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【コミカライズ開始】ひねくれた私と残念な俺様  作者: 合澤知里
本編

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87.初めての料理

86話、大河視点です。

 土曜日、アルバイトに出掛ける冴香と凛を送り出した俺は、敬吾と共に買い物に来ていた。今日の夕食は、冴香への礼と励ましを兼ねて、敬吾がサプライズで作る予定だ。


 「大河、冴香ちゃんって特に好き嫌いないんだよな?」

 豚肉を手にしながら、敬吾が確認してくる。


 「ああ。好きな物なら強いて言えばモンブランだけど、嫌いな物は特にない。」

 答えながら、少しだけ胸が痛む。


 以前尋ねてみた時に、昔は多少の好き嫌いはあったが、堀下家に引き取られてからは十分な食事をさせてもらえなくなった為、そんな事を言っている場合ではなくなった、といつも通りの無表情で、何でもない事のように淡々と答えていた冴香が脳裏を過った。


 「そうか。出来れば冴香ちゃんの好きな料理を作ってあげたかったけど、特にないんじゃなー。何作ろう?」


 悩みながら食材を選ぶ敬吾を見遣る。冴香を元気付ける手段が他に思い浮かばないとは言え、本当にこんな事で、冴香は喜んでくれるのだろうか。不安がつい口を衝く。


 「なあ敬吾、本当に手料理で、冴香は元気になると思うか?」

 「さあな。やってみないと分からないだろ。でも普段から料理をする冴香ちゃんなら、気持ちを込めて料理を作れば、きっと分かってくれる気がするけどな。お前だって、冴香ちゃんの料理に癒されたり、元気付けられたりしているだろ?」

 「確かに。」


 敬吾の言葉がストンと胸に落ちた。俺自身、何度も冴香の料理には癒され、助けられている。

 ……それなら、もし俺が下手でも、気持ちを込めて料理を作れば、冴香なら分かってくれるだろうか?


 いや、でも俺の腕じゃ、きっと不味い物しか出来なくて、冴香をがっかりさせるだけだろう、等と躊躇いながら、メニューを決めて買い物を済ませた敬吾と共に帰宅する。


 「じゃあ大河、台所借りるぞ。お前は夕飯まで適当に時間潰していてくれ。」

 敬吾の言葉に、俺は頷く事が出来なかった。


 本当に、これで良いのだろうか? 冴香を元気付けたいと思っておきながら、結局全てを敬吾に任せて、俺はただ指を咥えて見ているだけなのかよ?


 「……敬吾、やっぱり俺もやる。」

 決心した俺が口にすると、敬吾は目を見開き、口を大きく開けて固まった。


 「……嘘だろ? お前が? 料理するってのか?」

 「する。一品で良い、作り方を教えてくれないか?」

 俺が頼むと、唖然としていた敬吾は、やがてブッと噴き出したと思うと、何故か大笑いし始めた。


 「家事が大っ嫌いなお前が料理するって!? マジかよ!? どれだけ冴香ちゃんの事好きなんだよ!!」

 「笑うな!! 人が真剣に頼んでるってのに!! つべこべ言っていないでさっさと教えろ!!」


 俺が憤慨すると、敬吾はまだ涙目で肩を震わせていたが、それでも作り方は教えてくれた。

 敬吾に言われた通り、まずはジャガイモに取り掛かるが、早速壁にぶち当たった。洗って皮を剥いたら、何故か大きさが半分以下になっていたのだ。


 「分かっちゃいたけど、お前、やっぱり不器用だな。」

 「……放っとけ。」


 次に人参に取り掛かったが、残念ながらジャガイモと同じ末路を辿ってしまった。玉葱と格闘していると、目に染みて涙が止まらなくなり、手元が狂って指を切ってしまった。慌てて絆創膏を貼る。


 「大河、玉葱は切る前に冷やしておくと、涙がましになるらしいぞ。」

 「お前、それを先に言え!」


 牛肉を適当に切って炒めれば、火が強かったらしく、途中で焦げた匂いがした。慌てて火を弱めつつ、ジャガイモと人参と玉葱を入れ、調味して煮る。様子を見つつ煮込んではいたが、ふと気が付くと、ジャガイモは崩れ、玉葱は存在が確認しづらくなっていた。焦りながらも味を見てみる。何か薄いような……。

