異世界における他殺死ガイド53
グレゴルは聖光を使えるが、一日に何度も使えるものではない。聖光を使うにもリソースが必要なのだ。
リソースとは魔法を使うための魔力だとか、そういったあれだ。グレゴルの記憶によると、聖光を使う場合、神聖力とかいうものが必要だが、多分魔力も神聖力も同じものだ。聖光を使ってそれを消費すると精神的に疲弊し、リソースが尽きれば気を失ってしまう。
「フゴゴッ」
カツッカツカツッ
竹馬が俺に向かって歩いてくる。括り付けた棒のおかげで歩幅が広く、ゆっくり歩いているように見えて結構早い。
俺はタリスマンに手を当てて祈りだす。
「神様、こいつに安らかな眠りをお願いします。」
適当だ。本来の祈りはもっと長い。だが長々と祈っていられない。
シャイイイイイン
タリスマンを握る俺の手から光が放たれる。
「フゴオオ…」
竹馬は足をガクガクさせながら霧散していく。
カララン
後には嘴のついた仮面と手足に括り付けられていた棒だけが残った。
「ああー」「うううー」
今度は鉄板達がノソノソと俺を囲うように近づいてくる。足が鈍いのをカバーするためか、相手を集団で囲んでくるようだ。これは油断ならない。おそらく近くにこいつらを操っている者がいる。
既に二度聖光を使ってしまったが、まだ精神的疲労は感じない。俺は祈る。
「神様、こいつら何とかしてください。」
適当すぎる。だが聖光を使うには、祈りの内容よりも、穢れたものを浄化してやるという強い意識の集中が重要なのだ。
シャイイイイイン
手が光る。
「おああああ」「はううううう」「いあああああ」
周りにいるアンデッド達は次々と霧散していく。まだ精神的疲労は感じない。はて、俺、グレゴルにこんなに何度も聖光を使える力などあっただろうか?
「きゃああああ!」「うわあああ!」
悲鳴だ。
瘴気で視界が悪くて見えないが、アンデッド達は村中に居るようだ。俺は村人たちを助けるため、悲鳴の聞こえた方へと駆け出した。
バキバキッ!
「いやあああ!」
叫ぶ女性の籠る家の壁を破壊しているのは頭を大きな包丁で真っ二つにされたアンデッドだ。なんとも奇怪なアンデッドである。
ズガッ!
包丁頭は首を振り、包丁を家の壁に叩きつけている。
ブオン
包丁頭が大きく首を振った。勢いをつけた叩きつけだ。
ズガ! ブチャ! ドシャ!
もはや壊れかけだった家の壁が今度こそ壊れるかと思ったが、叩きつけた衝撃で包丁頭の首がもげ、包丁頭は倒れて動かなくなった。
千切れた部分を見ればグチャグチャだ。どうやらこいつの首は腐っていたようだ。大きな包丁を腐った首で振り回したものだから、首が取れてしまったのだ。包丁を手に持たせたらこんなこともなかったろうに、俺がそう思っていると、家の周りにアンデッド達が集まってきた。
俺は祈る。
「何とかしてください。」
流石にこれは適当すぎるか。だが意識の集中さえできていれば…
シャイイイイイン
発動した。
「あああああ」「ううううう」
アンデッド達が霧散していく。
そんな調子で俺は村の中を駆け回り、アンデッド達を浄化していった。
「何とかしてください。」
「何とかしてください。」
「何とかしてください。」
シャシャシャイイイイイン
「「「ああああううー」」」
俺は何度も聖光を放つが、精神的疲労は無い。何故だろうか?聖光を使うのに消費するリソースは肉体にあるものではなく、魂にあるとでもいうのか。もしくは何度も死を経験した俺の精神が鍛えられているのか?
