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86.手料理を頂きました

 それから少しお喋りして、連絡先を交換し、谷岡さんと別れた私達は帰路に就いた。


 「盛り上がってしまったので、少し遅くなってしまいましたね。急いで帰って、夕飯を作らないと。」

 焦って帰ろうとする私の腕を、凛さんが掴んで止める。


 「大丈夫よ。今日の夕飯は敬吾が作るって言っていたから。のんびり帰りましょ。」

 「え、敬吾さんが作ってくださるんですか?」


 驚く私に、凛さんが悪戯っぽく笑った。何時も美味しいご飯を食べさせてもらっているのだから、偶にはお返しに、と言っていたのだそうだ。

 誰かに手料理を振る舞ってもらえるなんて、お母さんの時以来だ。嬉しくて楽しみで、丁度お腹も空いているので、これはこれで早く帰りたい。


 玄関の扉を開けると、揚げ物の良い匂いが鼻をくすぐった。食欲をそそる匂いにワクワクしながらリビングに向かう。


 「ただ今戻りました。」

 「お帰り、冴香。」

 「二人共お帰り。丁度良かった。今揚げたばかりだから、冷めないうちに食べよう。」


 大河さんと敬吾さんが声を掛けてくれ、四人で食卓を囲む。豆腐と油揚げのお味噌汁にご飯。綺麗な狐色に揚げられている豚カツには、千切りにしたキャベツとトマトが添えられている。敬吾さんは本当に料理上手なんだな、と感心した所で、所々焦げている牛肉と、人参と、跡形が無くなりそうな程煮崩れたジャガイモと、ほぼ溶けてしまった玉葱らしき物が入っている器が気になった。


 「敬吾、これは何?」

 凛さんが首を傾げながら尋ねる。


 「……肉じゃが。俺が作った。」

 「「ええっ!?」」

 バツが悪そうに呟く大河さんに、私も凛さんも、つい大声を上げてしまった。


 「これっ、大河君が作ったの!?」

 「ああ。全然上手く出来なかったけど……。」


 大河さんは自信無さげに俯いた。私は思わず、大河さんの作った肉じゃがの器を手に取る。あの家事嫌いの大河さんが、料理をするなんて、一体どうしてしまったんだろう?

 ちらり、と大河さんを見遣ると、大河さんは何処か不安気な、でも真剣な目で私を見ていた。


 ……これって、もしかしたら、私の思い上がりかも知れないけど……、私の為に作ってくれた、のかな……?


 大河さんの視線に促されるように、おずおずと箸を手にして、肉じゃがを口へと運ぶ。お肉は硬くて、ジャガイモと人参は柔らか過ぎてボロボロで、玉葱に至っては存在感が全くなく、全体的に濃い味付けの所々からは焦げ味もした。だけど。


 「美味しい、です。」

 じわり、と口の中に広がる味は、私にはこの上なく美味しく感じられた。


 「……っ、本当か、冴香!?」

 「はい。作ってくださってありがとうございます、大河さん。」

 緊張した様子で私を見つめていた大河さんは、ほっとしたように満面の笑みを浮かべた。


 「冴香ちゃん、気を遣わずに、本当の事言って良いのよ? 確かに大河君が作ったにしては上出来だと思うけど、これちょっと味が濃いんじゃない?」

 「う、うるせえな! 自分でもそうかなとは思ったよ!」

 「まあまあ。凛、大河は初心者なんだから、あまり本当の事を言うとやる気を無くすぞ。」

 「お前らの為に作ったんじゃねーんだから、ちょっと黙っていろ! ……その、冴香、正直に言って良いんだぞ? 別に無理しなくて良いからな?」

 凛さんと敬吾さんに弄られた大河さんが、口を尖らせながら私を窺う。


 「無理なんてしていませんよ。本当に美味しいと思っています。確かに、少し味付けが濃い目かも知れませんが、ご飯と一緒に食べると美味しいですよ。」

 「そ……そうか? なら、良かった。」

 漸く私の言葉を信じてくれたらしい大河さんが、ほっとした様子で自分でも肉じゃがを頬張った。


 「うーん……。俺が作った割には、食えなくはないが、やっぱ美味くはねーな。冴香が作る方が余程美味い。」

 「そりゃ、冴香ちゃんの料理と比べりゃ何だってそうなるだろうさ。でもお前にしちゃ、頑張ったよな。」

 「そうそう。大河君が料理するなんて、どういう風の吹き回し?」

 「そりゃあ、冴香が……ってっ、別に何でも良いじゃねえかっ。」

 顔を赤くして、凛さんに食って掛かる大河さん。


 やっぱりこれ、私に元気を出させようとして、作ってくれたのかな……? 自意識過剰かも知れないけれど、良いや。幸せな勘違いをしておこう。

 私は肉じゃがを噛み締めながら、きっと悪戦苦闘していたであろう大河さんを想像して、口元を緩ませながら、ちょっぴり視界を滲ませていた。

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