異世界における他殺死ガイド38
ジー…コツン…カタカタカタ
ジー…
何かが動く音が聞こえる。
目を開ける。
視界がぼやける。
胸ポケットに眼鏡が入っていることを思い出し、手に取って眼鏡をかけた。
多少マシになった視界で周りを見渡すと、目の前に木製の上質な机。白い壁、大きな棚には本がズラリ。
…ここはどこだ?
スッキリしない頭を叩き、思い出す。
俺は確か、女性にナイフで刺されて死んだはずだ。では今俺は、あの女性に乗り移った状態か?
体を見る。
胸は無い。代わりに白衣が見える。女性の服装は黒一色だったはずだ。
手を見る。しわくちゃだ。顔を触ってみればやはりしわしわの皮膚の感触。どうやら俺は年老いた男性に乗り移ったようだ。
これはどういうことだ?
女性に乗り移った後すぐに、この老人に殺された?
「ぐ…。」
老人の記憶が流れ込む。
老人の名前はドク。魔法学者であり、ここヘデラ大陸にあるロージ魔法学院の院長をしていたことがある。今は引退し、人里離れた森の奥の屋敷で隠居生活を送っている。
なんてことだ。中々徳の高い人物に殺されてしまったようだ。あの女性に殺されたのも不可抗力だったとは言え、これからの生き方について考えなくてはならない。
そして、鮫であった俺を殺した女性の名はザンシア。今の俺、ドクの娘だ。
娘?ドクは娘を手にかけたのか?なんだ?記憶が…
コツン
俺の足に何かが当たった。
床を見れば、厚さ5cmくらいの丸い円盤がある。円盤は回転し、別の方向へと動き出した。
カタカタカタ…ジー…
音の正体はこれのようだ。これはなんだ…?
俺は物体の正体を確かめるため、立ち上がろうとした。
ガクッ
うっ…これは…。
ガクガク
脚が震える。立ち上がれない。俺の手を見れば痩せ細ってガリガリだ。脚はズボンを履いているので見えないが、同じようにガリガリに違いない。
座っている椅子を見れば、これは車椅子だ。
ドクの年齢は87歳。この世界の人間の平均寿命は知らないが、いつ死んでもおかしくない年齢なのではないだろうか?
老衰は俺の能力の弱点だ。この体が死ぬ前に誰かに殺されなくてはならない。
だがとりあえず、今は床を動く円盤の正体が気になる。
ジー…コツン…カタカタ
円盤は壁に当たったら別の方向に進んでいく。
この動きは見たことがある。部屋を自動で掃除してくれる機械だ。
何故こんなものがこの世界に?いや、これを作ったのは俺、ドクだ。一体どうやって?思い出せない。これまでの経験からして、何かしらきっかけが有れば記憶の流れ込みが起こるはずだ。だがそれが起こらない。何故だ?
これはひょっとして…。
痴呆か?
まずい。痴呆は駄目だ。対処のしようがない。何か重要なことを忘れる前に、一刻も早く誰かに殺されなくては。
俺が俺であることを忘れてしまったら、それは俺の死を意味するのだ。
コンコン
部屋にあるドアからノックの音がした。誰か来た。今の俺はドクのことをほとんど把握できていない。この状態で誰かに会ったら怪しまれてしまうのではないか。
返事をしようか迷っていると、ドアの向こうから声が聞こえてきた。
「お父様、ザンシアです。入ってもよろしいですか?」
…ザンシア?死んだはずでは?同じ名前の別人か?俺は混乱した。
「お父様、入りますよ。」
ガチャ
返事を待たず、ザンシアが入ってきた。
顔は真っ青で血の気が無く、服は黒一色のドレスで、スカートや胸元にフリルが付いている。間違いない。俺を殺した女性だ。
病的なまでに白い肌。まつ毛の長い大きなクリっとした目。すっと通った鼻梁。色は薄いがぷっくりとした可愛らしい唇。綺麗な長い銀髪。これは…
「どうかされましたか?」
ザンシアは首を傾げて聞いてきた。いかん、ジロジロ見過ぎたか。
「い、いや、どうもしない。何か用かい?」
俺の話し方に変な所は無かっただろうか。
ザンシアは首を元に戻し、話し出す。
「…体温を測る時間です。」
「あ、ああ、そうだったな。」
少し間があったな。怪しまれているかもしれない。
ザンシアは俺に近づき、俺の座る車椅子を自分の方に向けた。そして、刺繍のある白い手袋を着けた手で、机の引き出しから水銀体温計を取り出した。
シュッ シュル
ザンシアが俺の首元を開いていく。いかん、ちょっとドキドキする。ドクが娘に軽蔑されてしまう事態は避けなくては。
ザンシアは体温計を振って水銀を下げ、俺の脇に入れた。
ヒヤリと一瞬冷たい。
だが、なんだか懐かしい、好きな感覚だ。
ザンシアは黙って傍に立っている。俺は疑問をぶつけてみることにした。
「今日、特に変わったことはなかったかい?」
「変わったことですか?そういえば、庭に魔物が侵入していたので対処しました。」
対処された魔物はさっきまで俺だったのか?対処と言えば、ザンシアの動きは鋭かった。ドクは彼女に護身術でも習わせていたのだろうか?今の俺にはその記憶が無い。
「それは…、どんな魔物だった?」
「はい、魚、鮫のような魔物でした。珍しいですね。」
やはり俺はザンシアに殺されたのだ。何故俺はザンシアに乗り移らず、ドクに乗り移った?
「玄冬鴉が海で捕った魔物を落としたのかもしれません。」
「うん?ああ…そうかもしれないね。」
玄冬鴉?空で見た鴉の魔物だろうか?
「お父様、体温計を。」
「ああ。」
ザンシアが俺の脇から体温計を取り出し、測定値を見る。
「問題ありませんね。」
ザンシアは温度計を机にしまった。
「では、今度は私の番ですね。」
「ん?」
ザンシアは俺の真正面に立った。
シュル
ザンシアが服の前を外していく。
「んん?」
ファサリ
ザンシアがドレスの上に羽織っていたショーツを外し、机の上に置いた。
ド、ドク、あんたって人は…まさか!?
プチ プチ
ザンシアはいよいよドレスの前を外していく。
「ザザザ、ザンシア!待った!」
ザンシアは服を脱ぐ手を止めた。
「お父様?どうかされましたか?」
俺の顔を覗き込み、ザンシアが前かがみになった。服の一部がはだけたところが目の前に展開する。病的に白く、シミ一つない肌が丸見えだ。
「ままままっまま待ってくれ。ザンシア、こういうのはいけない。いけないことなんだ。」
「お父様?今日は一体どうされたのですか?なんだか…」
シュルリ
その時、ザンシアのはだけた服がさらにはだけ、ザンシアのお腹が見えた。
「ザザザザザ、ザンシア、前を閉めなさ…い?」
ザンシアのアバラとお腹の間に溝が見えた。
いやこれは、溝というより、切れ目?
そのままザンシアのお腹を観察すれば、腰との間にも切れ目があるのが見えた。
これは…。
ガッ!
俺はザンシアの手首を取り、手袋を脱がせた。
「あっ、お父様?」
ザンシアの手首には切れ目があった。いや、手と腕の間に球体がはまっている。
「そういうことか…。」
人形。ザンシアはドクが魔法技術の粋を結集して作成した自動人形であった。
※球体関節嗜好!




