異世界における他殺死ガイド45
テクテクテク
ドクの屋敷へと向かって歩く三人組。
もう少しでドクの屋敷と言うところで、三人は林の中をウロウロと彷徨う不審な人影を見た。
「ねえ。」
「ああ。」
ハジメが大きな声で人影に向かって言った。
「おいあんた、何してんだ。」
すると、人影は三人へと近づいてきた。コートの上にケープを着た女性だ。
「あなたたちは?」
「あんたこそ、誰だ?こんなところで何をしている?」
「ルセスの町の自警団よ。この道の先にある屋敷の主に用があるの。」
ヨニがゴーに耳打ちする。
「自警団だって、まずくない?」
「ああ、面倒だな。」
ハジメは表情を変えない。
「先生に用なのか。」
「先生ってドクさんのこと?」
「ああ、俺達はあの人の教え子だ。」
「これからドクさんの屋敷へ行くの?」
「そうだ。」
「私も一緒に行っても?」
「別にかまわないぜ。俺はハジメ。ヨニに、ゴーだ。」
「ちょっとハジメ。」
「別にいいだろ。」
「私はシィナ。よろしくね。」
三人組が歩き出す。シィナはそれについて行く。
「ああそうだ。皆さん、カエラという女性の事を知りませんか?」
歩きながらハジメが答える。
「カエラ?聞いた事あるような…、ああ、先生の屋敷で働いていた女性が確か、カエラとかいう名前だったな。」
「そのカエラさんなんですが、今どこにいるかご存じですか?」
「さあ?いつの間にか居なくなってたな。辞めたんじゃないか?」
「そうですか。」
■■■
「フシャーッ!!」
バシュッ!
「ギィィー!」
鋭い爪が角兎の体へと食い込んだ。
「ウナァウ!」
ガブッ!
ウーラは角兎の首に噛みついた。
「ギッ!」
角兎は動かなくなった。
俺は今、守護者三号の目と耳を通して、ウーラの様子を伺っている。
ウーラの事が心配だとザンシアに相談したら、BTTFで出てきた頭脳透視装置みたいな怪しげな道具を持ってきた。それを被ったら目の前にウーラが居て吃驚した。これもドクの発明だろう。
「フーッ!フーッ!」
ウーラはローブを着ていない。興奮のためか、尻尾の毛が逆立って、埃取りのように膨らんでいる。
今のウーラはどう見ても猫の魔物である。屋敷で話した時、前は「なぅ…」とか言っていたと思うのだが、それが無くなっていた。狩りの時と普段で、魔物性と人間性の切り替えがうまくなったということだろうか。
ウーラは角兎を危なげなく狩っていた。これならば俺が死んでも一人で生きていけるのではないだろうか。
ゴロゴロゴロ
これはウーラの喉の音では無い。雷の音だ。雲行きが怪しい。ウーラを早く帰らせよう。
ウーラが裏口から屋敷に帰ってきた。ウーラを自室に引き入れた所で後ろから声がした。
「ねえ、おじさん、その子何?隠し子?」
扉を見ればキエルが扉の枠に体を預け、腕を組み、こちらを見ている。
ウーラはローブを着ており、フードを深くかぶっているので、毛だらけの体は見えていない。
「ああキエル、この子は知り合いの子だよ。病気でね。治療を頼まれたんだ。接触感染だから気を付けて。」
「病気だって?」
キエルは驚き、腕組を止め、扉から離れた。
「おじさん、病気の治療なんか出来るの?」
「まあね。そうだキエル、シスは今何をしているかな?二人に話があるんだけど。」
「シスなら部屋で絵を描いていたな。」
「そうか。邪魔をしてはいけないな。夕食を一緒にどうだい。その時に話そうか。」
「…わかったよ。伝えとく。」
夕食時に二人に出て行って欲しいと伝えよう。素直に従ってくれると良いが。
キエルは自分の部屋へ戻るのだろう。二階へ行く階段の方へ歩いていった。
「お父様。」
「なんだいザンシア?」
「ハジメさん達がいらっしゃったようです。」
…近いうちとは聞いていたが、今日来るのか。折角来てくれたのに、追い返すのは気が重い。
「ザンシア、玄関まで連れて行って。」
「わかりました。」
玄関の扉を開ければ外には4人の人影。中に何故かシィナが混ざっている。
「ああ先生。こんにちは。ザンシアも、相変わらず綺麗だ。」
「ええと、君は…?」
「嫌だなあ先生、教え子の顔を忘れるなんて。俺はハジメ、ヨニに、ゴーだろ。」
ハジメと名乗る男が後ろの男女を指して紹介する。ヨニとゴーは笑顔で俺に手を振った。
「ああ、そうだったそうだった。」
「しっかりしてくれよ先生。そんでこっちが…。」
ハジメがシィナを指差す。
「あなたは…、シィナさんだったかな?」
「ど、どうも…。」
シィナは頭を掻いている。
「なんだよ。知り合いだったのか?」
「ええまあ。一度追い返されまして。」
「え?」
「聞いてくれ皆、悪いんだが今日は帰ってくれないか。」
場がシーンとなった。
「そ、そりゃないぜ先生。折角来たってのに。」
「最近、どうにも体調が優れなくてね。」
「え、大丈夫かよ先生。それなら余計に手伝いが必要だろ。」
「いや、手はザンシアで足りている。」
「そりゃあそうか。」
ヨニとゴーが会話に参加する。
「先生、もう遅い時間だし、ルセスまでは遠い。今日だけでも泊めて貰えない?」
「今帰ったら歩いているうちに真っ暗だ。明かりを借りたとしてもルセスに帰る途中には、古い橋があるし、危ないよ。」
「ううむ…。」
確かに既に日が暮れそうな時間だ。仕方が無い。
「わかった。泊まっていきなさい。ただし今日だけだ。明日には帰ってくれ。」
「良かった。部屋はいつも泊っている部屋で良いかな?」
「ああ良いよ。」
四人は屋敷へ上がろうとする。
「シィナさんは帰って。」
「ま、待ってください。屋敷の中を調べさせて欲しいんです。」
「何故?」
「ドクさん、単刀直入に言わせて貰います。私はあなたがカエラさんに何かをしたと疑っているのです。身の潔白を証明するためにも、屋敷を調べさせて下さい。」
教え子三人組が俺を見ている。
どうせシィナさんには屋敷を見てもらう予定だった。隠し部屋に入るには本棚の仕掛けを解く必要があるし、問題ないだろう。ウーラには…、できるだけ会わせない。
「…仕方が無い。ザンシア、シィナさんを空き部屋に案内して。」
「わかりました。」
「ありがとうございます。ドクさん。」
ポツポツ
外に雨粒が落ちたのが見えた。
ザアアアアア
雨はすぐに強くなった。
教え子三人はそれぞれの部屋に入っていった。
今俺はザンシアと一緒に、シィナに対して屋敷の中を案内している。
窓の外を見る。
ドザアアアア バサア
外は凄い雨。まるで嵐のようだ。
「ここがカエラさんが借りていた部屋ですか。」
シィナは虫メガネを取り出し、部屋を観察している。探偵気取りだろうか?
