異世界における他殺死ガイド55
ヌベトシュ城 -???-
タッタッタッ
「サーリア様、急いで。」
「ハア、ハア、待ってコマキ、息が…。」
狭い通路の中を走るのはサーリアとコマキである。
ここはヌベトシュ城にある隠し通路の中。襲撃してきた魔物達の強さを見て、負けを悟った王がサーリアを逃がしたのだ。
コマキは走るのを止め、サーリアの息が回復するのを待った。
「サーリア様、あなたはなんとしても生き延びなくてはいけません。」
「ええコマキ、わかっているわ。」
息が回復すると、決意の目でサーリアは走り出す。グロツ国王ルードは、サーリアを逃がすため王の間に残った。王自らが囮となったのである。その心に応えるべく、隠し通路内を急ぐ二人。
タッタッ…
「止まって下さい。」
僅かに違和感を感じたコマキが立ち止まった。
ピチャ
天井から落ちる水の音。
「水…?」
二人が天井を見れば、白いブヨブヨの肉がそこに張り付いていた。
カシャ!
リキッドマン:
強化アンデッド。アンデッドの体中の骨を砕き、アルカリ性の液体に浸し、ブヨブヨにしてある。全身を使ってグニョグニョ動き回り、水のように柔軟な体で狭い隙間に侵入する。相手の殺害方法は、呼吸器をブヨブヨの体で塞いで窒息死させるのが主である。だが動きが鈍いため、殺傷能力は低い。寝所で寝ている相手を狙うだとか、運用方法は限られる。纏っている液体の影響でだんだんと体が溶けているため、いずれ動かなくなり、自然へと還る。
「ウジュルル…」
白いブヨブヨの肉が呻く。
「こいつは!?」
コマキがサーリアを後ろに庇い、リキッドマンの居る天井の下から離れた。
パシャ バチャ ビチャ
「コ、コマキ、後ろ…!」
サーリアの声にコマキが振り返ると、二人が走ってきた通路上を数体のリキッドマンが塞いでいる。天井から這い出て地面に落ちたためか、リキッドマン達の体は地面に広く伸びていた。だがやがて伸びていた体が上に向かって膨らんでいき、かろうじて人のような形を取る。
「ウジュル」「ジュルル」
「くっ、敵に隠し通路を知られていたとは!」
コマキは懐から短剣を取り出して構えた。
ボチャ
前方のリキッドマンが天井から落ちて来る。二人はリキッドマンに挟まれた形となってしまった。
「コ、コマキ…。」
サーリアが不安そうな目でコマキを見る。
「大丈夫です、サーリア様。私が必ず守ります。」
コマキはサーリアを安心させるように話しかけた後、通路の出口方向に目を向けた。その方向にいるリキッドマンは一体だけだ。
奇怪な敵で、何をしてくるのかわからないため油断ならないが、動きは鈍い。隙を見て脇を走り抜ければやり過ごせるだろう。それはコマキ一人であれば造作もないが、サーリアと一緒にそれができるだろうか?一瞬悩んだ後、コマキはサーリアをお姫様抱っこすることに決めた。
シュウウウ
天井から音がする。二人が天井を見ると、白いブヨブヨが壁からウジュウジュと這い出してきていた。そのブヨブヨは他と違い、シュウシュウと音を立て、体から湯気のように気体を出している。
カシャ!
アシッドマン:
強化アンデッド。アンデッドの体中の骨を砕き、酸性の液体に浸し、ブヨブヨにしてある。リキッドマンと比較すると、体に纏っている液体の違いで溶けるのが早く、運用には即行が求められる。
ポタ シュウ
アシッドマンの体から落ちた雫が地面で音を立てた。
「サーリア様!」
コマキはアシッドマンから滴る酸性の雫を避けるため、サーリアと共に通路の脇に避難する。コマキがアシッドマンの出方を伺っていると、近づいてきていたリキッドマンの体に、アシッドマンの雫が飛んだ。
ポチャ シュウウウ
するとそこから黄緑がかった白い気体が発生する。
「!毒です!口を布で抑えて!」
二人は懐から取り出したハンカチで口を抑えた。
「ジーク様…。」
サーリアは首から下げたペンダントを服の上から握りしめた。
「ウジュル」
ジュルルルッ
アシッドマンの体が天井から落ちる。その下にはリキッドマンの体があった。
※混ぜるな危険!
