った気がした。