そうしてシィナに付き添っていると、時間は過ぎ、夕食の時間となった。
「私はまだカエラさんの部屋を見たいのでお構いなく。」
シィナをカエラの部屋に放置し、キエルとシスに夕食を一緒にと言っておいたので、食堂へと向かう。
すると教え子三人が既に居り、キエルとシスを合わせて五人で談笑しながら食事していた。
俺もそれに混ざってどうでもいい会話をしながら食事をした。皆、俺の痴呆は当たり前のようで、それ前提で会話してくれているようだ。そのおかげか、俺がドクではないことに気づく者は居なかった。
「しかし先生、体調が悪いって言う割りに、いつもより調子がよさそうに見えるけど。」
「そうかい?」
「そうだよ。いつもなんて…」
「お話の途中済みません。お父様。」
「ん?なんだいザンシア。」
「訪問者です。」
「こんな時間に?わかった。連れて行って。」
カラカラカラ
俺はザンシアに車椅子を押してもらい、玄関へと向かった。
玄関の扉が開くと、外には男が立っていた。
男の体は大きい。皮製の防具に身を包み、大きなリュックを背負っている。帽子を深く被っていて、目を見せない。怪しい。
「夜分に申し訳ない。私の名はゲッコー。行商人をしている者だ。いつもは野宿なのだが、突然の嵐で、この近くには雨をしのげる場所が無い。倉庫にでも一晩、泊めていただけないだろうか?勿論お礼はさせて貰う。」
また人が増えるのは御免被りたい。しかし、外は嵐だし、泊めてあげないのはかわいそうだ。
「いいですよ。ザンシア、まだ空き部屋はあったかな?」
「ありがたい。」
その後、夕食にゲッコーを誘ったが、悪いと言うことで断られた。部屋で持参の食料を食べるそうだ。
食堂に戻るとキエルとシスは居なかった。殆ど食事は終わりかけだったので、まあ仕方ない。
キエルとシスに出て行ってもらう話が出来なかった。明日話せば良いか。
食事を終え、教え子三人は自室に戻った。
ザンシアに車椅子を押され、俺も自室に戻ると、ウーラが一人で夕食を取っていた。仕方ないことだがかわいそうだ。今からでも話し相手になろう。
カラカラカラ
俺はテーブルの横に車椅子をつけた。
「ウーラ、狩りを見たよ。」
「ほんと?僕、どうだった?うまく狩れていた?」
「ああ、角兎をあんなに簡単に狩るなんて凄いじゃないか。」
「えへへ…。」
なんだか撫でて欲しそうに見える。見えるのだ。
猫は尻尾の付け根の背中側を触られるのが好きらしいが、流石にそこを撫でたら問題になりそうだ。首より上だったらどこ触っても嬉しそうなので、無難に頭を撫でてみよう。
スッ
俺はウーラの頭に手を伸ばし、撫でた。
ナデナデ
「うなう…。」
ウーラは戸惑っているようだが、逃げない。
どれ、顎の下も撫でてやろう。
ナデナデナデ
「うなぁ…。」
額とかもこすってやると気持ちいのだとか。
ナデナデナデ
ゴロゴロゴロ
これは雷の音ではない。ウーラの喉の音だ。
「お父様。」
ザンシアの美しい顔がすぐ横にあった。
「うわっ!どうしたんだザンシア?」
「落ち着いて聞いてください。」
「え、なんだい?」
「ハジメさんが部屋で死んでいます。」
※登場人物まとめ
キエル・ジョバンニ:ドクの甥。
シス・ジョバンニ :ドクの姪。
ハジメ・ノギセ :ドクの教え子。
ヨニ・メガデス :ドクの教え子。
ゴー・バーンス :ドクの教え子。
シィナ・ナイ :ルセスの町の自警団。
カエラ・ナイ :ウーラの母
ウーラ・ナイ :カエラの子供
ゲッコー・シブトイ:怪しい行商人。