ヌベトシュ城 -王の間-
椅子に座るのはグロツ国王ルード。傍らに宰相の男が立っている。
グオアアアア! ズドオオオン! ぐああああ!
王の間の外からは兵士達と魔物の戦いの音が響いてくる。もはや王の間に魔物が侵入してくるのは時間の問題であった。
ルードが呟く。
「あれだけの数の魔物の接近に気づかないとはな。」
宰相が答える。
「地下を移動したか、大規模な隠蔽術の使い手が居るのか、はたまた転移術か。対策の取りようがありませんな。」
突如としてヌベトシュ城近くの平原に現れた魔物の群れは、真っ直ぐに城を目指して襲い掛かってきた。突然の奇襲であったが、ルードは混乱を最小限に食い止め、城の兵士達に防衛の指示を出し、ジーク達を呼び戻す伝令を出した。
ジークという主力を欠きつつも、魔物の群れを迎え撃つ兵士達は善戦し、暫くは持ちこたえた。しかし、それも魔物の群れの第一陣まで、第二陣の強力な魔物達にあっという間に押し込まれ、城内への侵入を許してしまった。
「パナム、其方も逃げよ。」
「今更何を言いますか。最後まで支えますぞ。」
「馬鹿者め。」
バガン!
王の間の大きな鉄の扉が勢いよく開かれた。外の戦いの音が大きくなる。
開かれた扉の中に立っていたのは短髪に耳長、浅黒い肌に線の太目な美丈夫であった。挑戦的で鋭い目は他を獲物としか見ていないように感じられる。魔物のものであろうか、灰色の毛皮で作られたローブを身に着けていて、その輪郭に沿い、紫と赤と黒が混じった色の禍々しいオーラが炎のように揺れている。
「グルルル」
男の後ろから、巨大な黒い犬のような魔物が扉に首を入れて覗き込んでいる。
「お前がここの王か。」
歩いてルードへと近づきながら、美丈夫がルードに尋ねる。ルードは美丈夫の耳に目をやりながら返す。
「そうだ、私がグロツ国王ルードだ。そちらは?見たところ、ヴァラーのようだが。」
美丈夫の耳は長い、それはヴァラー種の持つ特徴である。
「俺はジャブア、お前が魔王と呼んで探していた相手だ。」
美丈夫は王の間の中央まで来て止まった。
「この魔物の群れはお前が操っているというわけか。人間にしか見えないが、魔王というものは本当に存在したのだな。それで、私に何の用だ?」
「俺の力は思い知ったな?今すぐ降伏し、俺に服従しろ。」
「……。」
「返事は?」
ルードがゆっくりと椅子から立ち上がる。それを見上げるジャブア。ジャブアが小さいわけではない。ルードの体が大きいのだ。
ゴト
ルードがその手に持つのは大きな斧。
それを見てジャブアが呟く。
「ほう、それはティタンの作りし十四神器の一つ、素羅阿久か。それなら俺にかすり傷程度ならつけられそうだ。」
「これについて知っていたか。ヴァラーの口伝か?」
「さあな。それよりも、それは人の身で扱える代物ではないだろう。」
ルードの体から白い靄のようなものが溢れ、手に持つ素羅阿久へと吸い込まれていく。ルードの生気が吸い取られているのだ。
「ぬぅん!」
ルードは斧を両手で持ち、前に踏み込みながら大きく上に振りかぶり、ジャブアに向かって振り下ろした。ルードの大きな体から生み出された力を神器である素羅阿久が倍増させる。
ゴオ! バギィ!
容赦なく振り下ろされた斧により、ジャブアの頭が潰されると思った瞬間、ルードの持つ斧が何かに当たって軌道を変え、ジャブアの横の床にめり込んだ。
「不可視の盾か。」
ジャブアは余裕の表情でそこに立ったまま動かない。
ジャブアの体の周りには、魔力の盾が幾重にも張られており、生中な攻撃ではそれを貫くことはできない。
バガッ! シュザッ!
「ならば」
素羅阿久を床から引き抜き、ジャブアから距離を取ったルードは斧の刃の後ろについている持ち手を握り、柄の持ち手と近づけるように力を込めた。すると素羅阿久が変形しだす。
ヂキヂキヂキ ガショ!
