異世界における他殺死ガイド10
「気をつけろ、糸を使うぞ。」
情報が伝達された。もう糸の罠は効かないだろう。だが。
俺は糸を周りの木や岩に張り巡らせた。糸に触れれば動きが止まる。止まれば鉄爪の餌食だ。近づけまい。
「ぬう」
赤フードが唸った。
今だ。
ガッ
「クロ!? うわっ」
俺はアリエスの体に噛み付いた。甘噛みだ。みや可愛い。
顔を上げ、刺客達のいない方向へと走り出す。
ドドッドドッ
振り向かず、気配察知で後方を確認する。刺客達が後を追って来ている。早い。追ってきているのは三人だ。その中に赤フードはいない。
噛んでいるアリエスが落ちないか舌で確認する。断じてペロペロではない。
大丈夫そうだ。速度を上げる。
ドドッッドドッッ
刺客達が離れていく。
ドシュンドシュン
全速力だ。
見る見る景色が変わっていく。
林を抜け、崖を飛び、川を渡り、山へと入る。ここがどこなのかわからない。危険だが、刺客達を撒くためだ。
さらに走る。山の奥へ奥へと。
刺客達は追って来ていない。まだまだ走れそうだが、きっとアリエスが持たない。
洞窟を見つけ、危険そうな気配がないことを確認し、中へと入った。
アリエスを解放する。
「うう……」
アリエスはぐったりとしている。申し訳ない。だが剣は落としていなかった。流石だ。
ここまで来れば安全だろう。
ぐ!?
突然背中に鋭い痛みが走った。
■■■
鉄爪狼の走り去った後、赤黒いフードの男の前に、黒いフードの男達がひざまづいている。
「毒は外したか」
「申し訳ありません。魔物が邪魔を」
「まあいい。あの魔物を娘が従えていたことは謎だが、あれが居なくなれば面倒は無い」
赤フードは懐からペンデュラムを取り出した。ペンデュラムはわずかに傾いている。
傾くその方向は鉄爪狼の走り去った方向だった。
「追うぞ」
■■■
カッ
俺は腰に刺さっていたナイフを抜き落した。ナイフの刺さっていた腰の辺りの体毛を鉄爪で剃ってみる。
ショリショリ……
うわあ……。
皮膚がドス黒く変色している。毒だ。ナイフに塗ってあったのか。変色した皮膚の模様はまるで花のようだ。
前足で傷口を押してみる。痛い。
押した前足に何か違和感がある。見ると毒が移ったのか黒ずんでいる。傷口に触ってはいけないようだ。
「クロ……それは……」
アリエスに見られてしまった。アリエスが近寄り、傷口に触れようとする。
「ガウッ」
触れれば毒が移る。俺は触れられる前にアリエスと距離を取った。
「クロ、傷跡を見せてくれ」
アリエスが宥めるように言ってくる。だが俺はさらに距離を取る。解毒する方法が無い。毒が移ってしまったら終わりなのだ。
刺客達の攻撃が消極的だったのはこれが理由だろう。無理に攻撃しなくても、逃がさないように囲んで待っていれば俺は毒で死んだのだ。
刺客達が俺達に追いつけたのは何故か。俺に追尾できる何かが仕込んである。そう考えるのが妥当だろう。
俺はアリエスと一緒にいてはいけない。
アリエスの顔を見る。心配そうな顔をしている。これが最後に見る彼女かもしれないのは残念だ。
俺は洞窟を飛び出した。
「待て! クロ! 行くな!」
悲しそうなアリエスの声が聞こえたが俺は止まらなかった。
背中の痛みに耐えながら走り、魔物の気配の感じられない場所を探した。
崖下に良さそうな場所があったので、そこへ降りる。ここならアリエスが探したとしても見つけられないだろう。後は、他の魔物や冒険者などに殺されないように気を付けて、死を待つだけだ。
***
先程までの痛みが嘘のように引き、痛みを感じなくなった。もう目も見えない。
また毒で死ぬのか。じわじわ死ぬ系はもう勘弁していただきたい。
「……ロ……クロ……」
幻聴か? アリエスの声が聞こえた気がする。もう意識も途切れそうだから無理もない。
「……だ……クロ……」
……目が見えないので確認できないが、なんてことだ。間違いなくアリエスの声だ。
どうやってここがわかったとか、そういうのは置いといて、アリエスが俺の体に触れたらまずい。
一刻も早く死ななければ。だが自殺はできない。
意識が薄れる。
「……ロ!……クロ!」
パサ……パサ……サ……
ああ、これ俺の尻尾か。
俺は刺客から受けた毒で死んだ。
◆
俺は走っていた。赤フードの後ろを。赤フードの男の名はザトーという。俺の上司だ。
俺達は暗殺者ギルドの者で、依頼者や依頼内容はザトーしか知らない。部下である俺達はザトーの出す指示に従っているだけだ。
鉄爪狼は俺が投げたナイフの毒で死んだというわけだ。
毒のナイフはアリエスを狙ったが、鉄爪狼が突然動いてナイフの軌道から彼女を守ったのだ。(たまたまだったが。)
現在はザトーの持つペンデュラムが指す先を目指して走っている。その先にアリエスが居るはずだ。
一刻も早くアリエスの元へ行かなくてはならない。彼女が鉄爪狼の死体を発見したとしたら、彼女は死体に触れるかもしれない。そうなったら俺の持つ解毒剤を投与しなければ彼女は死ぬ。
ザトーは非常に良い上司だ。手柄は立てさせてくれるし、訓練にも付き合ってくれる。仕事の後は奢りで飲ませてくれるし、家族優先を許してくれる。この世界に存在することが奇跡のような上司だ。
そんな男を殺さなければならないとは、心苦しいが、俺にとってはアリエスのほうが大事だ。
そのザトーに習った暗殺技、報連殺で葬ってやろう。
報連殺とは、標的に取り入り、連絡役として働いて油断させ、報告と連絡をして、その内容について考えている相手を狙って殺すという技だ。報告、連絡、殺人だ。
走りながらザトーのそばに寄る。
「報告がございます」
「何か問題か?」
「あの鉄爪狼、隷属印が消失していたようです」
「隷属印が? どういうことだ……」
考える赤フード。俺はすかさずナイフで首を狙う。
首にナイフを当て、引く。殺った。
「この技を教えたのは俺だ。殺れると思ったか?」
ハッ!
赤フードがいつの間にか俺の後ろに居る。
「娘に同情でもしたか? それとも、俺に至らぬところでもあったか」
理想の上司か。
まずい。このまま拘束でもされたら終わる。
「見逃してやりたいが、裏切り者は粛清する。これは絶対だ」
ブシュゥゥゥ
俺の首から血が噴き出す。
「許せ」
やったぜ。
ザトーに首を切られて俺は死んだ。
◆
「いったい何が!?」
他の刺客達が異変に気付く。残りは五人。皆手に塩をかけて育てたかわいい部下だ。だが。
シュル
「許せ」
ブシャアアア!
五人同時に首から血を吹き出した。




