異世界における他殺死ガイド
「うう、う……」
森の中、顔面蒼白で倒れて死に掛けている者がいる。
俺だ。
心の満たされない日々に嫌気が差し、何もかも投げ出して別の世界にでも行きたいなあ、なんて考えてた頃の俺を殴ってやりたい。
今俺が居るのは、地海空いたるところに魔物と呼ばれる不思議生物が跋扈し、それを倒すために剣と魔法が発達した世界。いわゆる異世界である。
目の前に突然開いた謎の穴に落ち、ここに来てもう三年になるが、元の生活の方が間違いなく良かった。
この世界を始めて見た時は、理由無く湧き上る希望に心躍ったものだが、特に高い能力は無い、魔法も使えない、元居た世界の知識を活用しようにも、元手が無い。
こんな世界に着の身着のまま投げ出されたら、死を待つ意外に出来ることなどほとんど無い。
我ながら、よく今迄生きてこられたなと思う。
これまで色んなことがあった。
言葉が通じないし変な服装なので村に入れてもらえなかったり。
やっとありついた飯も水が合わなくて下痢して台無しにしたり。
お尻を拭く紙がないのでその辺の草で拭いたら切れて血だらけになったり。
仕方なく森で寝てたら獣に襲われて右手の指を3本無くしたり。
通りすがりの賊に助けられはしたものの、そのまま奴隷としてこき使われたり。
:
:
……色んなことがあった。
これ走馬灯か?
なんやかんや生きる術を身につけ、町や村を点々とする生活をしていた俺は、次の町へ向かう途中、毒蜘蛛に噛まれてしまった。
解毒薬など持っていない。解毒用の魔法も使えない。同行者も居ないし、ここは町や村から遠く、夜なので人が来る可能性もほとんど無い。
詰んでいる。
この世界に来てから怒涛の3年間だったが、こんな終わりとは、あっけないものだ。
だけど、必死に生きるというのは、悪くない体験だった。
俺は頑張った方だと思う。なんせこの世界で3年生き延びたのだ。
段々と目の前が暗くなってくる。
「お袋……オレの事、誉めてくれるのか。親父……ずっと俺の事嫌い……嫌いじゃなかった? ほ、本当かよ。」
オデロか。
俺は蜘蛛の毒で死んだ。
◆
気づくと俺は蜘蛛になっていた。
よく分からないが、生まれ変わったのだろう。
夜の上に目がよく見えないのだが、間違いなく蜘蛛になっている。
今俺は木の枝と枝の間に張った蜘蛛の糸の上に居るし、尻から糸を出してぶら下がることもできる。
これまで尻から糸を出したことなど無かったが、本能というやつなのか、やり方がわかる。
前世の記憶を持ったまま生まれ変わったようだが、生まれ変わり先が死因である蜘蛛とはなんという皮肉か。
スススッ
糸を出し、地面に降りる。
おお、記憶が、何かの衝動が、湧き上がって来る!
「スパイダーマ!」
バツッ
俺は何かに食われて死んだ。
◆
気づくと俺は4足歩行の生き物になっていた。また生まれ変わったのだろう。
体は細く、長い尻尾があるようだ。
周りの草の高さを見ると、体は小さい。
バキバキッ
うおおお。吃驚した。そばにある木の枝が折れた音だ。何か居るのか?
カサカサカサ
うおおおお。吃驚した。後ろに何か居る。
振り返ると細長い蛇のような何かがのたくっていた。
カサカサカサ
うおおおおお。吃驚した。これ俺の尻尾か。
俺はトカゲだった。吃驚した拍子に尻尾を切ってしまったのだ。
つまり俺は今、敵に襲われたときに切れる最大のカードを、無駄に切ってしまったということである。
これはいかん。俺は草むらに身を隠した。
そしてそのまま夜を越した。
太陽が昇る。
明るい。朝だ。希望の朝だ。
ガサリ
俺は草むらから顔を出した。
バシュッ
俺は何かに食われて死んだ。
◆
俺は今、鳥になって空を飛んでいる。
わかった。流石に俺でもわかった。
俺は自分を殺した者に乗り移っているのだ。
俺 → 蜘蛛 → トカゲ → 鳥
こんな世界に来ておきながら、俺はなんの特殊能力も持っていないと思っていたが、そんなことは無かった。
自分を殺した者に乗り移る。これが俺の能力だ。
しかし、殺されないと存在に気づけない力とか、中々酷い。
暫く飛行を楽しんだ後、手頃な木の枝に降りた。
折角特殊能力を持っていることが分かったのだし、これからは能力を生かしていきたい。
と言ってもこの能力、どんな活用方法があるだろうか?
