異世界における他殺死ガイド5
町に入った俺達は、町人達から注目されることになった。
通行人が吃驚して立ち止まり、指で差し、「なんだありゃ」「やべえ」などと言いながらジロジロ見てくる。
しかし、意外と首輪が効いているのか、大きな騒ぎにはなっていない。
シロが身じろぎ、アリエスの腕から逃れ、走っていってしまった。宿屋に帰るのだろう。アリエスは残念そうだ。
街中を進み、冒険者ギルドの建物へと辿り着いた。
「クロは入れないな」
俺は馬繋ぎに繋がれた。
「おとなしくしているんだぞ」
アリエスは俺を一撫でした後、一人で冒険者ギルドの建物へと入っていく。
ギルドに来た冒険者達が俺を見て驚いている。「なんだありゃ」「やべえ」などと言いながらジロジロ見てくる。
色々な視線の中に、ギラついたものを感じた。アリエスを狙う刺客だろうか?
視線を感じたほうを見るが、人だかりが出来ており、誰の視線だったのかはわからない。
人だかりは「なんだありゃ」「やべえ」などと言いながらジロジロ見てくる。
ボキャブラリーが足りない。
暫くしてアリエスが出てくる。
「クロ、待たせたな」
アリエスは人だかりを気にもせず、俺を馬繋ぎから外し、歩き出した。豪胆なお人だ。
アリエスと俺はまた注目されながら暫く歩き、宿屋の前で止まった。
「クロ、悪いがまた少し待っていてくれ」
俺は再び馬繋ぎに繋がれた。アリエスは宿屋に入っていく。
なんだかんだもう日暮れが近い。ここに泊まるつもりだろう。
俺は宿屋の中の気配を探る。
受付に恰幅の良い女性、女性の膝の上でシロがくつろいでいる。
ここがアリエスの贔屓にしている宿屋のようだ。
女性はこの宿屋の女将さんだろうか。
アリエスと女将さんは二言三言交わすと、一緒に外へ出てきた。
女将さんが俺を見て目を見開く。
「あれまあ、これはどうしたものかしらねえ」
「馬小屋にでも泊めてやれないだろうか?」
「うーん、今馬小屋は空いているから問題ないけれど、他のお客さんの誰かが馬を連れてきたらどうしようかね。まあ、その時に考えようか。いいよ」
いいのか。
女将さんは良い人そうだ。
***
というわけで俺は今馬小屋に居る。外はもう暗い。
食事についてはアリエスが謎の肉を買ってきてくれたので、それを食った。
明日、アリエスはどうするのだろう。そういえば謎肉のほかにも色々と買い込んでいたようだ。
兄のところに乗り込む準備だろうか。
馬小屋は思いのほか快適だ。俺は今狼の体だし、嗅覚が良いので馬糞とかの匂いが気になるのではないかと思ったが、気にならない。何か匂いはするが、不快な匂いでは無いという感じだ。
匂いと言えば、アリエスはとても良い匂いだ。
安心すると言うか、自然の匂いと言うか。
嗅覚が優れていると言うことの実感としては、匂いを嗅ぎわけることにより、どの部位の匂いなのかがわかることが挙げられる。
これは髪の匂いだとか、これは汗の匂いだとか、わかってしまう。
むむ、これはまさか彼女の○○の匂い!? ということもあった。
そういうのは良くない。嗅いでは駄目だ。と思っても、狼は鼻からしか息が出来ないので仕方が無い。
本当なんだ。鳥も猫も鼻からしか息が出来ないんだ。不可抗力だ。
意識して嗅がなければ良いのだ。そうだ、彼女は色々な匂いを持っていて、総合的に言えば安心すると言うか、自然の匂いなのだ。
自分が何を言っているのかよくわからなくなってきた。
話がやや変態な方向に進みそうなので、これ以上は止めよう。
***
町は寝静まっている。今は丑三つ時といったところか。
何故俺が起きているのかと言うと、怪しい気配を察知して起きたのだ。
気配は二人で、宿屋の前に居る。
アリエスを狙った新たな刺客かと思い、動向を見守っていると、二人組は宿屋の裏手に廻り、俺の居る馬小屋に向かって歩いてきた。
俺に用?
