異世界における他殺死ガイド2
猫好きの女性はアルム種と言われる亜人の冒険者であり、名をアリエスと言った。
頭に羊の様な巻き角を生やした女性が薬草を摘んでいる。
「よし、採取は終わりだ」
アリエスは薬草を摘み終えた。
薬草の採取に来た森で、俺が襲われている場所にたまたま出くわしたようだ。
「クロ、私と一緒にくるか?」
俺は黒猫なので、クロと名付けられた。
アリエスの防具は軽装だが、上質な皮と金属製の胸当て、腰に下げた剣もまた、非常に上質なものに見える。ややランクの高い冒険者なのではなかろうか。
印象的に、悪人ではなさそうだし、俺はアリエスに付いて行く事にした。
「にゃー」と答え、そばに行く。
「おおそうか、ついてくるか。愛いやつめ」
アリエスは屈んで俺の首を撫でてくる。
俺はゴロゴロと喉を鳴らす。アリエスは癒されて、俺は気持ちが良い。Win-Winの関係と言う奴だ。
なんだか猫が板についてきた。体は心の器と言うし、仕方が無いのだ。
***
アリエスと一緒に森の中を進んでいると、なにやら気配がする。人の気配。それも複数だ。
囲まれている。アリエスも気づき、表情を険しくする。
「何のつもりだ?」
アリエスが立ち止まり、声をかけると、ぞろぞろと男達が姿を現す。
男達の中でリーダーらしい男が口を開く。
「お前が悪いんだぜアリエス。おとなしく俺に従ってりゃあ、こんなことをせずに済んだ」
「ヴィクター」
アリエスとヴィクターの間には、何らかの軋轢があるようだ。
周りの男達は皆武器を持ち、下種な表情で舌なめずりをしている。
「クロ、離れていろ」
アリエスは俺を降ろし、剣を構える。
するとヴィクターが小さな檻を取り出し、アリエスに見せ付ける。
「これを見な」
中には白猫が入っていた。
「シロ!」
アリエスは狼狽し、駆け寄ろうとする。
「おっと、動くなよ? ぐさりと行くぜ?」
ヴィクターはシロにナイフを突きつける。
「くっ」
「こいつの命が惜しかったら、おとなしくするんだな」
ドッ
アリエスは剣を落とし、俯く。
「わかった。好きにしろ」
「かはははっ、それでいいんだ」
男達がアリエスに近づく。
シャッ!
アリエスの体に伸びた手を、俺は飛び掛って引っかいた。
「いてえっ! このクソ猫が!」
「クロ!?」
「ンナアウー」
男に飛びつき、躊躇せず思いっきり噛み付き、引っかく。
「ぎゃあああ!」
俺の人生で猫の本気噛みなど受けたことは無いが、人の肉を裂く力くらいはあるようだ。
頬を噛み千切られた男が逆上し、手に持ったナイフを振りかぶる。
「や、止めろ! クロ! 逃げろ!」
ブシャ!
鮮血が飛び、俺は倒れる。
「はっ! ざまあみろクソ猫が!」
「ナア」
力無く鳴き、俺は死んだ。
◆
アリエスに鬼の形相で睨まれている。
俺は今、クロを殺した相手なのだ。
アリエスが俺に飛び掛ろうとしたところを、周りの男数人がうつぶせに押し倒し、腕を縛る。
「貴様! 許さんぞ!」
アリエスから睨まれるのは中々堪えるが、乗り移ったことを気づかれるわけにはいかない。
周りの男の一人が言う。
「へっ、威勢がいい女だ。殺す前に、楽しませて貰うぜ」
男達はアリエスを殺す気のようだ。
俺はゆっくりとアリエスを抑える男達の一人に近づき、ナイフで首を切った。
「あ?」
さらにもう一人の首にナイフを刺す。
「ぐ!?」
もう一人を狙う。
「て、てめえ何してやがる!?」
気づかれた。
ナイフを腰だめに、気づいた男へと突進する。
ドス!
