異世界における他殺死ガイド33
- ヌベトシュ城 兵士達の訓練場 -
靴下を履いたジュレスは立ち上がり、古文書を開いて中を見た。だがすぐに閉じ、ジークを見る。
「では次は戦闘の指導をしながら能力の確認を行うぞ。」
「了解。」
「お前に私の剣は軽く躱されてしまったが、教えられることはある。高い運動能力に任せて戦っているだけでは厳しい相手も出てくるだろう。基本的な武器の構えや対人、対魔物戦闘での定石などは知っておいて損は無い。」
「対人?」
「敵は魔物だけではない。世の中、不埒な輩はいくらでも居るものだ。そして、王はお前を召喚したことを民衆に伏せている。混乱を防ぐため、魔王の存在を確信していることを知られたくないのもあるが、何がお前に寄って来るか分からんからな。」
「怖いね。」
ジーク達は訓練場の端からやや中央寄りの広い部分へと移動した。
・武器熟練度
「これから武器の扱いについて教えるが、剣だけに絞ったりはしない。色々な武器を触ってもらう。」
「何故?」
「被召喚者はどんな武器でも短時間で、ある程度の使い手になることができる。だからとりあえず使える武器を増やす。その後に気に入った武器があればそれに絞って修練すると良い。」
「そりゃいい。せっかくだし、ここにある全ての武器を使えるようになっておこう。」
「そうしてくれ。」
ジークはジュレスやジュレスの部下から戦闘の仕方について指導を受けた。また、武器庫で収納した武器を装備し、藁で出来た人形に向けて試し切りを行い、様々な武器の使い方を学習した。たまにジュレスの靴下を鑑定した。
兵士訓練場の入り口の壁に、ジーク達を見ている影が二つ。それはサーリア姫とメイドのコマキであった。
「ねえコマキ、ジュレスとジーク様の距離が近いわ。」
「戦闘の訓練ですし、剣の振り方を教えるとかなら距離が近くてもおかしいことはありませんよ。」
「羨ましい…。」
「サーリア様も参加しますか?」
「だ、駄目よ、ジーク様の邪魔をしてはいけないわ。」
「そうですね。では回復魔法の修行に戻って下さい。」
「ええ、必ずジーク様のお役に立って見せるわ。」
サーリアは拳を握り、鼻息をフンスした。
「ジーク様は今は色々な武器の使い方を学習しているようですね。私も小剣なら心得があります。参加してきますね。」
サーリアはコマキを敵と認識した。
***
いつの間にか日が傾いている。
「まだ古文書には続きがあるが、今日はこのあたりにしておこう。」
シュウン
ジークは持っていた剣を収納し、その場に座り込んだ。
「はあ、相手は魔王だってのに、それを一人に任せるのは無理が無いかとは思ってたけど、こんなに色々便利な能力を授けられているんだな。頼るのも無理は無い。」
「一人に任せるわけではないぞ、我々がお前を支える。」
「ああ、よろしく頼む。」
「部屋は用意してある。部下に案内させるから、よく休め。」
「了解。」
数日後、ジークは馬に乗り、ヌベトシュ城を出発しようとしていた。
「ジーク様、お気をつけて。」
サーリアが手を祈るようにして見送る。コマキもその後ろで頭を下げている。
「行ってくるよサーリア。」
ジュレスとジュレスの部下達と共に、ジークは城を出た。
ヌベトシュ城からやや遠く、瘴気だまりから溢れ出た瘴気が風で運ばれて流れ込む谷がある。そこは小規模な瘴気だまりが発生した状態に似て、近くには比較的強力な魔物が出没する。その谷の名はレイゲラ峡谷、別名死舞の谷とも呼ばれ、現在のジーク達の目的地である。
ゴトゴトゴト
ジュレスとジークはそれぞれ馬に乗り、ジュレスの部下が数人、馬車に乗っている。ジークが馬に乗ったまま、馬車の御者をしているジュレスの部下に尋ねた。
「死舞の谷なんて、変な名前だな。」
「谷の底の土が特殊でして、瘴気をため込む性質があります。この瘴気が染みこんだ土の上で魔物が死んだりすると、状態によっては蘇って、動く屍と化します。」
「…ゾンビかな?いや、ペットセメタリー?」
ジュレスが馬を寄せ、話に加わる。
「お前の言うことはわからん。とにかく、そういう場所での戦闘では、倒した魔物の体を焼くなどして蘇らないようにする必要がある。」
「なるほど。」
「今回はそこで実戦経験を積んでもらおうと考えている。」
「その辺に居る魔物じゃ駄目なのか?」
「瘴気だまりから遠いこの辺りの魔物など、お前の相手ではあるまい。」
「そうなのかな?」
***
カポッカポッ
「ブルルッ」
ジュレスが馬を止め、崖の下を見下ろす。空気が黒く濁り、視界が悪い。濁った空気の中から骨らしきものが見え、すぐに消えた。
レイゲラ峡谷である。
「崖沿いに行けば降りる道がある。」
ジュレスが馬を歩き出させようとしたところ、ジークがそれを制止した。
「待てジュレス、地図に赤い点が見える。敵だ、結構多いぞ。」
「何?」
ジークの指差す方向には森があり、木の影に何が潜んでいてもおかしくはなかった。ジュレスとジークは馬から降り、馬をジュレスの部下へと預けた。
「警戒しながら進め。」
ジーク達は森へと向かっていく。
「グオオオオ!」「ガアアアア!」
森から棍棒を持った太った大男が現れた。だが男の顔は豚そのもの。現れたのは豚頭と呼ばれる魔物であった。豚頭の脇からは草隠犬と呼ばれる犬の魔物が走ってくる。
「来たぞ!」
ザシュ!ズバッ!
