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彼らの正体 〜ユアン編〜


 「僕も言わせてくれ」


 や、もうお腹いっぱいなんで結構です――なんて言える勇気も気力もなく。

 お兄様の腕にすがりつく形でなんとか立っているわたくしに、エルフ族のユアン様が微笑んでくださいます。


 前の二人に比べて中性的なお顔立ちのせいか、女性のみならず、周りにいる多くの男性が生唾を呑んだのは気のせいかしら……?


 「僕らエルフ族は、竜族に次いで永らく他の種族と交流を絶っていました。その理由は知っての通り、かつての蛮行――エルフ狩りが行われていたからです」


 エルフ狩りとは、今から1000年以上も前に、エルフ族の女性をターゲットにした蛮行のこと。

 どの種族が始めたのか、また何の目的があったのか定かになっていないけれど、多くのエルフ族の女性が誘拐、拉致され、無理やり子を孕まされた者もいれば、長寿の秘密を探ろうと実験台にされた者、抵抗すれば殺されるという、まさに極悪非道の惨虐事件が多発していたと言われている。

 これによってエルフ族の人達は他種族の前から姿を消し、誰も足を踏み入れない静かな場所で仲間内で集落を築いて、ひっそりと息を潜めながら生活している――と、わたくしは子どもの頃にそう教わりました。

 1000年以上経った今でも、『エルフ狩り』は禁句のひとつとなっています。


 「けれどもある時、僕らが住む村に思いもよらない事態が起こった。原因不明の流行り病が、村の人々を襲ったんだ」


 1000年以上にも渡り、変わらぬ生活を送っていた平和な村を襲った謎の奇病。

 それが人為的なものでなく、自然に起こったことなら、万物の理に生きる彼らに課せられた運命として、彼らはそれを黙って受け入れる。

 けれど、当時まだ幼かったユアン様はそれを受け入れられなかったのだと言います。


 「僕の両親と妹が流行り病に倒れました。僕にとって何よりもかけがえのない家族です。僕は――なり振り構っていられなかった」


 ユアン様は病の原因を探る為、誰にも行く先を告げぬまま村を飛び出し、別の国、別の地域で生活を送っているエルフ族の仲間に協力を仰ごうと足を運んだそうです。

 でも、一縷の望みをかけてようやく見つけたその集落は――自分達の村にまで病を持ち込まれたくない、そう言ってユアン様を門前払いしたそうです。


 「同じ種族で、同じ悲痛な運命を分かち合った仲間同士だというのに……こうも簡単に切り捨てられるものなのだと、幼いながらに痛感しましたよ」


 その時のことを思い出してか、ユアン様の口元にどこか自嘲の笑みがこぼれます。


 「同胞の仕打ちに絶望し、自暴自棄に陥った僕は、精霊達の声を無視して村に伝わる【禁忌の呪文】で悪魔を喚び出し、僕の命と引き換えに村を救ってくれるよう頼むつもりでした。ですが、外道に走りかけた僕を引き留めてくれたのがルシエラ様だったんです」



 うわぁぁぁぁぁ……。

 あれって、そんなにヤバい場面だったんですか。

 それに関しては『わたくしグッジョブ!』と自分で自分を褒めずにはいられません。



 ええ、そこまで語られたら思い出さずにはいられませんよ。

 わたくしはその日、恒例となった新魔法を編み出す為、脳内にとても広い草原を思い描きながらテレポート用のジェムストーンを使って跳びました。

 跳ぶ一瞬の間に感じる無重力。

 まるで勢いよく飛び立った飛行機が、機体を安定させた時のあのふわっとした瞬間に似ていて、使うたびにちょっとドキドキしながら楽しんでいました――が。


 いつもと同じように地面に降り立ったつもりが、何故かその日、耳の尖った少年をあろうことか踏んづけていたのです。それも思いっきり。


 顔から地面にのめり込む形で倒れた少年を見て、わたくしパニック。慌てて回復魔法を唱えました。

 一応傷ひとつなく治すことが出来ましたが、彼の親御さんが近くにいたら傷害罪で訴えられても文句は言えないと内心ビクビクしつつ、わたくしは少年が起き上がるのをじっと待ちました。

 起き上がったらすぐ謝罪をせねば――そう思っていたわたくしでしたが、目にも止まらぬ速さで起き上がった彼はわたくしの手を取り「お願い!僕の村を助けて!」と、何もかに絶望しながらも霞に手を伸ばすような、そんな印象を与える必死の形相で叫んだのです。