 醤油が足りないのかと思って足していたら、敬吾に慌てて止められた。煮物は冷める時に味が染みていくので、今の段階で味が薄いのは当然だと。なら冷ませば良いのかと、火を切って暫くそのまま置いておく事にした。後は食べる前に温めれば良い。


 一息ついて時計を見上げると、かなりの時間が経っていた。もう冴香達が帰って来てもおかしくない、と思っていたら、凛から敬吾に連絡があった。少し寄り道をして帰るそうだ。


 「帰る少し前にはまた連絡してくれるように頼んでおいたよ。豚カツは揚げたての方が美味いからな。」


 俺が悪戦苦闘している間に、敬吾は何時の間にか、他の準備を全て終えていた。

 俺は一品作るだけで手一杯だったってのに。これがこいつとのスキルの差か。


 やがて凛から再び連絡が入り、敬吾は豚カツを揚げ始める。俺も肉じゃがを温めていると、冴香達が帰って来た。


 「敬吾、これは何?」


 食卓に着いた凛が、首を傾げながら俺が作った肉じゃがを指す。

 ああ、うん、見た目で既に失敗作だよな。


 「……肉じゃが。俺が作った。」

 「「ええっ!?」」

 俺が躊躇いながらも口にすると、凛も冴香も大声を上げた。


 「これっ、大河君が作ったの!?」

 「ああ。全然上手く出来なかったけど……。」


 凛に答えながら冴香を見遣る。上手く出来なかったけれど、俺の気持ちは冴香に伝わるだろうか。

 器を手に取ってまじまじと見つめていた冴香は、俺と目が合うと、おもむろに箸を取り上げて、肉じゃがを口に入れた。一気に緊張が走る。


 「美味しい、です。」

 微笑みながら、予想外の言葉を口にした冴香に、俺は目を丸くした。


 「……っ、本当か、冴香!?」

 「はい。作ってくださってありがとうございます、大河さん。」

 満面の笑みを見せた冴香に、緊張の糸が切れた俺は、心から安堵した。


 「冴香ちゃん、気を遣わずに、本当の事言って良いのよ? 確かに大河君が作ったにしては上出来だと思うけど、これちょっと味が濃いんじゃない?」


 凛の台詞がぐさりと突き刺さる。俺が味を見た感想は、凛の方に近かったからだ。


 「う、うるせえな! 自分でもそうかなとは思ったよ!」

 「まあまあ。凛、大河は初心者なんだから、あまり本当の事を言うとやる気を無くすぞ。」

 俺を庇うと見せかけて、さり気なく貶してくる敬吾に苛立ちを覚える。


 「お前らの為に作ったんじゃねーんだから、ちょっと黙っていろ! ……その、冴香、正直に言って良いんだぞ? 別に無理しなくて良いからな?」

 恐る恐る冴香の様子を窺うと、冴香はにこりと微笑んだ。


 「無理なんてしていませんよ。本当に美味しいと思っています。確かに、少し味付けが濃い目かも知れませんが、ご飯と一緒に食べると美味しいですよ。」

 笑顔で肉じゃがを頬張る冴香からは、無理をしている気配が全くない。


 「そ……そうか? なら、良かった。」

 今度こそ胸を撫で下ろした俺は、自分でも肉じゃがを食べてみた。


 「うーん……。俺が作った割には、食えなくはないが、やっぱ美味くはねーな。冴香が作る方が余程美味い。」

 やはりどうせ食べるなら、冴香の手料理の方が断然良い。そう思っていると。


 「そりゃ、冴香ちゃんの料理と比べりゃそうなるだろうさ。でもお前にしちゃ、頑張ったよな。」

 敬吾に努力を認められて、俺は少し嬉しくなった。


 「そうそう。大河君が料理するなんて、どういう風の吹き回し?」

 「そりゃあ、冴香が……ってっ、別に何でも良いじゃねえかっ。」


 凛に乗せられて、うっかり動機を吐かされそうになり、俺は慌てて誤魔化した。ちらりと冴香を見てみると、肉じゃがを食べながら嬉しそうな笑顔を見せている。


 良かった。俺の気持ち、少しは伝わったのかな?


 漸く無理のない、自然な笑顔の冴香を見る事が出来て、俺の胸に安堵が広がっていった。

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