……今は特に思い浮かばない。
まあ鳥になれたのは良かった。昔は空を自由に飛びたいななどと考えていたものだ。
のび太か。
おっと、油断してはいけない。既に連続して3回も死んでいるのだ。
この世界は弱肉強食。一瞬の油断が命取りだ。
弱肉強食って言うと焼肉定食が浮かぶな。
おっさんだな。
焼肉食いたいなあ。
バシュッ!
俺は何かに食われて死んだ。
◆
俺は猫になっていた。
鏡は無いが、体を見ればなんとなく分かる。これは猫だ。肉球だ。
トッ トトッ
木から降りる。体が軽い気がする。流石猫だ。
ふと考える。
俺は猫に乗り移ったが、元の猫の魂はどこへ行ってしまったのだろうか?
眠っているのか、消滅したのか。確かめる術はない。
消滅したのだとすると、この猫には悪いことをした。
俺を食べたばっかりに、死んでしまったということだ。
これは気をつけなくてはいけない。俺を殺したものは死ぬ。
例えば蟻にでも乗り移った俺を子供が踏んだとしたら?
まあ、猫の俺を蟻が殺せるとは思えないが。
ガサリ
考え事をして座っている俺の目の前に現れたのは巨大な猪だった。
いや、これはただの猪ではない。槌猪という魔物だ。
額から鼻にかけて槌になっており、それを突進によって打ち付けてくるのだ。
「ブシュ! ブシュウ!」
口を見ると涎が垂れている。俺を食う気だ。
流石に何度も死んでいられない。俺は逃げた。
ドドドド!
「ブシュウウウ!」
「ギニャー!」
後ろから木を薙ぎ倒しながら槌猪が迫る。
森の中を駆ける。
やがて崖に追い詰められて絶体絶命となる俺。
「ブシシッ」
俺を追い詰めたことが嬉しいのか、槌猪が笑っているように見える。
もし、この崖から飛び降りたら、地面に叩きつけられて死ぬだろうか?
木に引っかかったりして、助かるだろうか?
飛び降りて死んだ場合、それは自殺だろうか?
自殺したらどうなる?
自分を殺した相手が居ないわけだから、乗り移りは発生しないだろう。
「ブシッブシッ」
槌猪が近づいてくる。俺はまだ死にたくは無い。
死にたくは無いが、まだこの世に居続けたければ、飛び降りて運を天に任せるよりも、こいつに食われて殺された方が確実である。
癪だが仕方がない。俺は覚悟を決めて目を瞑った。
「でやああああっ!」
ズシュッ
突然、槌猪が横から切りつけられた。
「ブギィィ!」
ドドドド
傷つき、驚いた槌猪は逃げていく。
「ふう、危なかったな」
剣を収め、俺に向かって歩いてくるのは亜人の女性だ。
「大丈夫か? 怪我は無いか?」
などと言って俺の体を触ってくる。
まだ俺の体は恐怖により、毛が逆立っている。
「怖かったな。かわいそうに」
背中を撫でられる。
緊張がゆるんでいく。
やがておれは落ち着いた。
女性はまだ俺の体を撫でている。
試しに手に向かって体を擦り付けて見た。
「――――!!」
もう堪らないといった顔になった女性は、俺を抱き上げて顔を擦り付けてくる。
どうやら俺は猫好きの女性に助けられたようだ。
中身が俺だと分かったら卒倒されそうだ。バレないように気をつけよう。