ギルド前のギラついた視線の持ち主だろうか。おとなしそうな俺を盗んで売り飛ばす気だとか? 鉄爪狼を取り返しに来た黒ローブの仲間かもしれない。
盗む気だとしたら大分めでたい思考の持ち主だ。後者の可能性が高いだろう。
二人組は馬小屋の前で止まる。
「兄貴、本当に盗むんですかい? あんな凶悪そうな魔物、暴れ出したらどうするんです?」
「馬鹿おめえ、あんな小娘に従えられてる魔物なんざ、暴れたところで問題にならねえよ。俺に任しとけ。」
……前者なのか? いや、人は見かけに寄らないと言うし、言動にも寄らないかもしれない。見くびるのは良くない。
馬小屋の扉を開け、二人組が中に入ってくる。
「真っ暗で何も見えませんぜ」
「手で探れ」
二人組は手を前に出し、ゆっくりこっちへ近づいてくる。
凄い勇気だ。
俺からは気配察知で丸見えだ。
さて、どうするべきか。
二人組みは柱に頭をぶつけながらも、着実にこちらへ近づいてくる。
どう見ても隙だらけで、簡単に退治出来そうなのだが、見くびらないと決めた俺に油断は無い。
しかし、殺してしまうのはまずい気がする。
相手は泥棒とはいえ、殺してしまったら町に入る前からの俺の必死の安全ですよアピールが無駄になってしまう。それは駄目だ。
二人組みが仲良く俺の目の前まで歩いてくる。
デシッ
「ぐべっ」「ぼへぇっ」
二人組を前足の肉球で抑えつけた。鉄爪を当てないように、注意が要る。
二人組はおれの足の下でもがいている。
「「うごごご!」」
エクスデスか。
困った。このまま二人組を朝まで抑えつけておくのは大変そうだ。
下手したら殺してしまう。
そうだ、俺には相手を拘束する手段があるじゃないか。
頭の中のチャンネルを切り替え、魔力を練る。すると目の前にキラキラと細い糸が舞い出す。
それを操り、二人組を巻いていく。
魔力の糸は頑丈で、二人組がもがいても、切れそうな気配すらない。
「「ムグー!」」
鼻は開けておく。これで朝まで静かだろう。
と、ここまでやってから、何故俺はこんなことができるのだろうかと、やっと疑問が湧いた。
俺は乗り移った者の記憶の一部を受け入れてしまう。
蜘蛛に乗り移った経験がこれを可能にしたと考えられるが、蜘蛛が糸を出すのは本能だから、必要になって初めて使えることを意識したということなのだろう。
この世界の蜘蛛は魔力の糸が出せるのか。魔法の存在する世界の蜘蛛だし、おかしくはない。
ついに俺は魔法を使えるようになったのだ。
バサバサ
……? 何の音だ?
***
朝だ。朝飯を持ってきてくれたアリエスが、糸に巻かれた二人組を見て吃驚していた。俺が糸を出して見せるとさらに吃驚していた。
二人組は泥棒として処分されたようだ。
俺が彼らを襲ったと疑われたら面倒だったが、どうやら過去にも色々と悪いことをしていた者達のようで、鉄の鎧に身を固めたなんだか強そうな人達が来て、彼らを連れて行った。
「よくやったなクロ」
アリエスが褒めながら撫でてくる。
ああ、また俺の中の何かが満たされていく。
バサバサバサ
後ろで何かが馬小屋の柱に当たって暴れている。
うおお、これ俺の尻尾か。
この体の習性か、嬉しいと勝手に尻尾を振ってしまうようだ。
アリエスはこれまで、俺が嬉しかったり悲しかったりすることを良くわかってくれて、好きの力は凄いなあなどと考えていたが、違った。
尻尾を見れば丸判りだった。これは恥ずかしい。
だが習性なのだ。仕方が無いのだ。そうだ、習性だ。アリエスに俺の正体がばれた時の言い訳が見つかった。乗り移った体の習性であんなことやこんなことをしてしまったと言えば良いのだ。
「よーしよしよし」
あああああ……
バサバサバサバサバサバサ