なんと、斧であった素羅阿久が、剣のような形に変化しているではないか。素羅阿久は変形機構のおかげで、斧としても剣としても使えるハイブリッドな武器であった。
そんな構造にする必要がどこにあったのか。変形など、壊れやすくなるだけではないか。そういう考えが浮かぶのは当然である。だがガチャガチャ変形する機構に惹かれてしまうのは、ティタンも人間も同じなのだ。
ブウウン
剣の刃が赤熱したかのように赤く光る。使い手の命を消費し、あらゆるものを切り裂く剣。それが神器、素羅阿久の持つ力である。
「それがその神器の本領か。今度は黙って斬られるわけにはいかないな。」
棒立ちだったジャブアが身構えた。
ボオッ!
突然、炎がジャブアを包む。パナムの援護だ。すかさずルードが素羅阿久で斬りかかる。
「むぅん!」
援護の炎に気を取られ、反応が遅れたか、動かないジャブアにルードの袈裟斬りが当たる。
バギギギ!
ジャブアと素羅阿久の間に火花ならぬ青白い魔力の花が飛ぶ。
バヂッ!
「ぐうっ!」
ドッ!
弾かれて吹き飛び、倒れるルード。
神器の力空しく、ジャブアの不可視の盾が、何もかもを切り裂くはずの刃を防いだのだ。
※極限は本当に嫌でした。
「バカな…」
ゴトン
素羅阿久に生気を吸われすぎたか、ルードは素羅阿久を手放し、床へと突っ伏した。
「ルード様!」
パナムが駆け寄り、ルードを助け起こす。だが最早ルードの息はか細い。
「ジャブア殿、我々は降伏します。だからどうかルード様をお助けください。」
ジャブアがルード達へと近づきながら問う。
「降伏勧告を無視して抵抗して、駄目なら降伏か。それについてどう思う?」
パナムが答える。
「誰にも引けない時というのはありましょう。」
チャキ
ジャブアはルードの落とした素羅阿久を拾い上げた。
「抵抗を選択した時点で、それによって起こる事の全てに、覚悟ができているという事だろう?」
素羅阿久の刃に光が反射した。
ヌベトシュ城 -城門付近-
「うおおおお!」「ギャウアアア!」ブシャア!
そこら中で兵士達と魔物達が戦っている。そんな中、魔物側に立つ亜人が叫ぶ。
「おらぁ!おめぇらもっと気張れやぁ!」
頭の上に突き出した三角の耳。猫のような特徴を持つバルバロス種と見られるその男の頭は、雄々しいたてがみに覆われており、猫というよりは獅子であった。白い体毛で良く見えないが筋肉質そうな体で、茶色い毛皮の腰蓑だけをつけている。
「グガアアア!」「グボオオオオ!」
獅子の男の叫びに呼応してか、周りの魔物達の動きが激しくなった。
「くっ!もう持たないぞ!」
陣を組み、魔物に対処している兵士達の一人が弱音を吐く。
「諦めるな!勇者殿が来てくださればこのような魔物共など蹴散らしてくれる!」
既に城内への魔物の侵入を許してしまった兵士達の心は折れかかっていたが、まだ絶望はしていない。
「ははあ!殺せえ!」
魔物達の猛攻に気をよくしたか、獅子の男が笑う。
その隙を突き、騎士の一人が剣で獅子の男に斬りかかる。グロツ王国の誇る精鋭騎士の研ぎ澄まされた剣戟である。
「フッ!」
ドッ!
だがその剣戟は振り抜かれることはなかった。剣は獅子の男の横腹に留まっている。
「ああん?」
「ううっ!」
獅子の男が騎士を睨みつけると、騎士は威嚇を受けたかのように固まった。
「おらあ!」
獅子の男は騎士に対して拳を振りかぶり、殴りつけた。
「ぶがぁ!」
ドゴオン
騎士は殴り飛ばされた先で血を吐いて倒れ、動かなくなった。
「はっはあ!」
獅子の男が笑う。
そして、精鋭騎士が居たおかげでかろうじて耐えていた兵士達が一気に崩れだす。
「ガアア!」「ブシュウウウ!」「うわあああ!」
「くっ、これまでか。」
魔物達に囲まれた兵士が諦めの言葉を吐いた。その時である。
ヒュド!ヒュド!ヒュド!
「ギャウ!」「ブギィ!」「ボア!」
魔物達が次々と倒れていく。魔物達の体を見れば何かで刺されたのか、大きな刺し傷があり、そこから血が溢れ出ていた。
「た、助かった…?」
シュウン
兵士達が城門を見ると、そこには槍を構えた勇者が居た。
「遅くなってすまない。」




