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81.実家と対決です

 日曜日。


 まさか、またここに来る事になるなんて、思わなかったな……。


 実家の門扉の前に立った私は、暫く家を見据えたまま佇んでいた。もう絶対に戻るつもりのなかった、憎悪しか詰まっていない実家を目の前にして、自然と拳を握り締め、顔が険しくなっていくのが分かる。

 そっと肩を抱かれて見上げると、怒りの中にも、気遣わしげな表情をした大河さんが隣に立っていた。振り返ると、真っ直ぐに私を見て頷く凛さんと、凛さんのお父さんの二階堂さん。


 大丈夫。今の私は一人じゃない。私の過去の詳細を知る心強い味方が、一緒に来てくれている。


 少し口元を緩めて会釈をした私は、再び前を向いた。インターホンを押し、応答に出た父と短く言葉を交わして中に足を踏み入れる。久し振りの実家は、私が居た時とは違って、多少薄汚れてはいたが、最低限の手入れはされているようだった。今日、天宮財閥の来客があると分かっていたからだろうか。あの面倒臭がりの継母にしては頑張ったようだ。隅に埃が残っているけどね。


 予め訪問を告げていたので、通された応接間には、継母も異母姉も揃っていた。二人共物言いたげに、私を睨み付けている。

 ええ、言いたい事は分かりますとも。何であんたなんかの為に、私達が時間を作らなければいけないのよ、って所でしょうね。だけど残念。大河さんと父を経由した連絡で、あまつさえ天宮財閥の方々まで伴うともなれば、いくら二人が嫌だろうと、無視する訳には行かないでしょ。

 大河さん達と並んでソファーに座り、正面の異母姉達を睨み付ける。


 「それで、話というのは何なんだ?」

 父の催促を受け、私はおもむろに口を開いた。


 「そこの二人に、いい加減、私への暴力行為を止めてもらえるよう訴えに来たの。」


 ゆっくり、だけどはっきりと、大きな声で、を意識して発した私の言葉に、継母と異母姉は、一瞬殺人鬼と見紛う程の形相になったが、すぐに消して鼻で笑い飛ばした。


 「暴力行為ですって? 一体何の事よ。心当たりなんて無いわ。」

 「母親を亡くしたあんたを、可哀想に思って引き取って育ててあげたっていうのに、変な言い掛かりは付けないで欲しいわね。」

 余裕を見せながら言う継母の台詞に、思わず堪忍袋の緒が切れそうになる。


 何が『引き取って育ててあげた』だ! 父が言うならまだしも、あんたは最初からギャンギャン喚いて猛反対していた挙句、全ての家事を私に押し付けて日常的に暴力を振るっていたじゃない!


 「惚けないでよ! 私がこの家に来てから七年近くも、ずっと私の事を奴隷扱いしていた癖に! しかも、私はあんたの代わりにお見合いして家を出たっていうのに、また嫌がらせしてきたじゃない! もう金輪際、私には関わらないで!!」

 「何の事かしら。全く身に覚えがないわ。ただのあんたの被害妄想なんじゃないの? それとも何? 証拠でもあるって言うの?」

 「そうよ。そこまで言うなら証拠を見せなさい、証拠を。」


 相変わらず上から目線で物言いをする異母姉。継母も同調するようにニヤつきながら頷いている。今までバレない様に細心の注意を払いながら私を虐待してきたから、証拠などある訳が無いと高を括っているのだろう。

 だけど、その自信が命取りだ。


 「しらばっくれても無駄ですよ。冴香さんに対する、貴女方の非道な振る舞いの一部を纏めた物がこちらにあります。写真も動画もありますから、警察沙汰にしても、証拠能力を十二分に発揮してくれる事でしょう。」


 紳士的な笑みを崩さない二階堂さんが、バサリ、と厚い紙束をテーブルの上に突き出した。私の身辺調査の時に作成していた、虐待の詳細を記した報告書だ。暴力行為を受けていた時に、家から漏れ聞こえていた罵声や、その前後の私の身体の状態、最後の方に至っては、隣の空き家を買い取って撮影した、実際の写真等が添えられて、事細かに記録されている。

