異世界における他殺死ガイド12
アリエスから拝借したペンダントには魔石が埋め込まれていた。
それは常に一定の魔力を放出していて、この魔力に引かれる魔石を使う事で追尾が可能なのだそうだ。
こんなものを送るなんて、アリエスの兄は昔から暗殺を考えていたのかと戦慄したのだが、実はシスコンを拗らせていただけだった。
冒険者になりたいと出て行ったアリエスがどこに居るのかを常に感じたいがために送ったのだとか。
変人だ。
アリエス暗殺を狙っていたのはアリエスの兄ウルスではなかった。狙っていたのはウルスの母、カトリーヌであった。
ウルスとアリエスは腹違いの兄妹である。ゴルト伯もカトリーヌも亜人ではないため、ウルスの頭にアリエスのような巻き角は無い。
ゴルト伯がすごくアリエスを気に入っていたので、危機感を感じたカトリーヌが、独断で今回の犯行に及んだらしい。
ああそうだ。アリエスはゴルト伯の娘だった。ザトーの記憶を受け入れたためか、知って驚いたという感動は無く、気づいたら既に知っていたという感覚。やや気持ちが悪い。
アリエスをドーツの宿屋に送り届けた後、俺はすぐにゴルト伯の元へと向かった。
屋敷に忍び込み、たまたまそこに居たウルスにアリエス暗殺依頼のことを伝えると、ウルスが怒った。
無表情でとんでもない速さの剣閃を繰り出してきて、俺は危うくアリエスの兄となってしまうところだった。
「このままではアリエスと血が繋がってしまうー!」とか、なんだか倒錯的かつ魅惑的な響きが……。
やめよう。
ペンダントとペンデュラムを渡すとウルスは冷静になった。
そのまま話を聞いてくれたので、カトリーヌの元へ報告に行き、決定的な言質を取るという流れになった。
ペンダントはアリエスに返しておこうかと聞いてみたら、「一旦私が預かります。アリエスが肌身離さず身に着けていたものですからね。良い匂いがするんです。」とのことだった。
変人だ。
まあ良い匂いという意見については異論無い。総合的に言えば安心すると言うか、自然の匂いで俺が変人だった。
ウルスはシスコンである。私見だが、どう見ても間違っていないだろう。これもウルスの母カトリーヌの暴走の一因だったかもしれない。
そしてウルスは今後カトリーヌを抑えてくれそうである。契約魔法は魂を縛る契約であり、破ることが出来ない。隷属印の応用なのか?
カトリーヌは隷属印の研究者であり、色々な用途の隷属印を開発しているのだそうだ。
黒ローブは鉄爪狼を自分で従えたのではなく、カトリーヌが従えたものを隷属対象の変更で一時的に借りていたのだとか。ザトー達も飛び鼠を借りていた(使い捨てていたが)。中々凄い技術だ。
そのカトリーヌはアリエスに危害を加えない契約を結んだ後、沈んだ顔でリヤノフに連れられていった。
これでアリエスの暗殺に対する身の安全は保障された。俺はお役御免である。ここまで全てウルスの仕組んだ罠ということでなければだが。まあそれは無いだろう。
その後、ウルスがアリエスを手元に置いて守るとか言い出して、別の意味で心配になった。
アリエスに自分を狙う暗殺者はもういないことを伝えなくてはいけない。アリエスはまだウルスに狙われていると思っているのだ。伝えるのはウルス本人からが良いだろう。
俺からでは何をどんな方法で伝えたところで、信じてくれそうに無い。
そして今、俺はウルスとその警護兵と共に、ドーツに向かう馬車に乗っている。
俺は乗車を拒否したが、そんなこと言わずにと乗せられてしまった。厚意ではなく、怪しいことをしないか見張られているのかもしれない。
馬車の中、俺はウルスと二人きりで対面している。
気まずい。
「ザトー、一つ聞いても?」
「……どうぞ」
「どうやって契約魔法から逃れたんですか?」
う、ちょっと面倒な話になりそうだ。
「手の内を明かせと?」
「そうは言いませんが、今後あなたに仕事をお願いしたい時、契約魔法を使えないのは色々制限されるなあ、と」
「何か依頼したい仕事が?」
「いえ、今後の話です。今お願いしたい仕事はありません」
「……」
馬車がガタゴト揺れる。
「もうひとつ、アリエスを助けたのは何故です?」
これは答えづらい。だが下手に嘘をつくのは良くない。
「あのように気高く美しい女性が暗殺されるのはこの世界の損失だと思い……」
……俺的には嘘ではないが、ザトーという人間からは出そうにない理由だ。失敗したか?
「ほう」
ウルスが少し無表情になった。怖い。
「納得しました」
ウルスがゆっくり微笑んだ。怖い。




