異世界における他殺死ガイド23
― ヌベトシュ城 地下牢 ―
サーリアは羽織っていたカーディガンを救世主に渡した。救世主はそれを腰に巻く。レースなのでやや透けている。
サーリアはそれを気にしない素振りで救世主へ訪ねる。
「あのう、救世主様のお名前を伺っても良いですか?」
「俺の名前? 名前は……そうだなあ、どうせならカッコイイ名前で呼ばれたいな」
「?」
「不死身の……なんて言ったっけ? そうだ、ジークフリートだ。長いからジークがいいな。勇者ジーク、どう?」
「勇者、ジーク様」
サーリアは興奮した(何に?)面持ちでジークの名を呼んだ。
牢の外が騒がしくなる。
「姫!」
妖術師クロマが部下を従えて地下牢へと入ってくる。
「あ、クロマ……」
「ここに近寄ってはならぬと……誰だ貴様は!」
ジークの姿を認めるとクロマの部下たちは剣を抜き、牢の中へと入っていく。
「待ってクロマ! この方は勇者ジーク、召喚の儀で召喚された救世主様です」
「なんと……この者があの肉塊だというのですか?」
「そうです。皆剣をしまって」
ジークはクロマを指差した。
「お前……覚えてるぞ、嫌な奴だ」
「不幸な事故だったのです。あの状態からここまで再生できるなどとは思わなかった。お許し願いたい」
「嫌だね。あんた達何かに困ってて、それを解決するために俺を召喚したんだよな? 何を頼まれようが聞いてなどやるものか。あ、でもサーリアの頼み事なら聞いちゃうかも」
「……」
クロマが部下に目配せする。
すると部下が動き出し、ジークの両手を拘束する。
「あ! なんだお前達! 止めろ! 腰に巻いた服が落ちるだろ!」
「な、クロマ、一体何を!?」
ハラリ
「ク、クロマ! 止めさせて!」
サーリアは顔が真っ赤である。
「姫、召喚された者が暴走しないように抑える術があるのをご存じですかな?」
クロマは懐から輪っかのようなものを取り出した。
「そ、それは一体……」
クロマはジークの後ろに回り、輪っかをジークの首へとはめる。
ガチャ
「なんだこれ! 外せ!」
「放してやれ」
クロマが命令すると部下たちはジークを解放した。
「はあ、まったく」
ジークは落ちた布を再び腰へと巻いた。
「その魔道具は指定された主の命令を聞かなければ締まるようになっています。そして、指定されている主は今は私です」
「なんてことを! すぐに外しなさいクロマ!」
「ジーク殿には明日、王に謁見いただき、魔王の存在確認及び討伐の命を受けていただきます。そのために必要な措置です。わかっていただきたい」
「こんなもの無くてもジーク様は私たちを助けてくれます!」
「姫を連れていけ」
クロマの部下たちが姫の両脇を抱える。
「あっ、離しなさい!」
「こらお前ら! 姫が嫌がってるだろう!」
ジークが部下たちに近づく。するとクロマがジークに向かって命令する。
「そこで止まれ」
ジークがそれを無視して歩いた瞬間、ジークの首の輪っかが締まりだす。
「ぐっ!? ぐええええ!」
膝を突き、首を掻きむしるジーク。ジークの首に輪っかが締まり、ジークの目が充血しだす。首にも出血が見られる。
「ジーク様!?」
「止まれ。死ぬぞ?」
「ぐぇぇ……」
ジークはその場に座り込んだ。すると輪っかの締まりが緩くなっていく。
「明日の朝、王の間に連れていく。おとなしくしていろ。ああ、服は用意させる」
クロマたちがサーリアを連れて牢を出ていく。
「クロマ! こんなことをして、問題ですよ!」
「姫にはここに近づかないように言っておいたはずです。ここに来られたのはメイドの娘の手引きですかな? そちらは問題ではない? メイドを処分しましょうか?」
「く……」
ガシャアン
