異世界における他殺死ガイド44
「しくしくしく…」
ザンシアに再びオムツ交換して貰った俺は、再びさめざめと泣いていた。
ナデナデ
ザンシアは俺の頭を撫でている。
「か…」
「なんですか?お父様。」
「括約…筋が…、括約筋が…、活躍、してくれなかったんだ…。」 ※書こうかどうか迷いました。
「そうですね、辛いですね。」
ナデナデナデ
「あうあうあー。」
ナデナデナデ
暫くして俺は落ち着いて、ザンシアは部屋を出て行った。
ぼんやり窓の外の景色を見ながら考える。
ザンシアのオムツ交換の手際は見事であった。汚い話になるため描写は省くが、とにかく早く、優しく、丁寧で、素晴らしかった。そして俺の傷心を慰める、アフターケアもバッチリであった。
おっと、アフターケアの類義語は尻拭いだったか。これでは尻拭いの尻拭いではないか。
「フハハハハハ。」
俺は壊れた。
閑話休題。
オムツ交換の素晴らしい手際から、ザンシアの正体が見えてくる。
ザンシアは介護用自動人形なのではないか。
何の為にここまで人に似せるのか。何の為にここまで精度の高いリアクションを取らせるのか。介護用だと考えれば合点がいく。ドクは老後を無機質な自動人形に介護されることを嫌がったのだ。
誰にでも老後はある。その老後をザンシアのような自動人形に世話される。これは俺の元居た世界でも実現していない、将来的に世界中の誰もが望むことになる、夢の実現なのではないか。
誰かに迷惑を掛けることは無い。ザンシアは自動人形なのだから。
寂しくも無い。ザンシアのリアクションの精度は、最早人間なのだから。
改めてオムツ交換について考えてみる。
この体でいる間、お手洗いで用を足すことは出来ないであろう。
俺は卿の言葉を思い出した。
なに、漏らすのが辛い?それは漏らすのが恥だと考えているからだよ。逆に考えるんだ。「しちゃってもいいさ」と考えるんだ。
老衰の前では人の尊厳など気にしてはいられない。
そうだ、割り切ればよいのだ。これはそういうプレイなのだと。 ※クズ
その後、ウーラの寝具を運び入れるため、書斎(最初に居た部屋)に移動させられ、窓際で放心したり泣いたりしていたらもう夕暮れだ。俺は一体何をしているのか。
落ち込んでいると、守護者三号と共に、ウーラが帰ってきた。
「ただいま。」
ウーラはフードを外し、頭を振る。
「ああ、おかえり。」
辛そうな表情ではない。むしろ明るい表情をしているように見える。顔は猫と同じように毛だらけなので、はっきりとはわからないが。
「久しぶりの外はどうだった?」
「楽しかった。外の空気っておいしいんだね。」
楽しかったのか。良かった。しかし、なんだか一日も経っていないのに性格が変わっていないか。ザンシアがうまく打ち解けさせたのか。
「狩りの方もうまくいったかい?」
「うん。角兎くらいなら、一人で狩れるようになったよ。」
角兎と言えば、長く鋭い角を額に生やし、その角を突進や跳躍で相手に突き刺してくる、危険な魔物である。低級冒険者が、たかが兎と舐めてかかって酷い目に合わされたりする。こんな小さな子供に狩れる相手では無い。まあ、ザンシアの教育と、合成された魔物の力もあるのだろう。
「そ、それは良かった。」
それからウーラの寝具の運び込みが終わった自室へと戻り、ウーラと一緒に夕食を取った。メインはウーラの狩ってきた角兎の肉だった。
ふと、キエルとシスは食事をどうしているのか気になり、ザンシアに聞いてみたら、他の自動人形が作り、部屋に運んでいるそうだ。俺の今食べている食事はザンシアだけで作っているとのことだ。
楽な生活だ。キエルとシスはそれほど売れている芸術家では無いようだし、出て行けといって素直に聞いてくれるだろうか?
「お父様。」
「ん?なんだいザンシア。」
「昼に訪ねてきた女性、シィナさんですが、あの後、彼女は屋敷の外を探索していました。ウーラは裏口から帰らせたので見られていません。」
「そうか…。」
「彼女、今夜は近くで野宿するようです。また訪ねて来そうですね。」
「…まいったな。あ、でも放置でいいからね。」
念のため、ザンシアには釘を刺しておく。
「わかりました。」
今日は退いてもらえたが、次はどうやって追い返そうか。
次からは応対しないで無視し続けるというのはどうか。でも、そのせいで怪しまれて大勢で来られたりしたら嫌だしなあ…。
一度屋敷に入れて、カエラが居ないことを確かめさせるか。もちろん隠し部屋の存在には気づかれないようにしなければならない。
そして夜。屋敷には明かりが灯る。光っているのは部屋の屋根や廊下の壁に設置された円柱状の物体だ。光を放つ魔石を利用した明かりである。
ザンシアに塗れた布で体を拭いて貰い、寝巻きに着替えさせて貰い、ベッドに横たわらせて貰う。貰ってばっかりだ。
「ありがとうザンシア。」
感謝は忘れない。
「どういたしましてお父様。それでは。」
ザンシアは部屋から出て行った。
窓際にある俺のベッドとは少し離れた場所にウーラのベッドが置かれていて、その傍らには守護者三号が立っている。万が一、ウーラが凶行に及んだ場合の備えである。ウーラは既に角兎を狩れるのだ。殆ど動けない老人など一捻りであろう。可愛そうだが仕方が無い。
そして、そのウーラは既に寝息を立てている。疲れたのだろう。
俺も今日は精神的に疲れた。寝よう。俺は眼鏡を外し、枕元に置いた。
視界がボヤける。
部屋の明かりがだんだんと暗くなっていく中、俺は目を瞑った。
■■■
ギギィッ ギィッ
「おいヨニ、揺らすんじゃない。橋が落ちたらどうする。」
「普通に歩いてるだけじゃない。」
「ヨニだけ後から渡れば良かったのに。太いんだから。」
「ゴー、なんか言った?」
「何も。」
三人の男女が橋を渡りながら会話している。
全員、同じような外套を身に着けており、中肉中背の男性が一人、痩せぎすの男が一人、恰幅の良い女性が一人という構成である。
三人は橋を渡りきり、一息ついた。
「ああ、もう疲れた。どうしてあの人、こんな所に住むのかしら。」
「世間のしがらみから逃れたいって考えは理解できるだろ。俺だって将来は先生みたいな老後を送りたいって思うぜ。」
「ハジメはザンシアが欲しいだけだろ。」
「それもある。」
「ねえ、そのザンシアを止めるための魔道具、本当に効果あるんでしょうね?」
恰幅の良い女性は、痩せぎすの男性が背中に背負った袋を指差した。
「大丈夫。何度も試したからな。これを作動させれば屋敷の自動人形は全て、暫く動けなくなる。その間にザンシアの首を落とせば良い。」
「おい、絶対にそれは俺がやるからな。お前らは手を出すなよ。ザンシアは俺のものだ。」
「人形愛とか、私には理解できないわね。」
「ヨニ、首尾良く人形の作り方を盗めたら、美男の自動人形を作ってあげようか?」
「…いらないわ。」
「間があったな。」
「そんなことより、私はあの人の甥と姪を抑えておくから、あの人の始末はゴー、あんたがするのよ。」
「わかってるさ。」
「始末した後は研究資料をあらかた盗んでとんずらだ。」
「先生の死体が発見されるのは何日後かな。」
やがて三人は歩き出した。




