転生令嬢と王子様
王子様、と聞いて。皆様はどんな人物を思い浮かべるでしょうか?
プライドが高く傲慢で我儘な方?
誰にでも優しく柔和で気さくな方?
人嫌いで真面目で慎重な孤高の方?
…正直、そのどれかなら私もどうにかできたのかもしれません。今は私と一緒にいる大天使かつ我が妹マリアも少し困っているのですから、彼は割とまれなケースでしょう。第一王子なんだし愛情も教育もちゃんと貰ってておかしくないのですが。
「…お姉様、どうしましょう」
まずマリアをこんな不安にさせる時点でこの国の将来はないと思うのですが、王子に対しての不満をぐっとこらえ、マリアの手をきゅっと握ります。そうして私はマリアから王子殿下に視線を移し、淑女スマイルを貼り付けます。お人形のように美しい無表情な彼へと、言葉を投げかけます。
「…殿下、本日は拝謁をお許し頂き光栄にございます。私はアウローラが長子のビアンカ、こちらは妹のマリアにございます」
「…ああ」
「これからも殿下の手足となり、良き臣下を目指して尽力してまいります」
「…ああ」
「して、殿下。失礼は重々承知の上でございますが、本日は良き主従となるべく、殿下のお言葉をお聞きしたく参りました」
「…ああ」
「殿下のお考えやお好みの物をご教授願えたらと思っております」
「…ああ」
「…」
「…」
いえ。まさか。一国の王子様が死んだ目で頷くことしかできないなんて、想像できる人はいるのでしょうか?私が言いたいことはただひとつ。
(喋れよ…)
そのとき、丁度来訪から一時間を告げる3時の鐘が鳴り響いたのでした。
***********
初めは、陛下も父上もメイドたちも同じ空間にいました。ただ、あまりに話が進まないまま時間が経ちまして、仕事のある男どもや従者たちはさっさと出て行ってしまったのです。本当にこの世界の男どもは頼りになりませんね。
今ここにいるのは、少ない護衛と王子付きの従者。そして私たちのみとなっていました。
王子付きの従者も、何も言わない王子様の様子を気にもせず、無表情で部屋の隅に立っていました。そういう教育をされているのでしょうが、一応公爵家の令嬢と話が進まないのはよろしくないことでしょうに、主人を手助けしようとする様子も見えません。いつも王子がこんな感じなのか、それとも王子がどうなっても構わないのか。前者であれば、父や然るべき人物から言伝があったでしょう。どちらにせよ、環境が悪いのには変わりないと判断して良さそうです。
「罪なことね」
落としたままの視線をあげると、ガラス玉のような翡翠の瞳と目が合いました。その瞳は少し驚きに見開かれ、視線は私の口元にありました。どうやら、声にもならない私の口の動きを追っていたようです。彼はそのまま私の口元から私の瞳へと視線を写すと、その瞳を閉じました。
「…罪、か」
ボーイソプラノがしっかりと言葉を発しました。その声は乾いていて、その声が彼のものと気づくまで時間を要さねばならないほど、擦り切れた声でした。
今回ばかりは私もマリアも王子殿下を見つめずにいられませんでした。王子は無表情だった顔をわずかに歪ませ、こちらを見つめていました。
「罪は、僕が生まれたことだよ」
ゆっくりと、しかししっかりと発せられた言葉に、私は何も言えませんでした。陛下のお家事情など知っているわけありませんし、第一王子かつ皇太子にもっとも近いお方がそんなことを仰る意味もよくわかりません。そもそも、前世でいう小学校高学年くらいの少年がそんなことを言っているという時点で、ショックしかありません。
しかし、私はうっかりしていました。私の隣にいる女神のマリアがいることを忘れていたのです。私が固まっている横で、すっと立ち上がるマリア。彼女は王子をじっと見つめて、形のいい唇を開きます。
「…生まれが罪になることなんてないわ」
その表情は悲しみや慈悲からくるものではありません。彼女は憤った感情を必死に隠していたのです。それこそ礼儀を重んじる彼女が礼儀を忘れてしまうほどに。めちゃくちゃ主人公じゃん…これじゃあ王子がヒロインになりますね。
「そんなこと、私は認めたりしません」
まっすぐ、王子とマリアの視線がぶつかります。驚いたように開く王子の翡翠の瞳と、強い意志を宿す青い瞳。完全に男女逆転王族物ラブストーリーじゃん…。我が妹は可愛さとともにイケメンさも持ち合わせていたのですね。さすがマリア。マリアに死角はありません。
「…出て行け」
しかし、王子から発せられたのは、拒絶でした。翡翠の目はひどく歪み、マリア全てを拒絶します。なんなんだよお前折角マリアが優しいこと言ってくれたのになんで拒絶してんだよ。
「出て行けと言ったのが聞こえないのか、アウローラの未子よ」
ち ょ っ と ま て 。
連帯責任じゃないの?もしマリアだけ追い出されたら最悪私と婚約結ぶことにならない?それだけは嫌なんですほんとにやめてください。なんで?マリアおかしいこといってないじゃん?お前にマリアなんて幸運だろうが文句言ってんじゃねぇぞ王子!
…仕方ありません。妹のためならやれることを全てやりましょう。
とりあえず状況がこれ以上悪化しないよう、睨み合う2人の間に入り込みます。
「…申し訳ありません。妹がご無礼を働いたことをお許しください」
王子に最大限の敬意を表すポーズを習った通りにとります。2人とも黙っているようなので、おそらく私に注目しているのでしょう。小さく息をついて、私はゆっくり言葉を紡ぎます。
「しかし、殿下。お忘れなきよう。妹は貴方様に気に入られようと無礼を働いたのではありません」
「…くだらないことを」
「無礼を働きましたことをお詫び申し上げます。…此度の話はなかったことにしていただければと」
おそらく今回の話の真意は王子もご存知でしょう。私はポーズを変えず淡々と述べます。少々強気に出たところで、家が取り潰されることはないでしょう。王は暴君ではありませんし、父上も母上も貴族界には必要な存在です。
何よりも今は、一度外に出なくては。
「…ご苦労だった、下がれ」
王子がそう言い、私達姉妹は部屋を出ます。ですが、そのときマリアが悔しそうに唇を噛んでいたことに愚姉の私は気づけなかったのでした。