異世界における他殺死ガイド22
水柱から現れた白い触手の先端は菱形に大きくなっており、鍵爪のような棘が付いていた。
ドシャア!
大きな触手が船の上に落ちてきた。
ガリリリ!
棘が船の縁や貨物に引っかかる。
ギィィ
「うわっ!」
船が傾けられ、シドが転がる。
ザバアアアア
触手の本体が姿を現す。
見ていると不安になりそうな巨大な目。先端に三角形のヒレがある筒状の体。
巨大な烏賊だ。大海蛇の体はこいつに食われたのか。
船長がその姿を見て震えている。
「し、白い、悪魔……」
強そう。
「……ついてねえな」
ダルトが渋い顔をしている。
「厄介な相手か?」
「大海蛇なんざ比じゃない」
確かに、触手の一本で大海蛇の大きさがありそうだ。
烏賊の触手が持ち上がる。
「来るぞ!」
ダルトと俺が飛びのく。そこへ触手が振り下ろされた。
ドガア!
船の床が抉れる。
こんなのに纏わりつかれ続けたら船が持たない。
「ダルト、もう一度あの大海蛇を貫いた技を使えるか?」
「ああ、だがこいつを貫くとなると、時間が要る」
「任せろ」
ダルトが触手を避けながら烏賊の本体に近づく。触手の一本がダルトに迫る。
ギャリイン!
鉄の爪で弾く。
コオオオオ
ダルトの体から蒸気が上る。
ギャギャギャリイン!
次々襲い来る触手を鉄の爪で弾いていく。
大海蛇の時と違い、攻撃頻度が段違いだ。だがまだ持つ。
ギィィ
船が傾く。
「うわぁっ!」
転がって船の縁に頭をぶつけ、頭を押さえているジオ。
ザバァ!
ジオの後ろ、海の中から何かが飛び出る。口だ。鋭利な牙が並んでいる。
ジオは気づいていない。
周りの動きがゆっくりになった。考えるより先に体が動く。
口はジオへと進む。口がジオへと進むより早く、俺は走った。
「ジオ!」
ドカッ!
「うっ!」
間一髪、ジオを突き飛ばした。
ガッ!
腕を噛まれた。
「ぐうっ!」
ミチミチ……ブチィ!
ガシャ!
鉄の爪が船の床に落ちる。
「ザトー! くそっ! 新手だと!?」
ダルトが叫ぶ。見れば鰐のような大きな口を持つ魔物が船の縁に体を預けている。
「鉄貫!」
ダルトが烏賊に向け、溜め技を放つ。
ズシャア!
衝撃波がこちらへ届く。
「グオオオ」
烏賊の本体は健在だった。
「くそ! 足りなかったか!」
ドガァ!
振り下ろされた触手をダルトは避けた。
「ガアア!」
鰐のような魔物が大きな口を開け、俺に襲い来る。
バリ!バシャアアアン!
「グギャアアア!」
突然の雷光。鰐の体がバリバリと青白い光に包まれている。
ザバァ!
鰐は船の縁から落ち、海へと潜った。
パリパリパリ
ジオの体が帯電している。
「……ジオ、それは?」
「ザトー、俺は、俺を捨てたあんたを見返してやりたかった」
ジオは俯いている。
「そのために、鍛えたんだ」
「そうか……」
ドス ズルル
俺は船の縁に座り込んだ。
「ザトー!」
ジオが駆け寄ってくる。
ドプ ドポ
抑えても出血が止まらない。俺の右腕は鰐に噛み千切られていた。
「誰か、治療できる人を呼んでくる!」
「待てジオ」
これはチャンスなんだ。やっとジオから離れられる。
「この出血だ。助からん」
「そ、そんな!」
ジオが目に涙を貯めている。
「任務完了だな」
ジオの頭に手をやる。出血を抑えるのは止めた。意識が朦朧とする。
ドっ!