ジュレスは襲い来る草隠犬を切り捨てる。ジュレスの部下も草隠犬を迎え撃つ。
「グオオオオ!」
豚頭の持った棍棒がジークへと振り下ろされた。
ドゴッ!
棍棒は空を切り、地面へとめり込む。
シュウン
ジークの手には鉄の剣が握られている。既に豚頭の後ろへと移動していたジークは豚頭の首に向かって剣を振った。
ズガッ!
だが浅い。ジークの剣は豚頭の首を切り落とせなかった。
「グオオオ!」
「力が足りないか。」
ジークは豚頭から距離を取った。
「ガアアアア!」
豚頭に対面しているジークに向かって横から草隠犬が飛びかかった。
シュウン
ガギ!
草隠犬の噛みつきは突然ジークの左腕に現れた盾によって防がれた。
ズバッ!
「ギャイン!」
ジークは剣で草隠犬を切り捨てた。
シュウウン
ジークの手がブレたかと思うと、剣が消え、手斧が握られている。ジークは手斧を振りかぶり、豚頭に向かって投げる。
ヒュン
ズガッ!
手斧は豚頭の肩に刺さった。
「グアオオ!」
シュウン
豚頭の肩に刺さっていた手斧は消え、既にジークの手に握られている。再びジークは手斧を豚頭に向かって投げる。
「グオオ!」
ギイン!
豚頭が棍棒で手斧を弾くと、そのままジークへと襲い掛かる。
「そこだ。」
シュウン
ジークは収納から槍を取り出した。地面に突き立てるように。
ドシュ!
豚頭は自らの勢いにより、地面に角度をつけて突き立てられた槍に串刺しにされた。
「グ…オ…」
シュウン
ジークが槍を収納すると、支えを失った豚頭の体は地面へと倒れた。ジュレス達も草隠犬をほぼ片付け、残りの草隠犬が逃げていく。
「ふむ、実戦も特に問題は無いようだな。」
ジュレスは剣を鞘へとしまった。それを見てジークが叫ぶ。
「油断するな!敵はまだ居るぞ!」
バキバキ!
「ブシュウウウ!」
突然、森の中から大きな槌猪がジュレスに向かって飛び出した。槌猪による突進である。それは完全にジュレスの死角を突いた。ガードは間に合わない。
「ジュレス!」
シュウウウウン
ジュレスの体がブレたかと思うと、次の瞬間ジュレスは大きなウサギの着グルミと化していた。
ドオン!
「っっ!?」
着グルミの弾力が槌猪の突進の威力を吸収する。だが全ては吸収しきれない。ウサギの着グルミが宙を舞った。落下するその先は崖の下、レイゲラ峡谷である。
ミヂ!ブシャ!
ジークの手足からGの手脚が飛び出す。
シュカカカ!
ジークがジュレスへと向かって駆ける。だが距離は遠く、間に合わない。
「最強装備!」
シュウウウウン!
ジークが叫ぶと同時にジークの体はブレ始める。残像を作り出しながらジークが駆ける。
ドヒュウ!ドッ!
ジークがジュレスを捕まえるも、そこは既に崖下。
シュウン!
落下しながら着グルミを収納、ジュレスの腹部に片腕を通して体を支える。
ガシッ
ジュレスを抱えたまま、ジークはかろうじて崖下のでっぱりにつかまることができた。
「う…ん…。」
槌猪の突進の衝撃による一時的な気絶状態から、ジュレスが覚醒した。
「はっ、こ、これは!?」
ジュレスの眼下に広がるのはレイゲラ峡谷の底、屍が動き出して舞う、死舞の谷の底である。
ジュレスは自分が誰かに抱えられているのに気づき、上を見ればジークの顔がある。
「あ…、すまない、助かった。」
「礼はいいから俺に捕まってくれ。重いんだ。」
「お、重っ!?それは鎧がっ、て…」
ジュレスは自分が下着姿であることに気づいた。
「なっ、なっ、なんで!?」
「鎧は重い。」
「それはそうだが!布の服くらいあるだろう!?」
「ああ、悪い。」
シュウン
ジュレスの足に靴下が装備された。
「なんで靴下だけなんだ!」
ジュレスが腕をブンブンと振って抗議したその時、風が吹き、死舞の谷の底から空気の黒い濁りがほんの少しだけ払われた。
ウゾ…ウゾゾ…
死舞の谷の底に、無数の影が蠢く。
「うぅぅううう」「ああぁあぁあ」
腕が千切れていたり、目玉の飛び出している者もいたり、蠢いていたのは人の死体であった。




