異世界における他殺死ガイド19
ゴトゴトゴト
俺は今港町、ポルトへと向かう馬車に揺られている。
揺られながらジッとしているとジオの顔が浮かんだ。頭を振ってそれを掻き消す。
もはや、俺の精神はボドボドだ。
俺は俺であるはずなのに、乗り移った体の記憶に振り回されている。
これこそが、俺の能力の最も大きな弱点であろう。乗り移った相手の記憶により、俺が塗り潰される。
やがて俺が自分が誰であったかを思い出せなくなった時、それは俺の死を意味するだろう。
というわけでこれ以上ジオと関わると病みそうなので、俺は他の大陸へ逃げることにした。
どうやっているのかわからないがジオは俺の居場所がわかるようだ。(小屋でジオを介抱した時、ウルスのペンデュラムのような物が無いか確認してみたが、それらしい物は無かった。)
魔物に殺される前にジオにちょっかいをかけられては面倒なので、船で長距離移動して、そこで殺されようというわけである。
俺はジオを介抱した後、一旦ドーツへと戻り、ポルト行きの荷馬車に同乗させてもらった。
「なあ、あんた豆食うか?」
ふいに声をかけられた。
声の主は俺と同じように御者に頼んで荷馬車に同乗させてもらった男だ。
男は手に豆を持ち、こちらへ突き出している。
「……いや、遠慮する」
この男、コミュ強か。
この状況、例えばバスに乗り合わせただけの人にグミを突き出して「食うか?」って言っているようなものだ。余程の胆力が無ければできはしまい。俺には無理だ。
「そうかい、うまいんだぜ、この豆」
男はポリポリと豆を食っている。
「俺はダルト、あんたは?」
「ザトーだ」
「ザトーあんた、いかにも只者じゃないって風体だが、冒険者か?」
「そんなところだ」
そういうこのダルトという男も只者では無さそうだ。筋骨隆々という訳では無いが、引き締まった体に無数の傷跡。まだ若く見えるのに、ベテランの冒険者の風情だ。
「あんた、ヘデラの方の話は知っているか?」
ヘデラ? 確か、グロツという国のある大陸の名前だったか。
「ヘデラがどうかしたのか?」
「いくつかの町や村が魔物の軍勢に滅ぼされたって話だ」
「物騒だな。瘴気だまりが複数同時に消滅でもしたのか?」
「いや、魔物の動きが統率されているようでな、魔物達を統べる者の存在が疑われている」
魔物たちを統べる者、それって
「魔王?」
「さあな、そんなものが本当に存在するのか知らないが、グロツの王は存在を前提に対策をとっているとかなんとか」
「対策?」
「魔薬師やら妖術師やら、怪しい連中を集めているが、何をしているのかは明かしていないとさ」
「へえ……」
ゴトゴトゴト
馬車はポルトを目指し、進む。
■■■
―ヌベトシュ城 地下牢―
ザザ、ザザー、コトン
獄吏が牢の中にスープの入った木皿を滑り入れる。
ズル、ズルルッ
「オオ……オ……」
ビチャ……ビチャ……
牢の中、肉塊が蠢めき、皿からスープを舐めとっている。
「おぞましい。このような姿でまだ生きているとは」
声の主は救世主召喚の儀の時、あの場に居た妖術師クロマであった。
「暫く餌を与えて見張れ、死んだとして、何かの実験に使えるだろう」
「はい」
「ああそれと、これを姫には見せるなよ。此度の失敗を姫は気になさっておいでだ。牢に近づけさせるな」
「はい」
部下の男たちを残し、クロマは牢を去っていった。
***
夜。地下牢であるここは明るさに大した変化はない。
コツ……コツ……
暗闇の中、肉塊の入った牢へと近づく人影がある。
人影が牢の格子を掴む。
空気穴から差し込んだ光が照らしたその顔は、サーリア姫であった。
「救世主……様」
サーリアが牢に語りかける。
牢から返事は無い。
チャリ
サーリアは牢の鍵を取り出し、牢の扉にかかった錠前を開け始める。
カチャカチャ……カキン
ギィィ
牢の扉を開けると中へと入っていくサーリア。
暗いが、牢の隅に寄っている肉塊を見つけ、そちらへと近づく。
サーリアは恐る恐る肉塊へと触れる。
見た目に加え、ブヨブヨの触感は嫌悪感を抱かせる。
だがサーリアは触るのを止めない。
「ごめん、なさい……わたしの……せいで……」
サーリアの目からは涙が溢れ出ていた。
魔物の軍勢からこの国を守ってくれるはずの救世主。そんな存在を自分のせいでこのような目に合わせてしまった。サーリアは自責の念に押し潰されそうになっていた。
「私が……召喚に失敗したから……」
サーリアが両手で肉塊へと触れる。
すると、待っていたかのように肉塊が動き出し、サーリアへと襲い掛かる。
「オアアアア」
「あ……ああ!」
サーリアは逃げなかった。これは自分への罰なのだと、そう考え、伸し掛かってくる肉塊を拒否せずに抱きしめた。
「オオ……オオ……」
肉塊は泣いていた。
悲しいのか、どこか痛いのか。サーリアにはわからない。
だが、痛みであれば、自分の力で取り去ってあげられるかもしれない。
「女神ウルスラよ、我が願い、聞き届けたまえ」
サーリアの両手から光が溢れ出す。
「この者に、再生を」
やがて光は肉塊を包む。
サアアアア
爛れていた肉が、骨など無いかのようにグニャグニャだった肉が、だんだんと人の形を取っていく。虫のような顎や脚も、肉の中に収納され、見えなくなる。
光が収まったとき、そこには眉目秀麗な男子の姿があった。
「救世主……様?」
サーリアは尻餅をついている。
男子は仁王立ちである。
必然的にサーリアの目は男子の股間の高さとなる。そして――
男子はフルチンであった。
男子はフルチンであったのだ。
「きゃああ!」
サーリアは手で顔を覆った。だが、指の間から見ていた。男子のフルチンを。
「俺の体を治してくれてありがとう」
男子は片膝をつき、サーリアの顔を覗き込んでお礼を言った。
その体勢により、男子のフルチンは強調された。強調されたフルチンである。
「ど、どういたし、まして、きゅうせいしゅ、さま」
サーリアは顔を真っ赤にし、視線を固定したまま返事をした。
まるで、フルのチンが救世主であるかのように。