 ですが、いきなりそんなことを言われてもわたくし「?」。

 ひとまず掻い摘んで事情を聞きだします。


 見た目幼女のわたくしですが、これでも前世の記憶持ち。しかもいい歳したオールドミス。

 脳みそをフル回転させ、冷静に少年の言いたいことや伝えたいことを分析し、少年の住む村が大変であることを理解します。



 まだ年端もゆかぬ幼い子が1人で懸命に頑張っている姿を見ていると、手を貸さずにはいられません。



 わたくしは手持ちのテレポート用のジェムストーンを少年に渡すと、村の集落を頭の中に思い浮かべるよう指示。

 少年はジェムストーンを初めて見るようで、使い勝手がよく分からず四苦八苦。

 そんな彼に、わたくしは「うまくいかない時は大事な人の姿を思い浮かべればいいのですよ」とアドバイス。

 すると、しばらくして少年の持つジェムストーンが輝き始めました。

 わたくしはジェムストーンを持たない少年のもう一方の手を握り、あっという間に少年と一緒に少年の住む村に跳ぶことが出来ました。


 わたくしは少年の案内に従い、まずは彼の家に向かいました。

 まだ出会って間もない、魔法が使えるだけの正体不明の女を自宅にあがらせるほど、彼の心はとても追い詰められていたのでしょう。

 連れられてやって来た寝室には、彼のご両親と思しき男女と、まだ幼い女の子が1人、額から絶えず汗を流しながら呻き声を上げているではありませんか。

 わたくしは魔法力をコントロールしつつ、まずは体力回復の為の呪文をかけた後、状態異常を治す魔法をかけました。

 やがて親子3人から健やかな寝息が聞こえてきたのを皮切りに、わたくしは病で倒れたエルフ族の方達に魔法をかけ続けました。

 魔法力が尽きかければ、腰にぶら下げたマジックポーチに常備している魔法力回復のドリンクを飲んで、ひたすら村中を走り回りました。

 ちなみに通常の魔法力回復のドリンクはとても飲めたものではないので、わたくしが持ち歩いているのはわたくしが勝手に開発したフルーティな味わいのものですのであしからず。




 さて、病に倒れたエルフ族の人々を助けたわたくしは、まるで女神のように崇められる――ことはなく。




 突然現れた余所者が、死を受け入れていた自分達の運命を捻じ曲げたと詰られ、罵倒されました。

 暴力こそ振るわれませんでしたが、早急に村から追い出されました。

 まあ、自然の調和を第一に考える彼らからすればそうなりますよね。

 永いこと他種族との交流を断ち、世情から離れて過ごしてきた彼らにとって、わたくしは紛れも無い余所者であり、運命を変えた極悪人なのですから。

 別に恩を着せようと思ってした行為ではなく、あくまでわたくしのエゴによる行為なので、不思議とショックは受けませんでした。


 すみません、嘘です。

 実はほんの少しだけ悲しかったです。


 ただ1人、わたくしに助けを求めた少年だけがわたくしを庇い、自分よりも遥かに体格のいい大人達に対して歯向かっていきました。




 「彼女のおかげで村が助かったんだ」と。


 「同胞さえも見捨てた僕らを彼女は救ってくれた」と。


 「お礼をするならともかく、追い出すなんてあんまりだ」と。




 泣きながらわたくしの身の潔白を叫んでくださるだけで、わたくしはそれだけで充分でした。


 わたくしが手にしたジェムストーンが輝き始めた時、少年がわたくしの腕を掴みました。

 このままでは少年を連れて跳んでしまう――そう思ったわたくしは、少年に手を離すよう言います。

 けれども少年の力は思いのほか強く、わたくしを離してくれません。


 少年は言いました――この恩は必ず返す、だからわたくしの名を教えて欲しい、と。


 この時「偽名を使ってもムダ、すぐに精霊による罰が下される」と脅されたわたくしが、真名以外の名を教える術があれば、是非とも教えていただきたいものです。

 そしてわたくしは少年に名前を教えました――ルシエラ=ルーカス=アルフォーヌと。


 「あの日から君を忘れたことは一日たりともありません。見ず知らずの僕の願いを無償で聞き入れてくれただけでなく、我が同胞のひどい仕打ちも笑顔で許してくれた貴女を、なんと気高くも優しい心の持ち主なのだろうと、ずっと想い続けてきました」


 あの時の小さな少年が、こんなに立派になって……!

 感無量です!


 「あの日の出来事を境に、僕の住む世界……いえ、エルフ族の生きる世界はなんと狭いのかと実感しました。細胞の治癒能力を促す不思議な魔法、あっという間に瞬間移動する謎のジェムストーン……村を出なければ、触れることも知ることも出来なかったことが、僕は嬉しかった。僕だけじゃありません。あの時貴女に助けられた同胞は、少しずつ切り離された世界に目を向け始めました」


 ユアン様はそこで一旦言葉を切ると、再びわたくしに向かって笑いかけてくれました。


 「かつてエルフ狩りが行われたこと、それは覆すのとの出来ない事実です。けれど、1000年も経てば人々の考えは変わり、人々の考えが変われば世情も変わる。そんな当たり前のことに、僕らはずっと背を向けて生きてきた。気付かせてくれたのはルシエラ様、貴女という尊い存在のおかげです。今すぐは難しいでしょうが、これからエルフ族は少しずつ、再び他種族の前に姿を現わすつもりです」


 わたくしは別に大それたことはしていませんが……。

 まぁ、異なる種族に生まれた者同士が互いに手を取り合える平和な世界が築けるなら、とてもいいことですわよね?

 つい先程まで気絶したかった気持ちが嘘のように晴れていきました。


ルシエラがパトリシアに突き飛ばされたり、廊下水浸しの件をどうして彼が知っていたのかというと、精霊によるチクリがあったから。


「ユアンの好きな子、突き飛ばされてたよー」

「ユアンの好きな子、廊下を水浸しにされた挙句、後片付けまで押し付けられてたー」

「処す?処す?」

「処しちゃう?」


みたいな感じで。

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