牢の戸が閉められる。後に残されたジークは首をさすっている。
「まったく、酷い奴らだ。……ん? これは……」
***
― ヌベトシュ城 王の間 ―
赤い絨毯の先、三段ほどの階段の上には豪華な椅子が二つ。片方にはグロツ王、もう片方にはサーリア姫が座っていた。壁にはタペストリーや幕が張ってあり、二つの椅子の両脇には蝋燭立てが並ぶ。上を見れば美しい絵が描かれており、荘厳な雰囲気である。
部屋には鎧に身を包んだ騎士が何人もおり、それを率いる上級騎士が一番前に立っていた。そして、サーリア姫の近くにはメイドが、グロツ王の近くには宰相の男と妖術師クロマが立っている。
ガチャ
大きな扉が開き、兵士に連れられてジークが中に入ってきた。ちゃんと服を着ている。グロツ王とサーリア姫の前まで歩き、跪く。
サーリアは不安そうな顔でジークを見ている。
「おお、そちらが救世主の、ジークと言ったか?」
「……」
クロマが一歩前に出て命ずる。
「ジーク、答えるのだ」
「……。ぐっ!」
ジークの首の輪っかが締まる。
「わかったよ。そうだ、俺がジークだ」
上級騎士が叫ぶ。
「王に向かってなんと無礼な!」
「良い」
王が上級騎士を抑えると、ジークに向かって話し出す。
「此度の召喚では酷い目に合わせてすまなかった。まさか、あのような事態になろうとは。何しろ禁術でほとんど記録が残っていないのだ。悪意はなかった、許してほしい」
「……」
「ジーク」
「ああ、煩いな。命令は止めろ。わかった、許すよ」
「感謝する。では今回の召喚を行った理由から話そう」
ジークは王に掌を向け、抑止する。
「いや、いい。それより俺を元の世界に戻してくれ」
「ジーク様!?」
クロマが口を開く。
「それは出来ない。元の世界に戻す方法は無い」
「クロマ、それは本当ですか!?」
サーリアが驚いている。
「はあ、勝手に召喚して酷い目に合わせて、さらには元の世界に戻す方法も無いと来た。その上で俺に何かして欲しいって、虫が良すぎないか?」
「すまぬ。だが、もういくつもの町や村が犠牲になっている。我が国の力だけでは事態を解決できぬのだ」
「関係ないね。俺は好きにさせてもらう。酷い目に合わせたお詫びに、金をくれるって言うなら貰ってやってもいい」
「貴様!」
上級騎士が剣を抜き、ジークへ向ける。
「おっと、丸腰の相手に武器を向けるのか? まあ、武器はあるんだが」
ジークが手を目の前に持ってくる。
ミヂ……ブシャ!
ジークの腕から棘棘した虫の腕のようなものが飛び出た。先端には鋭い爪が付いている。
「化け物め!」
上級騎士がジークへと切りかかる。
「待って! 止めなさいジュレス!」
バシ!ドカ!
ジークが上級騎士の剣を受け止め、蹴り飛ばす。転んだ上級騎士の兜が落ちた。
「ぐはっ!」
「止まって見える。虫の動体視力ってのは凄いな」
ジークの手には剣が握られていた。クロマがジークに命令する。
「ジーク、剣を離せ」
「嫌だね」
ギリリリ!
ジークの首に輪っかがめり込む。
「ぐっ! はは!」
「何がおかしい。とっとと剣を離せ」
ジークは自分の首に剣を当て、引いた。
「きゃあああ!」
サーリアは顔を手で覆った。
ブシャアアア!
ジークの首から血が迸る。
「気でも触れたか! 回復術死を呼べ!」
ミヂミヂミヂ
ジークは首の輪っかを切れた傷口に通していく。噴き出していた血は既に止まっている。今度は首の反対に剣を当てるジーク。
ブシ! ゴリリ!
「骨が……固いな。」
男が自分の首を剣で裂いている。悪夢のような光景に部屋の全員が目を背ける。
ミチ、プシ! カラン
遂にジークの首から輪っかが外れた。そこには血だらけだが、繋がったままのジークの首があった。




