85.女子会です
アルバイトが終わると、私は谷岡さんと連絡を取り、迎えに来てくれた凛さんと一緒に、指定されたカフェに向かった。
「え!? じゃあその人、大河君の元カノなの?」
「はい。少し二人で話をしたいと言われまして。凛さんの事をお話ししたら、一緒に女子会をしようと言われました。」
私が一連の流れを説明すると、凛さんは顔を曇らせた。
「それって、大丈夫なの? まさかとは思うけれども、冴香ちゃん、その人に意地悪とかされていないわよね?」
「大丈夫ですよ。私は全然気にしていなかったんですけれども、以前の事を謝りたいと、今日わざわざジュエルに来てくださったくらいですから。それに、もし私に何かするつもりであれば、凛さんも一緒に誘おうとはしないと思いますけど。」
「謝りたいって事は、やっぱり何かされていたんじゃ……? でも、謝罪に来た上に、私も一緒に誘っていたって事は、一応は大丈夫なのかしら……? まあ何かあっても、私が相手になるだけだけど。」
凛さんは怪訝そうな顔をして何やらぶつぶつと呟いていたが、取り敢えず納得はしてくれたようだった。
ジュエルよりもずっと現代的でお洒落な外観のカフェに入ると、白を基調とした明るくて広い店内の奥から、谷岡さんが手を振って合図をしてくれた。谷岡さんが座っていた、四人掛けの丸テーブルの空いている席に着く。
「どうも、初めまして。私、大河と本城君の同期の、谷岡梨沙と言います。本城君の彼女さんですよね? 一度お会いしてみたいなーって思っていたんですよー!」
明るく笑い掛けてくる谷岡さんに、凛さんは目を丸くして戸惑った様子を見せた。
「初めまして、二階堂凛です。それはまた、どうしてですか?」
「そりゃもう、本城君が他には目もくれずに、ひたすら一途に愛しまくっている、年上でしっかりしていて頼り甲斐があるけれど、偶に甘えてくれるのが滅茶苦茶可愛い、って言う彼女さんを、一目で良いから見てみたいと思いまして。会えて納得です! これだけ美人の彼女が居たら、誰だって目移りしませんよね!」
楽しそうに話し掛けてくる谷岡さんに、凛さんは顔を赤くして困惑したような表情を見せたが、すぐに照れたような笑顔になった。
「あら、お上手ですね。谷岡さんの方がお綺麗じゃないですか。受付嬢をされていると伺いましたし、相当モテるんじゃないですか?」
「そんな事ないですよー。今は付き合っている人もいなくて、彼氏大募集中なんです。」
すぐに打ち解けた様子の二人の会話を聞きながら、私は凛さんの分までカフェオレを注文する。アルバイトをしているからだろうか、メニューの充実度や店員さんの接客の様子についつい目が行ってしまった。
やっぱり、笑顔で明るく接客されると多少は気分が上がるものだなぁ。私もあれくらいちゃんと笑えているんだろうか?