「司祭様が助けてくれたわ!」「誰だあいつは?」「グレゴルだ。」
「凄え、アンデッド達を一網打尽だ。」「あの人あんな凄かったのか?」
「俺あ、あいつを誤解してたぜ。」
次々とアンデッドを浄化していく俺を、村人達は家に籠りつつ、戸の隙間から見て驚いている。グレゴルの評価は爆上がりだ。
「ヴァヴァヴァヴァ」
奇怪な声が聞こえた。瘴気で視界が悪く、どこから聞こえたのかわからない。
「ああー」「ううー」
同時にアンデッド達の動きが変わる。色々な方向を向いていたアンデッド達が一斉に俺の方を向いた。やはりアンデッド達を指揮している者がいる。そしてそいつは俺を脅威だと認識し、集中して狙いに来たようだ。だが好都合だ。俺に向かってきてくれるのなら、それに対して聖光を放ち続ければアンデッド達は全滅するだろう。
俺は祈る。
「ヨロ。」
これは流石に怒られそう。
シャイイイイン
発動した。ひょっとして意識さえ集中できていれば祈りとか要らないのかな?
「ああああ」「うあああうう」
俺に近づくアンデッド達が次々と霧散していく。それにより、悪い視界がさらに悪くなった。そのため、近づいてくる敵に気づくのが遅れた。そいつは俺に掴みかかってくる。
「ぐあううう!」
俺はそれを体を捻ってかわした。こいつ、聖光が効かない。アンデッドではないのか?いや、よく見るとそいつは皮製の袋を被っているようである。
なるほど、遮光か。アンデッドは聖光を直に浴びなければ浄化されることは無いようだ。皮袋はアンデッド達の中に紛れ込んでいる。これは聖光を使う者を狙った罠だ。本当に油断ならない。
だが俺が使えるのは聖光だけではないぞ。
「うおおっ!」
回し蹴り。ゲッコーの体術だ。ゲッコーは指名手配される凶悪殺人犯なだけあり、優れた体術を持っていた。
グキッ!
…これは回し蹴りが皮袋にヒットした音ではない。俺、グレゴルの腰がほぼ逝きかけた音だ。
ビキィッ!
全身に電気ショックのような痛みが走る。
「おごごごご!」
思わず腰を抑えてかがみこむ俺。
いかん、ゲッコーの記憶から体術の知識は得たが、それは鍛えられた体があって初めて使えるものなのだ。鍛えていないグレゴルの体では回し蹴りなど出来るはずもない。
「ぐあう!」
皮袋の手が迫る。まずい、このままでは俺はまたアンデッドと化してしまう。
「うおおっ!」
屈んだ体勢だった俺は足元にあった鉄板を拾った。アンデッド達を浄化した後に残された鉄板だ。鉄板を革袋に向けて振る。
ビリッ!
皮袋に穴が開いた。中から白濁した目が覗く。
俺はタリスマンを握りしめ、意識を集中した。
「…。」
シャイイイイン
ついに無口でも聖光が使えた。
「ぐ…おお…」
皮袋が浄化されていく。
浄化を見届け、ふと周りを見回すと、いつの間にか周りの瘴気がとても濃くなっている。一寸先も見えない。
バッッフォア!
その瘴気を突き破って飛び出してきたのは拳だった。その拳が俺の顔を捉える前に、俺は腰を捻ってかわした。
ビキィ!
「うごおおお!」
腰の痛みに耐えながら追撃を警戒するが、追撃は来なかった。
危なかった。速い拳だった。「あー」とか「うー」とか言ってるアンデッドが振るう拳の速度ではない。だがその拳は青白く、皮膚が剥がれかかったグロテスクな拳だった。間違いなくアンデッドの拳だ。
今度は瘴気を濃くして視界を奪い、それに紛れて攻撃してくるようである。
ビキッ!
