茶番の終わり
「それにしても……僕の存在を知っている君は一体何者ですか?エルフ族の存在はともかく、名前まで言い当てるなんて、ただの純人族にしてはあり得ないことだ」
ユアン様の問いかけに、ルシフェル様はイタズラっ子のように小さく笑いました。
「まぁ私の身にも、少なからず君と同じ種族の血が流れているということかな」
え、なにそれ初耳なんですけど?
わたくし、前世で一応公式サイトにいってキャラクター設定を調べましたけど、そんなことちっとも書いてませんでしたよ?
本当になに、この展開?
「う、う…うそ……うそよ……!だ、だって、こんなの……ゲームになかった……!」
うん、そうだねパトリシア。意味わかんないよね。わたくしもお手上げですわ。
やっぱりわたくし、この状況から現実逃避していいかしら?
戦線離脱したいわたくしをそっちのけに、ルシフェル様はルシエド様達に向き直りました。
「さて――ルシエド、よく聞きなさい。私がここにいるのは、父王から代役を務めるよう勅命を受けたからだ」
「ち、父上、から……勅命……?」
「そうだ。よって私がこれから言うことは、父王の言葉であると深く認識するように。そこにいるデメトリス、ジャックス、ヒューヴェスもだ」
何かしら……風もないのにルシフェル様の周りがざわざわと騒いでる感じがするのは気のせい……?
わたくしが自分でも気付かないうちにルベルトの腕をキュッと掴むと、わたくしの心情を察したルベルトがわたくしを安心させるかのように、穏やかな声で語りかけてくれた。
「ルーラ、心配ない。あれはルシフェル閣下の周りに集まった精霊が、ルシフェル閣下の身の内から溢れた感情につられて怒ってるだけだ。まあ、馬鹿共のアホ面でも拝見するとしよう」
――どうやらわたくしがどうこうする問題ではなさそうですね。
わたくしは仕方なく、視線を前へと向けました。
「ルシエド、お前は気付いていなかったが、今日この日を迎えるまでの一年間、父王は秘密裏にお前の監視をされていた」
「……は!?私の監視!?い、一体なぜ……!?」
「お前はこともあろうに、由緒正しいアルフォーヌ公爵令嬢と婚約している立場でありながら、そこにいる男爵令嬢に現を抜かしたな?」
ルシフェル様の鋭い視線に射抜かれ、ルシエド様はグッ…と息を飲んだあと、何か思いついたかのようにわたくしを睨んだ。
おっと、そこでわたくしにきますか。
まぁ普通に考えれば、仮にも婚約者であるわたくしが国王陛下に泣きついたと思い至るのも無理はありませんけど。
ルシエド様の睨みつける先に気付いたルシフェル様の周りが、より一層ざわざわとざわめき立ちました。
「先に言っておくがルーラ……ルシエラは父王に何も告げ口していない。第一王太子の権利を持ちながら、お前はどこまで貴族社会に疎い?我らは王族だ。常に権力を狙う連中は目を光らせ、些細な変化に過敏だ。そして無駄に頭がキレる。そんなハイエナみたいな奴らにとって、私達王族という存在は極上の肉に過ぎん。お前が婚約者であるルシエラを蔑ろにし、身分の低い男爵令嬢に寵愛を注いで骨抜きにされたなぞ、もはや社交界で知らぬ者はいないほど噂の的だ。にも関わらず、ルシエラは恥をかくも承知で招待された茶会には出席し、お前のいない夜会も一人で参加し、影で笑い者にされながらも耐えられた。誇り高いアルフォーヌ公爵令嬢として、胸を張り続けられてきた。そんな彼女を逆恨みするというのか、お前ごときが」
ルシフェル様の言葉に、カイザー様含むほかのお二人からも殺気が立ち上ります。
でもわたくし、ルシフェル様が言うほど高潔な性格はしていませんよ?
陛下に告げ口はしていませんけど、お母様とお兄様達にはしっかり相談という名の告げ口しましたし。
招待されたお茶会はちゃんと吟味し、わたくしに同情的なお家を選び、いざお茶会の席では婚約者に冷たく蔑ろにされながらも健気に耐える公爵令嬢という仮面被って更に同情引きましたし。
夜会も別にルシエド様がいなくても、聖騎士に所属している長兄か、はたまた聖騎士と対を成す魔法部隊精鋭【コンドル】所属、この国きっての鬼才と恐れられている次兄を連れて出席すれば、お喋りなスズメさん達の耳障りな声と不躾な視線は最小限に抑えられましたし。
だからわたくし、皆さまが思っている以上に悪い娘ですよ?
