83.傷付いた冴香
大河視点です。
それから一週間程が過ぎた。
堀下家からの逆恨みを警戒して、念の為に凛がこれまで通り、冴香の警護をしながら堀下家の動向を探っていたが、どうやら問題はなさそうだった。冴香の父親が忙しく資金繰りに奔走する一方で、継母と義姉の口喧嘩が頻発しているらしい。二人は漸く堀下工業の経営状況の深刻さを把握したようで、先行きの不安からの八つ当たり合戦が始まり、義姉が何故こんな無能な男と結婚したのか、と継母を詰ると、贅沢な環境下で育ててやった恩も忘れて、と継母が逆切れし、二人の仲は徐々に険悪になってきているそうだ。冴香の読みは当たりつつある。
そちらの方は一先ず安心出来そうだったが、問題は冴香だ。
あれから、冴香に元気がない。
一見、今までと同じように、寧ろより明るくなったように振る舞ってはいるが、無理をしているのは見ていれば分かる。時折暗い目をしたり、小さく溜息をついたりしている所を見ると、まだ傷は癒えていないのだろう。
どうにか元気付けてやる事は出来ないかと、励ましてみれば、元気ですよ、と微笑みながら躱されてしまった。冴香の好物をプレゼントすれば喜んでくれるだろうと思い、仕事帰りに買ったモンブランを渡せば、唯一自分を愛していた母親を思い出してしまったのか、今にも泣き出しそうな、困ったような作り笑顔で礼を言われてしまい、却って逆効果だった。敬吾と凛と三人で知恵を出し合ってはいるものの、何かをすればする程、冴香が気を遣って空元気を出してしまうだけなので、今の所は上手く行っていない。こればかりは、時間が経つのを待つしかないのだろうか。
「何か、時化た顔しているわね。どうかしたの?」
昼休み、隣に座った谷岡が尋ねてきた。だから何でお前は俺達の所に来るんだよ。
「冴香に元気がない。」
おい、心配する振りをしながら、弁当箱の中身を窺うのは止めろ。
「何で?」
「うーん……。冴香ちゃんの家庭環境は、ちょっと複雑だったんだ。冴香ちゃんも薄々勘付いてはいたみたいなんだけど、最近改めて家族に何の関心も持たれていなかった、って実感してしまって、傷付いてしまっているみたいで。」
「そうなんだ……。」
敬吾がざっくりと要点を纏めて説明すると、谷岡はぽつりと呟いた。何か良い案でも出してくれないかと思ったが、谷岡はそのまま無言で食事をするだけだった。
何だよ、首を突っ込んでくるから、ちょっと期待しちまったじゃねえか。
「モンブランでも駄目だったのが痛いよな……。良い考えだと思ったんだが。」
「そうだよな……。難しいよな。凛だったら、俺が手料理を差し入れたら、すぐに元気になるんだけどな。大河、お前の手料理とかどうだ?」
「敬吾。お前の料理スキルを俺に求めるな。まともに食べられる物が出来る気がしねえよ。お前だってそれくらい分かっているだろ。」
敬吾の提案を一刀両断すると、敬吾が呆れたように溜息をついた。
「こういうのは気持ちが大事なんだよ、と言いたい所だが、うん、やっぱお前じゃ無謀過ぎるな。お前の家事スキル、壊滅的だし。今更どうにかなる訳ないか。」
「お前な……。それは兎も角、もう少し真面目に考えてくれよ。」
確かに本当の事ではあるが、苦笑している敬吾に、多少ムッとしながら注意すると、敬吾は無駄にキリッと表情を引き締めた。
「失礼な。俺は何時でも真面目だぞ。」
「良く言うぜ。」
俺は呆れながらも、そのまま敬吾と、どうしたら冴香を元気付けられるか、無い知恵を絞りながら、ぽつりぽつりと意見を出し合っていくが、やはりどれもピンと来なかった。
「……ねえ、確か冴香ちゃんって、バイトしていなかったっけ?」
昼休みも終わりに差し掛かった頃、思案顔の谷岡が口を開いた。何か思い付いたのだろうか。
「ああ。俺の家の近くのカフェで、バイトしているけど。」
「何て言うお店?」
「ジュエル。店はそんなに大きくないけど、マスターが淹れるコーヒーが美味い。それがどうかしたのか?」
「ううん、別に。」
その言葉だけを残すと、谷岡はさっさと立ち上がり、食器を返却しに行ってしまった。
何でもないなら訊いてくるなよ。期待して損したじゃねえか。
俺と敬吾は揃って溜息をつくと、重い腰を上げて仕事に戻ったのだった。