うぐぐ、腰痛が酷い。次も避けられるかはわからない。敵はどこだ。敵の姿が見えないのはまずい。
…俺にはこんな時に使える力があったはずだ。
そうだ、気配察知だ。ドクの痴呆の影響か、忘れていた力だ。
すぐさま気配察知で周りを探る。
後ろだ。
ブオンッ
間一髪、伏せた俺の頭の上を拳が通り抜けていく。
タリスマンを握りしめる。
シャイイン
「ぐおお…。」
浄化成功。拳の持ち主が霧散していく。後には帽子とコートが残った。
視界は悪いままだが、気配察知でアンデッドの位置を探れば浄化は難しくないだろう。
…。
シャイン シャイン シャイン
「おおあー」「あああ」
俺の手から出る光がアンデッド達を浄化していく。聖光を出すには祈りもタリスマンを握る必要もないようだ。この光、神様の力を借りてるとか、そういうわけではないのかな?ならば自分で発光しているとでもいうのか。
広範囲気配察知で村中を探ったところ、多くのアンデッド達が固まっている場所がある。まるで中心にある何かを守っているかのように布陣している。恐らくそこに、このアンデッド達を操っている何者かが居るのだろう。
アンデッドの群れで村を襲うなど、果たして一体どんなやつがこんなことをしたのだろうか。村人に死人も出ていたし、そいつは罰せられるべきだ。そして、ここは俺がそいつを退治しに行く流れだろう。
アンデッド相手であれば聖光一発で浄化できるので何とかなるが、それ以外が相手だった場合、グレゴルの体で何とかできそうな気がしない。魔力の糸で拘束できるような相手なら良いが…。
相手の情報が欲しい。顎に手をやり考え込む俺。革袋が目にとまる。中身のアンデッドが浄化された革袋だ。
…これを使うか?
「あああー」「うううー」
「うーうー」
俺は物陰に隠れて革袋を被り、アンデッド達の群れにうーうー言いながら恐る恐る入っていった。
「……。」
革袋に開けた穴から外を伺う。
俺を襲おうとする気配はない。仲間と認識されているのだろうか?或いは罠か?だが罠かどうかを確かめるすべはない。覚悟を決めた俺はアンデッド達が守る中心へと歩を進めた。
「あああああ」「おおおおああ」「うー」
「うーうー」
中心についた俺はアンデッドが括り付けられた車輪の付いた鉄の箱を見つけた。その後ろには車輪の付いた檻が並んでいる。檻の中にはちぎれた手や足が一、二本落ちていた。これでアンデッド達を村に運んできたようである。
この鉄の箱の中にアンデッド達を操っている者がいるのだろう。
「えあああうう」
ズザッ ズザッ
見ればアンデッド達が何かを鉄の箱の中に運び入れている。あれは…、死体だ。村人の男性の死体だ。一体何が目的なのか。
俺はうーうー言いながらゆっくりと近づき、開いている戸から鉄の箱の中を伺った。
中は結構広い。蓋の開いた壺がいくつもあり、長方形の棺のようなものが並んでいる。
床に固定された椅子があり、椅子には頭に瓶を被った奇怪な男が座っていた。肌の色から見て恐らくアンデッドだ。
そしてその後ろで、長方形の棺の中を覗き込んでいるのは三角巾にナース(に見える)服の女性だ。
「…スハアア」
女性がこちらを向いた。
その顔は包帯でグルグル巻きにされていて、どんな表情をしているのかわからない。
バゴッ
棺の蓋が突然開いた。
「お…おおあああ」
中からアンデッドが出てくる。このアンデッド、棺の中で何をしていた?
この男…、どこかで見たような…。ああそうだ、最初に見た竹馬アンデッドに殺されていた男だ。その男がアンデッドと化している。まさか、村人をアンデッド化しているのか?これがアンデッド達の目的?仲間を増やしている?
棺の中には黒い土が詰まっている。
グレゴルの記憶によれば、瘴気の染みた土の上で死んだ生物はアンデッドと化す。あの土がその瘴気の染みた土なのだろうか?
あの土、どこかで見た記憶がある。
そうだ、ドクの屋敷の庭でハジメがなにか研究していた。庭に運び込んだ土はどこかの谷の土だとかなんとか、ザンシアが言っていた。あれはまさか、瘴気の染みた土だったのか?ゲッコーの体はザンシアに蹴り飛ばされて、ハジメが研究していた土の上に落ちた?
人んちの庭で何をしとったんだハジメの奴は。まあ故人を悪くは言うまい。もしかしたら何か人の役に立てる気だったのかもしれないし。おかげで俺は助かったし。
それにしても、死体がアンデッドと化すまでが早すぎる。ゲッコーがアンデッドと化すまでに要した時間が気になっていたが、これほど早いなら、ドクの死からそれほど時間は経っていないかもしれない。
…死体を瘴気の染みた土の上に置いておくのと、瘴気の詰まった袋の中に置いておくのでは何が違うのだろうか?多分あれだ、魔法微生物的な存在が土の中に満ちていて、瘴気が染みた土の中で別の存在に変化して、それらが死体に移ることが必須条件なのだ。きっとそうだ。
「ヴァヴァヴァヴァ」
あの奇怪な声が瓶頭から聞こえる。外のアンデッド達の動きが変わった気がする。アンデッド達を操っているのはこいつのようだ。
他に怪しい奴は見当たらない。
ということはこの村を襲ったのは全てアンデッドだったということだ。村々を襲って仲間を増やすアンデッドの集団など厄介極まりない。
だがこれで判明した。
俺の勝利だ。
シュバッ!