「ぐげぇ!」
残りはヴィクターを含めて3人。
「こいつ、狂いやがった!」
ズバッ
剣で体を袈裟切りにされた。致命傷だ。
気をつけなくてはいけない。
致命傷を受けたらおとなしく殺される必要がある。
下手に相手を殺してしまったら、乗り移る先が無くなってしまう。
剣で心臓を一突きされ、俺は死んだ。
◆
再び乗り移った俺は、先ほどまで俺だった死体を見ている男を、後ろから剣で突き刺した。
「ぐがっ!!」
残るはヴィクターのみだ。
「なんだ!? なんだこれは!?」
ヴィクターは混乱している。
無理も無い。いきなり仲間が同士討ちを始めたのだ。
俺がヴィクターに切りかかると、ヴィクターはシロの入った檻を投げ出し、俺の攻撃を剣で防いだ。
ガギ!
「おい! 正気に戻れ! 何をされたんだ!」
俺は何も言わない。
ヴィクターに蹴り飛ばされる。ヴィクターは俺より強いようだ。
立ち上がり、切りかかる。
「くそ!」
ヴィクターの剣が一閃する。
想像したよりヴィクターは強かった。視界がズレる。
俺は頭を切り裂かれて死んだ。
◆
ヴィクター達は全滅した。
アリエスは立ち上がっており、怪訝な表情で俺を見ている。
危機は去ったことを説明するには、俺がクロだと説明する必要があるが、説明しづらい。
そうだ、アリエスは腕を縛られていた。解いてやらなくては。
アリエスに近づく。
パラッ
アリエスの腕を縛っていたロープが解けた。自分で解いたようだ。
アリエスは何かを俺に向かって投げた。
その瞬間、腹に衝撃を受けた。見るとナイフが刺さっている。熱い。
アリエスはクロの死体を見て震えていた。
「ヴィクター、貴様」
駄目だ。
「待て、駄目だ、俺を殺すな」
腹を抑えて後ずさる。
アリエスからしてみれば、自分を襲いに来た連中が、クロを殺した後、勝手に仲間割れして殺しあったようにしか見えないだろう。この状態で説明しても、聞く耳を持ってくれそうに無い。
アリエスは剣を拾い、ゆっくりと俺に近づいてくる。
まずい。このままではアリエスに乗り移ってしまう。
逃げなくてはいけない。
腹を抑えたまま、アリエスに背中を見せて走り出す。
ズバッ
「ぐあっ!」
背中を切られた。まずい。まずい。
「逃がさん」
足をもつらせて転がり、倒れこんだ俺を睨むアリエス。
止むを得ない。
腹からナイフを引き抜き、首に当てる。
俺は自殺する。
これで俺はこの世から去ることになるが、アリエスに乗り移ってしまうよりはマシだろう。
「何を……!?」
自殺を図ろうとしている俺を見て不思議に思ったのだろう、アリエスは目を見開いている。
……いや、俺の後ろを見て驚いている?
俺の体に影が落ちる。何かが後ろに
グシャ
俺は何かに潰されて死んだ。
◆
「確か、ヴィクターとか言ったか、なんという役立たずだ。これだけ人数をそろえておいて、小娘一人殺せんとは」
木の陰から怪しげな黒いローブに身を包んだ男が出てくる。
アリエスは後ろに飛びのき、男を睨む。
「誰だ!?」
「ああ、アリエスお嬢様、それをあなたが知る必要は無い。あなたはこれからこいつに食い殺されるのだから」
言いながらローブの男は俺を見る。
アリエスが俺を見て呟く。
「鉄爪狼、こんな魔物を従えるとは……」
鉄爪狼、前足にでかい鉄の爪を持つ、大きな狼の姿をした魔物。
高ランクの冒険者が複数居てやっと倒せるくらいの、凶悪な魔物だったか。
「では、さようならだ、お嬢様」
ローブの男がアリエスに向かって腕を振る。
「!」
アリエスは剣を前に身構える。
……。
「どうした? 早くあの娘を食い殺さぬか」
ん? ……あ、ああ俺か。俺が鉄爪狼か。
ザシュ!
俺は前足についているでかい鉄の爪で、ローブの男を切り裂いた。