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ヤンデレさんとプロローグ

 誰でもいい少し俺の話を聞いて欲しい。誰も聞いていないとしても、何か考えてないと頭がおかしくなりそうだから聞いてくれ。

 女の子を泣かせる人間か、三股をかけている男。どちらがよりクズ野郎だろうか?

 さんざん悩んだ挙句、俺は自分の本能のおもむくまま行動した。

 後悔はしてない、少ししか……。


 今、俺は三人の彼女に囲まれていた。しかも腕や体に抱き着いている。三人が向けてくる柔和な笑顔が頭を混乱させてくる。まるでハーレムみたいだと。

 だが、こんなに女の子に囲まれているのに石鹸のような匂いなんてしない、鉄の錆びた匂いがするだけだし、キスはレモンの味なんかしない血の味だ。

 喉元には包丁の切っ先に、カッターの刃、それからコンパスの針。ひとつ言葉を間違えれば、どれかの凶器かが、喉元を裂くことだろう。あるいはすべての凶器かもしれない。


「万智君」

 

 先輩は右腕に抱き着いている、右腕に当たった彼女の豊満な胸の感触を楽しむ余裕はない、カッターの切っ先が喉元から離れないからだ。


「甲斐君」

 

 日向は器用にも正面から馬乗りになって抱き着きながら、コンパスの針を突き付けながら、小さな口を開いた。


「万智くんぅ」

 

 左腕に抱き着いている真理は包丁を突き付けてくる。二人よりも密着しているため真理の肌の体温がより身近に感じる。

 冷や汗がだらだらと出て止まらない。ついでに少し切れた首からも血がだらだら出て止まらない。

 この状況を切り抜けるベストな回答が思いつかない。


 ああ……拝啓、親父殿。お元気でしょうか、俺はそれなりに元気にやってます。彼女なんてできて、順風満帆な日々を送っています。ですが、少し問題がるとすれば、


「「「私と一緒に死んで?」」」

 

 全員ヤンデレでした。


「……て……おきて」


 ゆさゆさと揺さぶられている感触と、お腹のあたりに少しの重みを感じて目を開けると、うっすらとぼやけた視界に誰かの顔が見える。誰かが俺の腹の上に馬乗りになっている。

 切れ長のまつげ、すっと透った鼻、綺麗に整った顔が綻んでいる。紺色の制服が彼女の白い肌を際立たせていた。肩にかかった髪を払いのけてから、形のいい唇を開いた。


「おはよう、万智君」

「おはようございます……先輩」

 

 紛れもなく俺の先輩、黒木夜桜が俺の腹の上に跨っている。

 なんでだ……。

 寝ぼけた頭で考える。なんで先輩がここにいるのか?

 いくら考えても、わからない。家の鍵はちゃんと閉めて寝たはずだ。


「早く起きないと遅刻するわよ?」

「……もうそんな時間ですか?」

 

 あくびをしながら、目覚まし時計へと手を伸ばすと、時計の針は四時半を示していた。


「……ん、四時半!?」

 

 目覚まし時計が壊れているのかと思い、枕元に置いておいた携帯を手に取って、時間を見る。四時三十一分。

 朝の練習がある部活生だって今はまだ深い眠りについてるだろう。


「ほんと万智君はお寝坊なんだから……いくら揺さぶっても、叩いても、キスしてもなかなか起きなくて困ったわ」

 

 先輩が肩をすくめて、呆れた視線を送ってくるが、こんな朝早くに起きれなくても無理ないだろう……。


「そりゃ、こんな早くから起こされても起きれませ……」

 

 ちょっと待て……あまりの平然さに、危うく聞き流してしまう所だった。

 脳さんお休みのところすみません、先輩は、今なんと言いましたか?


「……キス? キスしたって言った?」

「ええ」

 

 先輩はこくりと小さく頷いた。脳内にゆっくりと言葉が浸透していく。


「スズキ目スズキ亜目キス科の!?」

「落ち着いて万智君。それは魚よ? 斬新な起こされ方されたいの?」

「細長い円筒形の体型を持っていて、口は小さく。とがった口先で砂底に潜む獲物を探る、あの!?」


「万智君はなんで、そんなに鱚に詳しいの?」とため息をついたあと、あらぬ方向を向きながら「……彼女なんだからキスぐらいしてもおかしくないでしょ」と先輩は鱚のように唇を尖らせて言った。

「……まぁ、おかしくは……ないんですけど……」


 心の準備というものがある。

 眠気が完全になくなったので……ムクリと身を起したが、先輩がどいてくれないので、ベットから降りれない。抱っこしているような形になってしまった。


「……あの、どいてくれますか先輩……」

「ん? どうして?」

「いや、どうしてって……学校に遅刻するから……?」

「なに言ってるの万智君? まだ四時半でしょ?」

 

 先輩が不思議そうに首を傾げるが、起こしてきたのはあんただろ……。


「わかりました。正直に言います。このままでは違うところが起きる可能性があるのでどいてさい」

「万智くん、今日はね? 早起きして、お弁当作ったの」


 聞いちゃいない……。


「もはや、早起きって次元じゃないですよ」

 

 何時に寝たのかはわからないが、もはや不眠症かなんかじゃないのか?


「万智君の好きな、卵焼きと、ハンバーグと、唐揚げにたこさんウインナー、それからコロッケでしょ」

 

 先輩は楽しそうに指折り数えていく、野菜も入れて欲しい。俺は意外と緑黄色野菜とか好きなんだ。名前の響きがいいから、好きだ。

 それにしても顔が近い。先輩からなんだかいい香りがする。石鹸のような焦げ臭いような……。

 ……ん? 焦げ臭い?


「……先輩なんか焦げ臭くないですか?」

「ん? それならきっと本を燃やしてるからね」

「本を燃やしている?」

 

 思わず聞き返してしまった。だって俺の頭の中の辞書で本は燃やすものだなんて一言も書いてない。


「ええ、万智くんの机に鍵のかかった引き出しあるでしょ? その引き出しの隠し底にあった本」

 

 そこには先日買った、ニーソックスのすべて12月特別増刊号があったはずだ……。

 ……やばいで!?

 数秒遅れて、事態の深刻さに気付く。

 先輩をベットに押し倒して、ベットから飛び出す。「あんっ、大胆」と喘ぐ先輩を無視して、急いで一階へと向かう。

 二段飛ばしで階段を降りていき、階段を降りきって――――全身が硬直した。台所が煙でおおわれていて見えない。固まっていたのは一瞬で、すぐに行動に出た。


「おおおおおおおおぉぉっっ!? ニーソックスぅぅぅぅ!?」


 せき込みながら煙を手で払い、急いでシンクの蛇口を捻って、コンロに水道水をぶっ掛ける。水が蒸発する音がリビングに響く。火が消えたことを確認してから部屋中の窓を開けて、煙を逃した。

 しばらくして、なんとか煙は収まった。コンロに残っていたのは灰だけだ。雑誌だった面影は一切ない。


「ううっ……ニーソックスぅ……こんな姿になって……」

「良かった。跡形もなく燃えたようね。私以外に欲情する万智君が悪いのよ?」

 

 残った灰をかき集めていると、遅れて、リビングへと降りてきた先輩が吞気にそんなこと言ってくる。


「だからって! もし、家が全焼したらどうするんですか!?」

「うん? そうなったら私の家に住めばいいじゃない?」

 

 そうやって、先輩はまた首を傾げるのだった。


誤字脱字、文章表現のダメ出しをくださいな

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