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異世界における他殺死ガイド40

 

 鳥、大きな鶏のような魔物の胸に、人の顔が浮かんでおり、光のない目がこちらを見ていた。その顔に生気は感じられない。この魔物は死んでいる。体がこちらを向いたのは偶然のようだ。


 見れば水槽の中の魔物達は全て死んでいる。標本として置いてあるのだろうか。


「ぐ…」


 記憶の流れ込みが発生した。


 ドクはロージ魔法学院の院長をしながら、魔物と魔物を合成する研究をしていたようだ。水槽の中の魔物達はドクの作成した合成魔獣だ。


 ドクは学院長を引退した後、人里離れたこの屋敷で隠居生活を送るが、それには理由があった。それはこの、人の顔を胸に持つ鶏の魔物だ。



 ドクは人間と魔物を合成したのだ。



 ドクは召使として雇った女性を騙して眠らせ、魔物と合成する実験を行った。人里離れたこの屋敷に住んだのは、人が居なくなってもバレにくいからだ。そうして誕生した合成魔獣は、自身の置かれた状況を理解すると同時に発狂して死んだ。


 ドクは人非人であった。


 おかげで俺は、罪のない人を殺してしまったという自責の念からやや解放されたが、ドクの行ったことの酷さに気分が悪くなる。


「なうー…」


 鳴き声が聞こえる。部屋の奥のケージからだ。


 カラカラカラ


 ケージの前に車椅子を移動させ、覗き込む。


「な…なぅ…」


 オドオドした目でこちらを見るのは猫の顔。だがその猫は二本の足で立っていた。普通の猫のつかまり立ちではない。しっかりと安定した立ち方をしている。



 召使の女性には子供がいたのだ。



 …なんてことだ。


 ドクは猫の魔物と子供を合成した。まだ幼かったためか、子供は発狂しなかった。この子はドクの作成した合成魔獣の最後の生き残りだ。


 合成魔獣を元に戻す方法は無い。つまりこの子は死ぬまでこの姿だということだ。果たして、俺はこの子をどうしたらよいだろうか。


 コンコン


 部屋の扉がノックされた。またザンシアが来たのか?もう食事の時間?


「おじさん、キエルだけど、入っていい?」


 ザンシアではない。この声は…、確かドクの甥のキエルだ。まずい。この子を見られるわけにはいかない。俺は隠し部屋の中の壁にあるスイッチを押した。


 ゴゴ…


 隠し部屋の入り口が閉じていく。


 …ゴゴ


 入り口が閉じ切った。俺は隠し部屋の中だ。


「おじさん?いないの?」


 ガチャ


 キエルが扉を開けた。


「あれ、居ないのか。どうしようかな。」


 キエルは立ち去らず、部屋に入る。


 この屋敷に住むのは俺とザンシアだけではない。他に二人。ドクの甥のキエルと、ドクの姪のシスが屋敷の二階の部屋を借りて住んでいる。この二人がこんな人里離れたところにわざわざ住んでいるのは、二人とも芸術家であり、ここは静かで創作に向いているのだそうだ。


 ガサゴソ


「……。」


 キエルは部屋にある机に移動し、引き出しを開けて何かを探しているようだ。…早く出ていって欲しい。


 コンコン


 またノック音。


「キエル。」


「わ!?って、なんだ、シスか。吃驚させるなよ。」


 今度はシスが部屋に入ってきた。


「迂闊よキエル。あの人に怪しまれたらどうするの。」


「だ、大丈夫だって、おじさんもうボケてきてるし、このくらい、何とでも説明できるさ。」


「私はそうは思わないわ。とにかく、金庫なり、ルセスの家の鍵なり、見つけるまではこの屋敷を追い出されないように気をつけてよ。」


「わ、わかったよ。」


 …嫌な会話を聞いてしまった。二人はドクのお金目当てで屋敷に住むことにしたようだ。ドクは気づいていたのだろうか?


 暫く部屋を捜索した後、二人は出ていった。やれやれだ。


 ケージを見れば猫の子と目が合った。


 グゥゥ…


 猫の子供の腹が鳴る。


 シュカ!ウィィィィン


 ケージの中の床が開き、皿が出てきた。皿には牛乳に浸されたシリアルのようなものが入っている。


 カチャ ペチャペチャ


 猫の子は皿を手に取り、食べ始めた。


 ケージの中を見ると隅に桶のようなものがある。あそこで排泄させているのだろう。死ぬことは無さそうだし、清潔に見えるが、酷い環境だ。


 外に出してやりたい。しかし、この子の存在が誰かにバレたら俺はどうなる?自警団に捕まって、牢屋に入れられて、体力が尽きて獄中死だろうか。その場合、投獄した自警団員に乗り移ってしまうかもしれない。それはまずい。


 だが、せめてケージからは出してやりたい。ここにはこの子の母親の死体もある。別の部屋に移して生活させてやれないだろうか。


 そのためにはまず、意思疎通ができる必要がある。この子、言葉は通じただろうか?記憶が無い。


「あー、えーと…。」


 この子の名前は何だった?虫食い状態のドクの記憶を探る。確か…、ウーラだったか?


「ウーラ?」


「…なぅー…?」


 口元を牛乳で濡らした顔で猫の子がこちらを向いた。ウーラで合ってるのか?


「ウーラ、言葉はわかるかい?」


「……?」


 猫の目が俺を見つめている。やがて猫の口が開いた。


「…わかる。」


 よし、言葉が通じるなら何とかなるかもしれない。まずはウーラの意思確認だ。


「ウーラ、ケージから出たいかい?」


「!…出たくない…。」


 ウーラは怯えだした。これはどういうことだ。


「何故?」


「針刺されるのヤダ。頭グルグルもヤダ…。」


 ウーラは縮こまって震えている。俺から外れた目線を追えば、そこには手術台のような台があり、近くの棚にはいかにもな薬品や注射器が並んでいる。


 ドクはウーラに対して実験を続けていたようだ。頭グルグルとはなんだろうか。この子が母親と違い、発狂しなかった理由でも探っていたのか。


「だ、大丈夫、もう針は刺さない。頭グルグルもしないよ。」


「…本当に?」


「ああ、本当さ。ケージから出してあげよう。ただし、私の言うことを聞けたらだけど。」


「…言うこと?」


「これからウーラは誰にも顔と裸を見られてはいけない。顔と体を帽子と服で覆って、誰にも見せないようにするんだ。それを守るならこの部屋から出て良いよ。」


「なぅ…、顔と体を隠すの?」


「そう。できるかい?」


「…わかった。僕、外に出たい。」


「よし。フード付きローブを用意させよう。少し待っていなさい。」


 カラカラカラ


 ゴゴ…


 俺は隠し部屋から外に出て隠し部屋の扉を閉じた。


 ザンシアを呼ばなくては。俺は懐から小さな長方形の装置を取り出した。この装置でザンシアを呼び出すことができるのだ。


 ポチっとな。


 …ォォン ドォォォン


 何の音だ?


 …シュガガガガガ!ズサアアアア!


 バターン!



 部屋の扉が勢いよく開く。


「お父様!」


 包丁を持ち、髪を乱したザンシアが部屋に飛び込んできた。食事の準備中だったのか?


 その目は赤く、殺戮形態が解禁になってしまっている。


 この呼び出し装置は緊急用のようだ。


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