異世界における他殺死ガイド17
スクラの森の瘴気だまりの中心だった場所。
氷で覆われた森の中、フギンがザラメに片手で持ち上げられている。
「は、は、はくっひ!」
「おぬしは変なクシャミをするのう。毎回クシャミに失敗しているかのようじゃ。見ていてストレスがたまる」
「ひどい」
フギンはブルブルと震えて寒そうである。
「マギィ、この惨状は一体なんじゃ? 危うくフギンが死ぬとこじゃったぞ」
マギィと呼ばれた大きな三角帽子の少女は憤慨した様子で答える。
「だって! プロストが私のお尻触ったのよ!」
ザラメのギザギザな歯列が剥き出しになる。
「なんじゃと!? それは捨て置けん、プロストはどこじゃ!」
マギィが指差した方向には氷塊の中で微笑む男の姿があった。
ギラッ
ザラメの目がギラついたかと思うと男が入った氷塊に亀裂が走る。
ビシィッ
ピキピキピキ、バキャアアン
氷とともに男の体は砕け散ったかに思われたが、男は平然とその場に微笑んだままである。
「プロスト! おぬしついにマギィに手を出しおったか! 幽閉じゃ、幽閉の刑じゃ!」
プロストは両手を挙げて弁明する。
「誤解だよザラメ、マギィが転びそうになったから、支えてあげただけだよ」
「背中を支えるなり腕を掴むなりあったじゃろうに! 臀部を支えたおぬしに弁明の余地は無い!」
「待ってくださいザラメさん。体勢的に仕方の無い時もあるでしょう。私はプロストさんは止む終えなく臀部を支えたのだと思いますよ」
「そうだよザラメ、僕は紳士だからね。ノータッチは基本だよ。だが必要であればタッチも辞さない。あれは仕方が無かった。必要なタッチだったんだよ」
「私はプロストさんのそういうところだけは信じています。そういうところだけは守る人なんです」
「なんなんじゃおぬしら!」
フギンがマギィに語りかける。
「マギィさん、プロストさんはマギィさんが転ばないように支えただけなんですよ」
「なんだ、そうだったのね! 支えてくれてありがとうプロスト!」
マギィがプロストに駆け寄り、プロストの手を両手で持ってブンブンと振る。
「どういたしまして」
プロストは微笑んでいる。
「はあ、もういいわい。マギィ、あれの焼却を頼む。終わったら撤収じゃ」
ザラメが顎で差す先には丸く、大きく、赤いグロテスクな肉の塊がある。
肉の塊は中心で割れており、ドロドロとした黄緑色の中身が流れ出ている。
「わかったわ!」
マギィが駆け足で肉の塊へと近づく。
両手をかざすとその手から炎が噴出す。
ゴオオオオオ!
見る見るうちに肉の塊及び中身は焼却されていく。
「そろそろ降ろしてくれませんかザラメさん」
フギンがザラメの手の上からザラメに語りかける。
「ん? おおすまん、忘れとった」
「ひどい。後、ザラメさんも今私の臀部に触っていますね」
「やかましい」
■■■
瘴気だまりの中心に向かって歩いていた俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
周りは氷だらけで寒いし、鳥肌か?
だが中心に向かって歩けば歩くほど、全身がザワザワしてくる。
この感じは鉄爪狼の時にあった。ザラメとかいう女性を見た時だ。
瘴気だまりの中心には何があるというのか。もう少しで中心だ。氷の密度が高くなっている。この氷は中心から広がったのだ。
瘴気だまりの中心を囲むように円状に広がった氷、その間を抜けると少し開けた。
そこに居たのはそのザラメだった。俺はとっさに身を隠した。体中のザワザワが止まらない。あの女性は何故だか苦手だ。
フギンとかいう男もいる。何故かザラメの手の上に座っている。
魔法使いらしき少女が何か言っている。奥には氷漬けになった男の死体がある。
ザラメが睨むと氷が割れ、中の男が粉々に、ならずにそのまましゃべりだした。奇怪な4人組だ。
だがそれよりも、その4人の向こうに見えるあれはなんだろうか。
そこには丸く、大きく、赤いグロテスクな肉の塊がある。肉の塊は中心で割れており、ドロドロとした黄緑色の中身が流れ出ている。
まるで何かの蛹が孵る前に破壊されたかのようだ。
あれが瘴気だまりの大元なのか? ザラメ達はそれを壊した? 瘴気だまりを消すために? 何故?
ドロドロの黄緑色の中に人骨のようなものが見えた気がした。気のせいだろうか?
魔法使いの少女がその肉塊を魔法で焼き始めた。凄い火力だ。
あれでは何も残るまい。調べても好奇心を満たせる情報は得られ無さそうだ。
ザラメにあれは何だと聞くのは嫌だ。本能が彼女と関係することを拒否する。俺は4人に見つかる前にそこを去ることにした。
***
スクラの森から出る前に、念のためジオが無事拘束から抜け出せたかを確認しておく。
ジオを拘束した場所に行ってみるとジオはまだそこに居た。
ちょっと拘束が強すぎたか。確認しに来て正解だった。
気配を殺してジオに近づく。
ジオの様子を見るとなんだか様子がおかしい。
「ンッ! グ、ンゥム!」
もがいている。
よく見ると体を何か液状のものが覆っている。
液状の魔物に襲われているようだ。
「ンウウウー!」
高揚したように赤く、濡れた頬、張り付いた服、苦悶の表情。
実に、雅である。
っんん止めろお!
何でこういう場面で襲われているのが男なんだ!アリエスの時にあるべきイベントだろうが! ※ごめんなさい
これ以上の観賞は危険である。俺はすぐにジオを拘束する糸を切ることにした。
ガシュウ!
鉄の爪で氷ごと糸を切り裂いた。
自由になったジオは口のまわりに迫っていた液状の魔物を自分で剥ぎ取る。
ビチャ!
「グ、ゴホッゴホッ! ハア、ハア……」
ジオの目は朦朧としている。
「ザ、トー……あんたは……俺が……」
ドサ
ジオが倒れた。
液状の魔物が何か分泌でもしていたのだろうか。昏倒したようだ。
ジオをここに置いていくわけにはいかない。また液状の魔物に襲われたりしたら大変だ。
背負って安全圏まで運び、容体が回復するまで診る必要があるだろう。
……危険だ。