ジオが俺の胸を叩いた。うっ、このままジオに殺される流れは無いことを願う。
「ザトー! 俺はあんたに!」
ジオの目から涙が溢れる。
「一人前になった俺を、褒めて、欲しかったんだ!」
ジオが俺の胸に顔をうずめる。
手でジオの頭を撫でる。ジオと離れたくない。この願いはザトーのものか、それとも俺の……。
「まだまだ……だな……」
手から力が抜ける。
「ザトー……? ザトー! ……!」
意識が保てない。失血時の意識消失は早いのか?
俺は鰐のような魔物に腕を噛み千切られて死んだ。
◆
ゴポッ
俺は先刻まで乗っていた船を下から見上げていた。船には巨大な烏賊が巻き付いている。
■■■
貨物船の上、精鍛な顔をした男の死体に縋り付き、少年が泣いている。
貨物船に巻き付いた巨大な烏賊が触手を振るう。
ドガ!
「ぐあ!」
槍使いの男が触手の直撃を食らい、吹き飛ばされて貨物に突っ込む。
メキメキメキ
貨物船の船体が嫌な音を立て始めた。烏賊が船を締め付けている。
このまま烏賊に攻撃を通せなければ船が沈むのは時間の問題であった。
と、その時
ザバア! ガシュ!
「グオオオオオ」
烏賊の筒状の体に鰐が噛みついた。烏賊はたまらず触手を船から離し、鰐に巻き付けた。
「何……だ?」
槍使いの男は槍を杖代わりに立ち上がり、魔物同士の戦いを見守る。
ドパァァアン
烏賊と鰐は船から離れ、海へ沈む。
ザバア!
二匹が海から飛び出す。
「グオオオオ」「ゴガアアア!」
烏賊は噛みつかれたところから出血しており、鰐は触手で攻撃されたのか、背中がボロボロである。
バシャア!
二匹が暴れる影響で波が発生し、貨物船を叩く。
「うおおっ」
ドバアン!
再び二匹は海へと沈む。
ザバザバと海面が波打つ。水面下では二匹が戦っているのだろう。
やがて波打ちは収まった。
ドザアアアア
海面から姿を現したのは烏賊だった。
「はあ、相打ちになってくれりゃ良かったのにな」
槍使いの男は槍を構えた。
「……」
しかし、烏賊は襲い掛かってこなかった。
見ていると不安になりそうな巨大な目で、船の上を見ている。
「……?」
ゴガ!
船が揺れる。
ザバアアア!
船を挟み、烏賊の反対側から現れたのは巨大な亀だった。亀の口には四本の大きな牙が生えている。
ザバアアア!
船の後ろには巨大な海蛇が姿を現す。
「な……んだ、こりゃあ……」
船を囲むのは巨大な魔物達。絶望の光景である。
「グオオオオオ」
烏賊が触手を振るった。
「!」
ドギャ!
「ガアアア!」
船を襲うかと思われた烏賊の触手は亀の体を吹き飛ばした。
「ジャアアア!」
海蛇の体にも烏賊の触手が巻き付いている。
槍使いの男は貨物船の船長のもとへと駆け寄る。
「船長! 航路に問題は無かったか!?」
「も、問題ないはずだ。ここは安全な航路上だ」
「瘴気だまりが新たに発生したか……。おそらくここは瘴気だまりの上だ」
「ガアアア!」「ジャアアア!」「グオオオオ」
巨大な魔物達は絡み合い、船から離れていく。
「船長! 奴らが争っている間にこの海域を脱出するぞ!」
「わ、わかった! お前ら! 全速だ! 逃げるぞ!」
「了解!」
船員たちが操舵へと走る。
ギュギュギュギュルルル
船が速度を増し、魔物達から離れていく。
槍使いの男が後ろを振り向く。
「GYUAAAAAAAA!」
魔物達の周りの水面が大きく盛り上がったかと思うと、巨大な口が現れ、魔物達を飲み込んでいった。




