転生令嬢と妹
ふわり、と金の糸が目の前で舞いました。そうして目を奪われていると、空に透かした水晶のように、淡い青が二つ現れました。
「お姉様、どうなさったの?」
きょとりとしたそんな声で、彼女は私を見つめました。鼻筋が通り、肌はきめ細やかで白く、頬はナチュラルな薔薇色をしています。ぷっくりとした桃色の健康そうな唇は、私の発言を待って閉じられていました。
「…いいえ、おはよう。マリア」
辛うじて私がそう返すと、彼女は嬉しそうに、そして満足そうに微笑みました。
「ええ、お姉様。おはようございます!」
完璧な配置に完璧なパーツ。非の打ち所がない美少女。ロリコンでなくとも落ちてしまう10歳の美少女が私の目の前に居ました。
何故かって?
実は彼女は、凡人顔の私と血の繋がった私の妹なのです。ちなみに彼女が珍しく我が家系で美少女なのではなく、私が平凡すぎるということは述べておきましょう。母は不義を疑われましたが、焦げ茶の髪は父譲りですし、藍色の瞳は祖母譲り、など血を確認できる要素が私に多かったようで、大した話になりませんでした。
「お姉様は今から朝食を頂くの?」
「ええ、そのつもりよ」
「まあ!私もまだなんです。ご一緒してもよろしい?」
「構わなくてよ」
「やったぁ!」
淑女らしからぬ大きめな声を上げて無邪気に喜ぶ彼女は、すぐに自分の行動をかえりみたのか、はっとして顔を俯かせました。頬は少し赤みを増し、眉や瞳は困ったような、恥ずかしいような…といった表情を示しています。
KAWAII!!!!!!!!
昨日までの私は「あらまあ、マリアったら」と微笑ましくこの姉思いの妹を見ていましたが、今の私は違います。前世で渇望した少女の「あっ!やっちゃった」顔が目の前にあるのです。発狂しそう。声を上げてしまいそう。なんでこんなかわいいの?どうして周りの使用人は真顔をキープできるの?すごすぎない?
「ふふ、マリアったら。可愛い」
セーブをかけても笑みと本音は出てしまいました。淑女としてこれはいけません。そもそも、これから数多の女性と接するのですし。恐らく美少女の妹で平常心のフリをすることに慣れれば問題ないでしょう。そうしなければハーレム完成までに心臓が持ちません。
「おねえ、さま…っ」
「なぁに?」
「お姉様こそ…可愛らしいわ」
「まあ、ありがとう」
社交辞令も欠かさない我が妹。前世を思い出す前から自慢の完全無欠妹です。流石と言っていいでしょう。これ以上ボロを出さないように、私は淑女らしくにっこり笑いながら、食事場まで彼女と歩くことにしたのでした。
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食事場に行くと、珍しく父が居ました。いつもこの時間帯は、両親は執務室や屋敷の維持など仕事を始めているのです。私と妹マリアはちらりと顔を見合わせます。
「おはようございます、父上」
とりあえず声をかけて、淑女教育通りに礼をします。すると彼は満足そうに笑って、私たちに朝の挨拶を返しました。慌てて後に続く妹の可愛らしさったらありません。
「父上と朝食をご一緒できるとは喜ばしい限りですわ」
「はは、今日は寝坊してしまったんだよ」
「まあ、でしたら私たちったらいつもねぼすけになってしまいますわ。ね、マリア」
「もう!お姉さまったら」
少し口を膨らませる彼女に、くすりと父上は微笑みかけました。笑った顔はよくマリアと似ていますが、やはりマリアの笑顔には敵いませんね。マリアったら存在だけで聖女ですし。
「そんな君たちにお願いがあってね?」
「なんでしょうか、お父様」
お父様と呼んだのはマリアです。マリアにお父様って呼ばれたら人生悔い残らないよね。
「第一王子に拝謁してほしい」
放たれた一言に、私たち姉妹は息を呑みました。第一王子は現王のたった1人の御子で、次期王となる方です。
我が家は公爵家です。その娘が王子に謁見するのです。それがどういう意味なのか、わからないわけではありません。王子と私は同い年ですから、妹のマリアだって王子と歳は近く、ゆくゆくは地位のある貴族令嬢になるのです。
「婚約、ですか」
私が放った言葉に、父上は柔和に微笑みます。彼は軽く頷き、私たちをじっと見つめます。
「王は早めに王子を囲っておきたいらしくてね。我が公爵家の娘を婚約者に、とお声がかかったから」
「それは、お姉様にですか?」
少し焦ったようにマリアは言いました。いつもと違った様子の彼女を見つめますが、彼女はまっすぐに父上を見ています。その表情はひどく真剣で、何かあったのかと思わずにはいられないものでした。
「…いや、決まってはいないよ。王はどちら、とは仰っていないからね」
「では、会うのはお姉様だけでいいではありませんか。通例どおり、お姉様が先に婚約を結ぶべきかと存じますわ」
マリアはそう言い切ります。ですが、もし私が第一王子妃、ゆくゆくは王妃となり国母となればどうでしょう。比例して増えて行く仕事。求められる教養やマナー、ひいては美的センス。自らの技術を磨く日々。
…とても、ハーレムを作る暇がないではありませんか!
