異世界における他殺死ガイド15
俺は今ドーツの町の飲食店「おごそか」で握りこぶしおにぎりハンバーグを食べている。握りこぶしおにぎりフェアとか言うお得なセットだ。
目の前で肉を焼いてくれるのだが、油が跳ねる。本来(本来?)は紙で油跳ねから身を守るのだが、紙などないので油は直撃である。
店員がナイフで肉を半分に切り、フォークで鉄板に肉を押し付けて焼く。
ジュウウウ!
熱ッ! 熱ぅい!
店員が焼いた肉にオニオンソースをかける。蒸発したソースの匂いが鼻腔をくすぐる。
食欲の暴走により、唾液が噴き出す。
「鉄板お熱いのでお気をつけ下さい」
店員が去ったあと、俺は肉をナイフで切り分け、フォークで口に運ぶ。
肉の香ばしい香り、旨味、酸味、甘味が絶妙なバランスで鼻と舌を楽しませる。
旨い。
本当は焼肉を食いたかったのだが、店が無かったのでこちらにした。正解だったようだ。
これから俺は魔物に殺されるため、瘴気だまりに向かうつもりである。その前の腹ごしらえに飯を食っている。
俺の能力には弱点が多い、餓死はその内の一つだ。
どこかに閉じ込められて餓死に追い込まれたとか、そういう状況であれば閉じ込めた相手が乗り移りの対象となりそうだが、俺が勝手に樹海などで迷って餓死したとしたら、乗り移る対象は居ないことになるだろう。俺にとって食料と水分の確保は非常に優先度が高い。
ウルス達と別れた時、俺は暗殺者ギルドから狙われる立場なので、待っていれば誰かが殺しに来るだろうから、適当に旅でもしようかと考えていた。
が、その場合殺しに来た相手を殺してしまうことになるわけで、どうみてもクズみたいな奴が殺しに来れば良いが、そうでない相手だった場合、罪の意識に苛まれそうだと気づいた。ならば魔物に殺されようという訳である。
ただし、自殺と判定されないように気を付ける必要がある。魔石の採取が目的という体で向かうのが良いだろう。
店内で食事をしている他の客の会話が聞こえる。
「スクラの森の瘴気だまりが消滅したって話だ」
「なんだって? ここ最近の混乱はそれが原因だったのか?」
「暫く南の方にはいかないほうがいいな」
瘴気だまりが消滅することがあるということは知っている。その時、瘴気だまり中心付近にいた強い魔物が外へ出てくるので危険だということも。
しかし、スクラの森か。
確か、鉄爪狼の生息域はスクラの森の奥である。あわよくば鉄爪狼に殺されて、またアリエスに撫でてもらおうなどと考えている俺がいる。
この考えが強いと自殺に判定されてしまうかもしれない。これは良くない。
邪念を払うように首を振り、肉にかぶりついた。
***
食事を終えた俺は食料等を買い込むため、市場へと向かった。
町を歩いている途中、妙な気配を感じた。
鉄爪狼の広範囲気配察知に加え、ザトーの暗殺者としての知識から、それが俺を狙ってやってきた刺客だと分かった。もう来たのか。早い。
気配からザトーを一方的に圧倒できるような実力の持ち主ではないようだ。
だが相手によっては殺されても良い。どんな相手か確かめるため、俺は路地裏へと足を運んだ。
路地裏の行き止まりで立ち止まり、刺客へと話しかける。
「出てこい」
……。
中々出てこない。なんだか俺がいつも路地裏で「出てこい。」って言って刺客が来ていないか確かめてるみたいになってる。
「そこにいるのはわかっている」
刺客の気配のある建物の影を見て言ってやる。
……。
早く出てきて欲しい。
ザス
暫くすると建物の影から黒いフードで顔を隠した男が姿を現した。
「流石だな、これだけ気配を消しても気づかれるとは」
男はフードを外し、顔を露わにした。
その顔は少年とも少女ともつかぬ中性的で、かつ美しい造形をしていた。
服装を見ればぴちっとしたズボンを履いており、その脚は細く腰から太ももにかけて流線形で、ともすれば女性のようにも見える。
しかし、こいつが男であることを俺は知っている。ザトーの記憶だ。
「ジオか」
「ザトー、どうして裏切った?」
「……」
俺は答えない。
「俺にはあんたが裏切るなんて、とても信じられない。しかも部下を皆殺しなんて。何があった?」
「……」
「答えないのか」
チャキ
ジオは両手に短剣を逆手に構えた。
ザトーの記憶からすればジオはクズではない。それどころかとても良い奴のようだ。ジオに殺されるわけにはいかない。この場をしのいで逃走することを決めた。
シュザッ!
ジオの短剣が眼前に迫る。だが俺もその短剣の下に短剣による攻撃を繰り出す。
それを察知してジオが俺の短剣のさらに下に短剣攻撃を繰り出す。俺はそのさらに下へ短剣を繰り出し、ジオはさらに下へ……。
この意味の分からない攻防の理由は、相手の刃の下をくぐって繰り出す暗殺の技があり、お互いにそれを知っているため、相手より刃を下にしようとするのである。
さながらそれは社会人が相手に名刺を差し出すとき、謙虚さを示すために相手より名刺を下に出そうとするかの如くである。
シャシャシャシャ
ガッ!
やがて地面が来てこれ以上下に刃を出せなくなった俺はジオのナイフをナイフで受け止めた。
「気配の消し方も、殺し方も、あんたに全て教わった」
ジオはザトーの部下だった。それも熱心に技を教え込み、汚れ仕事はさせず、壊れないように丁寧に丁寧に育てた部下だ。
「どうして、おれを捨てた?」
ギィン!
刃を跳ね上げ、距離を取る。
ザトーはジオを遠ざけた。理由は…理由はなんだろうか?俺の受け入れていない記憶のようだ。
「俺は、あんたを父親のように思っていた!」
ジオは体を前傾にし、俺に突っ込んでくる。前掲の角度は45度。その角度から、ジオの心が伝わってくる。
殺しの角度は次のような意味を持つ。
15度(通りすがりの殺し)
30度(一般的な殺し)
45度(謝罪や感謝を込めた殺し)
ジオがナイフに込めたのは謝罪か、感謝か。
ギャリイン!
ジオのナイフを鉄の爪で弾いた。
「くっ!」
悔しそうなジオの顔を見た途端、俺の頭にフラッシュバックのように記憶が流れ込んでくる。
俺は乗り移った相手の記憶の一部を受け入れると思っていた。だがそれは間違いだったかもしれない。全ての記憶を受け入れて、その大部分を封印しているという可能性。
これはその証左か、流れ込んできた記憶はジオの記憶だ。
笑いかけてくるジオ。
怒って頬を膨らませているジオ。
カエルに驚いて目を丸くしているジオ。
そして、涙を流し、悔しそうな顔でこちらを見ているジオ。
キラキラしていて、触れれば壊れてしまう。そんなイメージの湧く記憶。
これがザトーがジオを遠ざけた理由である。
……俺はノンケだ。