シャイイイイイイイイイン
革袋から出した俺の手が発光する。
「ヴァアアア!?」
瓶頭が驚愕の表情でこちらを向く。と同時に霧散した。
「あああううううう」「ううううう」「あー」
アンデッドと化してしまった男性も、鉄の箱の周りに居たアンデッド達も、俺の聖光を浴びて霧散していく。
シャイイイイイイィィィィィン…
光が治まった時、鉄の箱の周りにアンデッド達の姿は無かった。
まだ村の中に残っている奴がいるかもしれないが、少数だろう。後は村人たちが集まればなんとかなるはずだ。
「ふー。」
俺は一息ついた。
「スハアアア」
ガッ!
皮袋を掴まれた。
ビリィッ!
皮袋を破られた。
「スゥハハアアア」
見れば三角巾の女性アンデッドが、俺の顔を覗き込んでいる。包帯でグルグル巻きなのでどこを見ているのか定かではないが。
「うおおっ!?」
ドッ!
俺は両手で女性アンデッドを突き飛ばした。
ガタッ!
鉄の箱の中に倒れこむ女性アンデッド。
馬鹿な。聖光が効かないだと?
遮光アンデッドや濃い瘴気で光を遮っていたのは前振りで、これが本命か。
「スハアアア」
女性アンデッドが立ち上がる。
カラララ
女性アンデッドが何かを持っている。それはバールのようなものだ。この世界にはバールなど無いだろうから、本当にバールのように見える何かだ。
「スハア」
カラ カララ
女性アンデッドがややおぼつかぬ足取りでこちらへ近づいてくる。
聖光が効かないなど、一体どういうカラクリであろうか。実はアンデッドに見せかけているだけで生きているとか?
念のためもう一度聖光を浴びせてみる。
…。
なんだ?聖光が出ない。意識の集中が出来ない?
聖光を使うには、穢れたものを浄化してやるという強い意識の集中が重要だ。それが出来ない。何故か?
それは棺を覗き込む女性アンデッドの尻を見てしまったからだ。
なんたることか。
その穢れた尻を浄化してやる!と意識を集中するのだが、浄化したらこのお尻は霧散してしまうのだよなあ、という意識が勝ってしまっている。これでは聖光が使えない。女性アンデッドに聖光が通じないわけではなく、女性アンデッドに対して聖光を出せていなかったのだろう。
これこそが真の罠だったのだ。
「スゥハアァァ」
女性アンデッドが近づく。腰が揺れる。
「くっ。」
女性アンデッドの腰つきは何故こうも色っぽいのか。
女性アンデッドの顔は包帯でグルグル巻きである。この包帯グルグル巻きがまた曲者であった。顔の見えている薄着の女性と、被り物で顔の見えていない薄着の女性では、前者が例え凄く美人だったとしても、後者の方が色っぽく感じてしまう。
俺の意識はもうその腰つきに持っていかれてしまっている。このお尻を消すなんてとんでもない!
「スハアア」
女性アンデッドがバールのようなものを振りかぶった。まずい。このままでは俺がお尻になってしまう。だが聖光は出ない。ならばどうするか。
困ったときの魔力糸だ。
シュルルル ガッ
「スゥハアア」
女性アンデッドの腕を魔力糸で捕らえた。
「うおおっ」
ドカッ
体当たりで女性アンデッドを棺に倒れこませた。
ガコッ
シュルルルル
棺の蓋を締め、周りを魔力糸でグルグル巻きにする。
「……。」
ドコ ドコ
女性アンデッドは棺の蓋を叩くが、蓋は開かない。
…何とかなったようだ。