「それで、冴香ちゃんに話があるって言っていたそうですけど、私はお邪魔じゃないですか?」
注文したカフェオレが届くと、凛さんが谷岡さんに尋ねた。
「全然! 寧ろ居てください。私以外の視点でも、客観的な意見が欲しいと思っていたんですよ。」
谷岡さんは笑顔で答えると、私の方に向き直った。
「以前も訊いたけれど、冴香ちゃんは、大河の事、好きなの?」
いきなりの質問に戸惑い、躊躇いつつも、私は小さく頷いた。
「それは、恋愛的な意味で?」
「はい。でも、私が大河さんに釣り合わない事くらいは、自分でも分かっています。お付き合いしたいとか、そんな大それた事は考えていません。」
「そう。じゃあ、大河が貴女の事を好きだっていう気持ちについては、どう考えているの?」
「何かの間違いだとしか……。以前天宮会長が、私が選んだ相手と共に、天宮財閥を継がせると仰った事があるので、そのせいではないかと。」
私が答えると、二人共何故かがっくりと肩を落として頭を抱えてしまった。
「……この件に関しては、私が会長に話をしてみるわ。」
「じゃあお願いしますね。このままじゃいくら私達が冴香ちゃんを説得しようとしても、無理がありますから。」
凛さんと谷岡さんは何やらぼそぼそと密談をしていたが、やがて谷岡さんが振り向いた。
「私が言うのも何だけど、大河の冴香ちゃんに対する気持ちは、本物だと思うわよ? ずっと見てきたから分かるもの。冴香ちゃんが忘れ物を届けに来た時、見た事のないような笑顔で喜んでいたし、冴香ちゃんの為なら下げたくもない頭まで下げるし、ついこの間だって、冴香ちゃんが最近元気がないって、凄く心配していたんだから。」
谷岡さんの話を聞きながら、私はあれ? と疑問に思った。
忘れ物を届けに来た時……って、大河さんと同棲を始めて間もない頃だ。確かあれは、会長のご自宅にお邪魔する前、つまり会長があの宣言をされる前の事で……。
「そうね。私もそう思うわ。大河君は、他人の事はあまり気にしないんだけど、冴香ちゃんの事は天宮家の問題に巻き込みたくないって相談された事あるし、居なくなっちゃった時は凄く焦った様子で電話してきたし。今だって冴香ちゃんにどうにかして元気を出させてやりたいって、凄く頭を悩ませているもの。今まで誰かの為に、あんなに必死になった事なんて、無かったんじゃないかなって思う。」
凛さんまでが谷岡さんに加勢する。私は何だか居た堪れなくなってきた。
大河さんの、私に対する気持ちは本物……? そんな事、本当にあるんだろうか……?
「大河に、冴香ちゃんの何処が良いのか、って訊いた事があるんだけど、その時の事言ってあげようか? 大河ったら、延々と冴香ちゃんの良い所挙げ続けていたわよ。気を遣わなくて良いとか、楽しいとか、料理が上手で癒されるとか、可愛いとか放っておけないとか愛しいとか。こっちが食傷気味になって途中で止めたけど、放っておいたら、何時までも続いていたと思うわ。」
ちょっと待て。今突っ込み所がいっぱいあったぞ。何だ延々と挙げ続けるって。何だ可愛いとか愛しいって。あの大河さんが、そんな事を言うなんて想像も出来ないんですが。
「すみません。とてもじゃないですが、そのお話は信じられないです……。」
谷岡さんを疑うようで罪悪感はあったものの、はっきりとそう告げると、谷岡さんは溜息をついた。
「まあ、いきなりこんな事言われても、ピンと来ないかも知れないわね。でも、覚えておいて。大河が冴香ちゃんの事を、大切に思っている事は確かよ。傍から見ていて、羨ましくなるくらいにね。」
苦笑する谷岡さんの言葉に、私はハッとした。
私の事を、大切に思ってくれている人がいる。
確かに私は、父からは愛されていなかった。だけど、大河さんや凛さんに敬吾さん、マスター達や、谷岡さんまでが、私の事を心配してくれている。それは、とても有り難くて、幸せな事じゃないだろうか。
少し前までは、友達なんて一人も居なかった私が、今では多くの人と繋がりを持っている。皆良い人達で、私の事を気にかけてくれている。実家の前に立った時に思ったじゃないか。今の私は一人じゃない、って。
そう思うと、温かい気持ちが胸いっぱいに広がった。父の事で塞ぎ込んでいた自分が、何だか急に恥ずかしく思えてくる。
「はい。ありがとうございます。もしかして谷岡さんは、それを伝える為に、今日はわざわざ来てくださったんですか?」
「んー、それもあるわね。でも、一番は冴香ちゃんに謝って、自分に自信を持ってもらいたかったって所かな。随分遅くなっちゃったけど、私が下手に引っ掻き回した事は、ずっと後ろめたかったから。」
谷岡さんはバツが悪そうに眉尻を下げる。
「もう気になさらないでください。今日は来てくださって、本当に嬉しかったです。自分に自信を持つ……のは、今はまだ少し難しいですが、少しずつ自分を好きになれるように頑張ります。」
谷岡さんへの心からの感謝で、自然と笑顔になりながら私が告げると、お二人はほっとしたように、顔を見合わせて笑い合った。