「…発言しても宜しいですか?」
「構わないよ」
父上が仰ったので、私はマリアの方を向き、それっぽいことを考え、ゆっくり諭します。
「マリア、貴方の言うことは尤もよ。でもね、これは婚約だけでなく、国母を決めるということにもなるお話。…私たち姉妹のどちらが、第一王子にとってよきパートナーになるかということも考えなくてはいけないわ。それは一度拝謁すれば分かるかもしれないでしょう?」
そして普通の美的センスでは妹を選んでくれるはず。マリアが幸せになれるようサポートしつつ、私はハーレムが作れる。Win-Winです。
「ですが、お姉様…」
「ビアンカの言う通りだよ。さあ、それじゃあお開きだ。急な話だが、明日には王城に向かうからね。心づもりをしておきなさい」
父上は強引に話を切ると、部屋を出て行ったのでした。
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当日の朝、私はドレッサーの前でメイドに髪を結ってもらっていました。
さて、私はあまり母と仲良くありません。侯爵家の令嬢だった彼女は、政略結婚とはいえ、父と非常に良い関係を築きました。お互い美形でしたしね。お似合いだと思います。
しかし、私は平凡な見た目でした。赤子の頃は分かりませんでしたが、だんだんと成長し、幼児になると母は疑われたのです。本当に私の父は公爵家当主なのかと。
もちろん、きちんと立証はされたようですが、父譲りのこげ茶の髪もありふれたものです。不義が疑われた母は相当参ったらしいのです。その不満や悲しみは、いつしか私の方を向き、刃となって降りかかる…というのは言い過ぎですが、私が産まれなければあんな辛い目に合わなかったのだと思ってらっしゃるようです。
とまあ、述べてみたものの何が言いたかったのかというと。母の采配により、私が持っているドレスは妹のものより大分少ないということです。王子に謁見するということで少しはマシな格好をしなくてはいけないのですが、いかんせん一番いいドレスが似合わないのです。父上も母の行動に気づいているはずですが、動きはありません。
しかし、今回は構いません。洗練されたデザインの淡い桃色のドレスは死ぬほど似合いませんが、逆に妹の引き立て役として役にたつでしょう。髪を結い終わったメイドに礼を言い、部屋を出ます。
「お姉様」
鈴の転がるような声が私を呼びました。それに振り向くと、そこにいたのは…。
リボンやビーズを使って結い上げられた髪は光によってキラキラと輝き、瞳と同じ澄んだ空色のドレスは私と色違いのものでした。洗練されたデザインが彼女の可愛らしさを十分に引き立てますが、同時に上品に仕上げられています。
ザ・美少女。最早芸術作品になっていたのは我が妹でした。死ぬほど可愛い。寧ろ可愛すぎて直視できないレベルでした。
「お姉様、今日は髪を結いあげてらっしゃるのね!素敵だわ」
「いいえ。マリアこそとっても素敵よ」
それはもう、こんな凡人が隣に並んで歩くことが本気で申し訳なくなるレベルです。
しかし、計画通り。
こんな美しい少女がいれば王子と言えども最早私という存在に気づかないかもしれません。たとえ気づいても侍女か何かだと気にしないでしょう。勝ちは見えました。私は婚約者に選ばれず、ハーレムを作ることができるのです!
「…お姉様。そんなに王子に拝謁するのが楽しみなの?」
「あら、どうして?」
「だって、先程から機嫌がいいもの」
恐らく計画がうまくいきそうだと考えているのが顔に出ていたのでしょう。私は完璧な淑女スマイルを顔に貼り付け直しました。それを見たなぜだかしょんぼりとした表情のマリアは、控えめに私の指をとりました。かっわい。なにこれ。かっわい。かわいすぎて叫びそう。
「…お姉様が王子様をお慕いするなら、私はやっぱり家にいます」
「マリア!」
あまり拝謁に気がすすまないのか、それとも姉の私に遠慮しているのか。彼女はきゅっと目をつぶって絞るように言いました。しかしそれを咎める私の声に、彼女は肩を震わせました。反省します。びっくりしたり怯えたりするマリアも勿論可愛いですが、マリアはやっぱり幸せに笑っていてほしいのです。それに彼女の優しく賢い性格に優秀な能力があれば、国母も望むままに勤めあげることができるという姉の確信があります。
「婚約候補に上がることは光栄なことよ。私、マリアが国母になったら、この国はもっと豊かになると思うわ」
ただ王子がクソ野郎なら何とかして婚約をなかったことにいたしましょう。今は子どもでも、歳が上がればできることも増えていきますからね。最悪2人で国外に逃げればいいですし。愛の逃避行というやつですね。
「でも、お姉様…」
「それに今日一番嬉しいのは、貴方と一緒に城に上がれるということなのよ。あまり一緒に外出なんてなかったでしょう?」
「…王子に拝謁することではなく?」
「そもそも第一王子は噂でしか知らないもの。それよりも貴方が大事なの!」
確かにこれから会う第一王子は眉目秀麗だとかなんとか噂で聞いたことありますが、世界中どこを探してもマリアより美しい存在なんていません。しかも殿方に構ってる暇があったらハーレム作りを進めたいと思ってるのです。正直今回の拝謁も私にとってはどうでも良いことなのですし。
「…私も」
マリアが、伏し目がちだった瞳をこちらに向けます。
「私も王子より、お姉様の方が大事よ…?」
上目遣いで可愛いことを言われたせいで、私は一瞬意識が飛びました。ですが姉ですから。姉なので根性で耐えました。
…マリアが可愛すぎて、王子が倒れたりしないでしょうか。
うまくいきそうな計画に、たったひとつ懸念材料が生まれたのでした。
姉妹ラブコメではないです。短編バージョンの主要キャラが出るのはまだ先。