わざわざ教えるつもりもありませんけど。
そんなわたくしの胸中などそっちのけに、ルシフェル様は言葉を紡ぎます。
「この一年、父王は噂の真偽と、お前が本当に次期国王として相応しい器の持ち主か、秘密裏に【影】を動かされ、時がくるまで沈黙を守り続けられた」
ルシエド様は絶句しています。
これは無理もないです。
【影】とは、平たく言えば陛下直属に仕える情報収集処理班――いわゆるスパイというやつですね。
陛下以外の人間の前に決して姿を現さず、相手が誰であろうと正体を見破ることも、突き止めることも出来ない彼らに目をつけられたら最後。
朝は何時に起きたか、朝食時に何を食べたか、咀嚼の回数はいくつか、どの時間に誰とどこにいたのか、更には一日に行ったトイレの回数まで知られるともっぱらの噂です。
立派なプライバシーの侵害ですね、はい。
でも【影】の彼らも王様の命令で動いているだけなので、誰も文句はいえません。
「よって、今ここに国王陛下の名代の元、決断を言い渡す」
ルシフェル様は懐からくるくる巻きにされた羊皮紙を取り出すと、それをバッと広げました。
鳳凰を背景に、武を司る剣、智を司る杖、法を司る錫杖が交差し、それぞれに薔薇の蔦が複雑に絡み合った家紋が。
あれは紛れもなく、王家の方のみが使用される家紋。
つまり、この場にはおられない、陛下のご意志そのもの。
「ルシエド=ヨルム=シルベキスタ――汝を王位継承にあたる第一王太子候補から外し、爵位返上の後、王家ゆかりの地にて生涯過ごすものとする」
「なっ……!?父上……そんな……っ!」
それは事実上の廃嫡であり、さらに言えば、二度と王都に足を踏み入れることを許さないということ。
「デメトリス=ブラッサム、ジャックス=ワズゥーグ、ヒューヴェス=ユニエード、以上3名は王都追放。その後の処遇は各家庭の意向に任せるが、本日限りで王都に足を踏み入れることを許さないものとする」
まさか自分達まで断罪の対象になっていると思っていなかった彼らは、地面に膝をついたまま崩れ落ちていきました。
力なく呆ける彼らの姿は、まるで浦島太郎がお爺さんになってしまったかのように、一気に老けた感じがします。
「最後に――パトリシア=ブリリアント」
「……え?わ、私まであるの!?」
「何をとぼけたことを。貴様は恐れ多くもルシエラ=ルーカス=アルフォーヌ公爵令嬢を根も葉もない噂で中傷したに飽き足らず、彫刻師に金で物を言わせて短剣にアルフォーヌ公爵家の家紋を彫るよう要求した。許可なく他家の家紋を勝手に使用、悪用したのはとっくに調べがついてる。これは重罪だぞ。法の下で裁かれるべき由々しき事態。よって貴様は――逮捕だ」
どこからともなく兵士が現れ、あっという間にパトリシアを囲った。
「ちょっ、ちょっとふざけないでよ!あたしはこの世界のヒロインよ!誰よりも幸せになることが定められたお姫様なのっ!こんなシナリオ、ゲームになかった!離して!離して!離しなさいったら!どいつもこいつもモブのくせに……生意気なのよ!あたしは悪くない!悪いのはそこのルシエラよ!あいつがゲーム通りに動かないからこんな……こんなことって……!こんな結末、あたしは絶対に認めない!絶対許さな……むぐうぅぅ!?」
あまり喚き立てるものだから、パトリシアの口に猿轡があてがられ、彼女は兵士達によって身柄を引きずられていった。
そんな彼女のあとに続くよう、ルシエド様達もまた、兵士達の腕に支えられながら歩いて行く。その様子を、わたくしはなんとも言えぬ感情を抱いてぼんやりと眺めた。
ほんの一瞬、ルシエド様が助けを求めるかのようにわたくしを見た気がするけれど――確信を得るよりも早く、お兄様の手がわたくしの目を塞いだ。
「ルーラ……愛しくて可愛い、私のルーラ……」
耳元で低くも甘い声に囁かれ、わたくしの背筋はぞくぞくと震えました。
――しかし、現実は何事もそんなに甘くありません。
「お前の少々お転婆なところも可愛くて愛しいけれど、一体いつ頃からテレポートジェムを使い始めたんだい?それも家族に内緒で」
口調はどこまでも優しいですが、お兄様の台詞にどこかただならぬ不穏な空気を感じとり、わたくしの背筋は先程と違った意味でブルッと震えました。
逃げようと試みるも、男女の性差に加え、相手はグリズリー級なら素手で倒せるほどの実力を持った人物。
純粋な力比べで勝てるはずがないのです。
「卒業式が終わったら、久しぶりに家族会議をするか」
え?仮にも第二王子がしょっ引かれた馬鹿騒ぎのあとに卒業式って出来るんですか?
嘘でしょ?