異世界における他殺死ガイド18
ザッザッザッ
赤黒いフードを被った男が少年を背負い、歩いている。
背中の少年は気絶していて動かない。
やがて赤フードの男は朽ちかけた小屋を見つけた。
小屋の中に入り、背中の少年を降ろし、壁に寄りかからせる。
男はフードごと上着を脱ぐ。フードの中からいくつもの古傷を持った精鍛な顔が現れた。
男は脱いだ服を床に敷き、少年を横たえる。
男が少年の服を脱がしていく。
たまに男が震える右手を左手で掴み、「静まれ…静まれ…」などと言っている。
中二病か。
男が少年の濡れた体を拭く。
男は何かに葛藤するかのようにもだえ苦しんでいる。
「う、うう……」
少年が呻く。
それを見ている男。
ふいに男が手の甲で少年の頬を撫でた。
途端、再び男の右腕が震え出す。
「ぐう、暗黒面が……溢れ出す……! 許さん!」
中二病か。
少年の容態が安定したところで男は周りを探る。
広範囲かつ精度の高い気配察知により、危険の無いことを確認する。
やがて男は少年を置いたまま、小屋を後にした。
「う……ん……」
少年が目を覚ます。
「はっ! ザトー! ……ここは?」
少年が辺りを見回すも、誰もいない。
「……これは」
少年は自らを包む服が赤フードの男が置いていった服だと気づく。
「あいつ! 馬鹿にして!」
バサッ!
少年は服を体から剥ぎ取り、投げつける。
「すぐに追いついて思い知らせてやる!」
少年は自分の状態や装備を確認する。
問題の無いことを確認した後、少年は小屋から出ようとして立ち止まる。
「……」
少年は少し唇を噛んだ。
「……」
少年は投げつけた服へと歩き、服を拾う。
拾った服を顔に近づける。
「……汗臭い」
- ヌベトシュ城 -
ここはヌベトシュ城の中にある、召喚の間。
巨大な魔方陣の上に10人程の人影がある。
「姫、準備が出来てございます」
「わかりました。ご苦労様ですクロマ」
クロマと呼ばれた妖術師の男は後ろへと下がり、魔方陣から出て行く。
残った8人の魔術師が囲む中心に、姫と呼ばれた女性が歩いていく。
「王国の未来はお前に託されている。頼んだぞ、サーリア」
遠くからそれを見守っているのは、この城の主であり、グロツ王国の王、グロツ王その人であった。
「姫ならば必ずや成し遂げてくれましょう」
隣に居る宰相が不安げな王を励ます。
現在、サーリア姫が行なっているのは、救世主召喚の儀である。
近年の魔物の動きから魔王の存在を確信した王は、その対抗手段として、古の昔から伝わる禁術を頼った。
禁術とされているが、書物に特に不利益が書かれていなかったため、王が迷うことは無かった。ただし、召喚を施行した者の能力によっては失敗することはあると書かれていた。
妖術師クロマが召喚に向く能力者を見つける方法を発見し、召喚施行者にサーリア姫が抜擢された。
サーリア姫が中心に辿りつくと、魔方陣から光が溢れ出す。周りの8人の魔術師が、次々に呪文を唱え出し、光が強くなっていく。
光が最高潮に達した時、サーリア姫が口を開く。
「女神ウルスラよ、我が願い、聞き届けたまえ」
シュウン!
光が収束し、上へと向かう。
「救世主召喚!」
シュアアアア!
魔方陣からより一層の光が放たれ、空中の一転を撃つ。
すると、光に穿たれた空間から、穴が広がりはじめる。
空中に真っ暗な穴が開いた。穴の縁はギラギラと虹色に歪み、だんだんと広がっていく。
穴が広がり、丁度魔方陣と同じ大きさとなった時、何かがゆっくりと穴から出てくる。
「おお! 成功か!?」
王が興奮し、椅子から立ち上がる。
ズル……ズル……
ドチャ!
穴から出た何かは、嫌な音を立てて魔方陣の上へと落ちる。
それは人の形をしておらず、血だらけの肉塊であった。
「オオ、オ、オオオオォォ……」
肉塊が苦しそうに呻く。
声のした辺りを見れば、そこには確かに顔らしきものがあった。
ぶよぶよの、爛れきった顔、よく見ると口に顎がある。顎といっても人のそれではない、虫の顎だ。
「ぎゃあああああ!」「化け物だ!」
現れたもののおぞましい姿を見て、魔術師達が逃げ出す。
サーリア姫はこの事態に声も出せずに居た。
「オ、オオオオォォ」
苦しそうに、悲しそうに歪む肉塊の顔。
手と思しき場所には節足動物の足のような黒いとげとげしたものが生えている。茶色く透けた羽のようなものも見える。
「私は、なんということをしてしまったの……」
サーリア姫は肉塊に近づき、手を触れようとする。
「姫、危険ですぞ!」
魔術師の一人が割って入り、姫を遠ざける。
「でも……」
「此度の召喚は失敗です。召喚の際、何かと混ざったのでしょう」
魔術師が恐ろしいことを口にする。
混ざったとは? 何と何が? サーリアは怖くて聞くことが出来ない。
その時、空中の真っ暗な穴が揺らめいた。
その場の人間が見上げていると、だんだんと穴の色は白んで行き、灰色の穴となる。
「な、何故穴が閉じないんだ?」
召喚は終わった。直ぐに穴は閉じるはずだと魔術師達が疑問を口にする。
「オッ、ゴ……オゴオオオオォォォオ!」
肉塊の悲しそうな声が部屋にこだました。
※ザ・コックローチ 召誕!