 この報告書を見た時は、私も唖然としたものだ。調査の為だけに空き家を買い取るだなんて、凄過ぎるよね。


 報告書を目にした二人の顔色が明らかに変わった。動揺した様子の父が、恐る恐る報告書を手に取る。


 「何だ、これは……。お前達が、冴香の事を良く思っていないのは分かっていたが、本当にここまでの事をしていたのか?」

 報告書に目を通しながら、愕然とした様子の父が尋ねた。


 「こ……こんなの、でっち上げに決まっているじゃない!! そうよ、冴香がこの証拠を捏造して「いい加減にしろ、テメエら!!」

 尚も罪を認めようとしない異母姉に、大河さんがブチ切れた。


 「俺はこいつの痣だらけの身体を見てんだよ!! これだけの証拠を突き付けられて、まだ言い逃れしようなんて、何処まで性根が腐ってやがるんだ!! 何なら裁判起こして、白黒付けてやっても良いんだぞ!!」

 「ど……どうなんだ、お前達!!」

 大河さんと父に追い詰められ、二人はわなわなと震えていたが、継母が開き直ったように立ち上がり、ギッと父を睨み付けた。


 「あ、貴方が悪いのよ!! 愛人の娘なんかを連れて来るから!! この顔見てると吐き気がするのよ!! この泥棒猫の娘が!!」

 「冴香ちゃんに何するんですか。」

 私に掴み掛かろうとする継母だったが、素早く私の前に出た凛さんが、いとも簡単に取り押さえてくれた。


 「おい、止めないか!! 申し訳ございません、妻が取り乱してしまいまして。何と申し上げたら良いか……。」


 継母を下がらせた父は、ひたすら凛さんと大河さんに向かって頭を下げている。継母と異母姉は父の後ろで、屈辱に耐えるように身体を震わせながら、射殺さんばかりの視線を私に向けていた。


 ああ……、そうくるのか。やっぱり、と言えばやっぱりだけど。

 その光景に呆れ果てながらも、私の中で、何かが壊れた。


 コンナ偽リダラケノ家族ナンテ要ラナイ。跡形モ無ク壊シテヤル。


 「……泥棒猫? それはアンタの方でしょうが。」


 私が継母を見据えて冷たく吐き捨てると、継母は目に見えて狼狽えた。父と異母姉は怪訝そうに私と継母を見遣っている。

 今こそバラシてやる。凛さんに教えてもらった、私の切り札。


 「金目当てで、お母さんと交際していたお父さんを奪い取る為に、お酒を飲ませて既成事実を作って、妊娠したって詰め寄ったんでしょ。本当は違う男との子を、お父さんの子だって偽ってね!!」

 「ええっ!?」

 「何だと!?」


 三人の顔面が蒼白になる。私は凛さんから貰った資料を、三人の前に叩き付けた。


 「それはDNA鑑定の結果よ。お父さんと舞衣の間には、親子関係は認められなかったって!」

 「う、嘘でしょう!?」

 「お前!! 俺を騙していたのか!?」

 「そ、そんな訳ないじゃない!! 舞衣は間違いなく貴方の娘よ!!」

 「なら自分達の手で、もう一度DNA鑑定してみなさいよ。そうしたらハッキリするんじゃない?」


 私が吐き捨てた言葉に、継母はヒッと息を呑み、この世の終わりのような絶望的な顔をした。その顔が全てを物語っている事を、父も異母姉も察したらしい。

 鑑定結果を手に異母姉は震えながら泣き崩れ、父は顔を真っ赤にして、今にも殴り掛からんばかりに継母の襟元を掴み上げて罵声を浴びせている。継母は涙目で父から視線を逸らし、青褪めた顔でただ震えているだけだった。


 ああ、終わったな、この家庭。


 「もう一度言うけれど、金輪際私には関わらないでね。次に何かしてきたら、その時こそ、この証拠を手にアンタ達を警察に突き出してやるから。」


 この様子では聞いているのかいないのか分からないが、言うだけの事は言い、用が済んだ私は立ち上がった。


 「ああ、そうそう。」

 帰りがけに、大河さんが父を振り返る。


 「堀下さん。御社の業績ですが、相変わらず赤字続きのようですね。こちらとしても損害は出したくないので、援助金は全額、早急に返済してください。出来ない場合は、抵当に入っている会社やご自宅は、全て差し押さえしますので。」

 「そ……そんな!! ま、待ってください!!」


 慌てて大河さんに追い縋ろうとする父は、二階堂さんが制止してくれる。何とも言えない後味の悪さを感じながら、私達は実家を後にした。

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